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「本当に自分はできるのか?」
自分に問いかけることで、自分の力が引き出される
― 今作は、メディアや政治に対する問題意識を抱えながらも、同調圧力の中でどうやって信念を貫くのかという、深い問いかけも含まれた骨太な作品でした。ここまで本格的な社会派サスペンスに出演したことは、お二人にとっても挑戦だったのではないでしょうか?
松坂 : そうですね。物語自体はフィクションですが、起こる出来事は現実の社会ともリンクしていて、脚本を最初に読んだ時は衝撃的でした。でも、エンターテイメントとしても純粋に魅力を感じましたし、主人公たちの姿を通して伝えるべきものがあると思ったので、作品に対していろんな意見や見方が出てくるとしても、僕はこの役をしっかり生きてみたい、と思いました。
シム : 私も、この映画は人間群像を描いた作品だと思います。主人公たちのような葛藤を抱えた人たちが、この世の中にたくさんいるだろうし、今回、言葉の壁を越えてでも挑戦したいと思ったのは、そういう人たちに「あなたは一人じゃないですよ。一緒に悩んでいる人々がいますよ」というメッセージを伝えたかったからです。
― 主人公たちの抱える「葛藤」は、集団の中で自分を保つことの難しさなど、誰もが自分の経験に置き換えて考えることのできる悩みですよね。お二人は、普段の仕事やプライベートの中で、自分の信念を貫くことの難しさを感じたことはありますか?
松坂 : “自分の想いや信念を貫く力”というのは、役者の仕事に助けられている部分が大きいですね。役作りをしていく中で、周りの意見を聞くこともあるんですけど、最終的に大事なのは、「この役を生きるんだ」「彼ならこの時はこういう感情だ」と自分自身が強く思い込むことなので。
いろいろな役の人生を通して物差しを積み重ねてきたことで、「自分を信じる」という想いも研ぎ澄まされてきたような気がします。
シム : わかります…! 今回私は、日本語でお芝居をするというプレッシャーもあって、すごく緊張していて。最初は本作の藤井道人監督に「私これで大丈夫ですか?」と、質問ばかりしていたんです。でも、自分を信じることができないと、相手を信じることもできないし、真実を見極めることもできない。そのことを、新聞記者である吉岡という役を通じて、改めて学ぶことができました。
― 今回お二人は初めての共演となりましたが、それぞれの現場での様子を、お互いどのように感じていましたか?
松坂 : ご本人を前にして言うのも恥ずかしいですけど…(笑)。監督の言葉や周りに落ちているヒントを拾って、それをすぐ表現につなげるという、瞬発力の高さを目の当たりにして驚きました。ピリッと自分に集中しつつも、柔軟に変化していく強さがある方だなと思いました。
シム : ありがとうございます(笑)。私も前から、松坂さんが出演された映画やドラマをよく観ていたので、今回共演することができて、本当に嬉しかったです。松坂さんは、現場でいつも緊張感を保っていて、役を演じているというよりは、自分自身のこと体現しているようにとても自然に見えました。
それもきっと、集中力の高さと、自分を信じる力ですよね。芝居でキャッチボールをする楽しさをいただき嬉しかったです。
― お二人にとって「緊張」を保つことが、自分に集中したり、信じたりすることに繋がるのでしょうか。
松坂 : それはきっとありますね。僕は、結構怖がりというか、新しい現場に入る前は毎回すごく緊張して、前日の夜も不安で眠れなくなるんです(笑)。「本当に自分に演じることができるのか?」って。でも、役者という仕事に慣れないで、毎回新しい気持ちで緊張することも、自分に集中するためには大切なのかなと思っています。
シム : 私も、以前は緊張したくないと思っていましたが、最近舞台の仕事を経験して、リラックスしすぎると芝居が緩んでしまうな、と感じたことがあります。今作にも、「誰よりも自分を信じて疑え」という言葉がありましたが、本当に自分にできるのか、と疑問や不安を感じることが、集中するきっかけになったり、最終的には自分を信じることに繋がったりするのかなと思います。
シム・ウンギョンと松坂桃李の「心の一本」の映画
― 今作の主人公たちは、自分の中にある正義感や信念を原動力として、アクションを起こしていましたが、お二人が、何か新しいことに挑戦したり行動を起こしたりする時は、何が原動力になっていますか?
松坂 : なんだろう…好奇心ですかね。例えば、この監督と一緒に仕事がしたいと思ったら、どういうプロセスを踏めばそこに辿り着けるのかを考えて行動することができるし、興味が強いほど、実現させるまでのアクションを持続させる力がちゃんとついてきます。
― 『新聞記者』の藤井道人監督やシム・ウンギョンさんとも、以前から、いつかお仕事をしてみたいと思っていたそうですね。
松坂 : はい。そういう意味では、ひとつひとつの行動がつながって辿り着けたのかなと思います。藤井監督とは年齢も近いですし、カメラマンの方は同い歳だったので、芝居に対してもたくさんディスカッションを重ねて、一緒に作っている感覚が強い、濃密な現場でした。
― シムさんの原動力は、何ですか?
シム : …仕事の前に必ずお米を食べます(笑)。
松坂 : 大事ですね(笑)。
シム : まずは体力。あとは、私も好奇心かなと思います。一度興味を持つとどんどん調べていくタイプで、気になると、初対面の人でもすぐに質問します。
シム : 日本語にも興味があるので、「この漢字はどう読みますか? どういう時に使いますか?」と、人に会う度に聞いていて、周りの方が疲れるかもしれません(笑)。
― ではここからは、お好きな映画について教えてください。お二人にとって、何かに立ち向かう原動力をくれるような、大切な映画はありますか?
松坂 : 言うのが照れるくらい有名な映画ですけど、『フォレスト・ガンプ』(1995)です。もう数えきれないくらい繰り返し観ていますが、その度に元気をもらいますね。毎年必ず、年明けのタイミングで観るんです。
― この一年頑張るぞ、と背中を押されますか?
松坂 : そうです。アメフト選手として走ったり、兵士として戦場で走ったり、この映画には主人公の走るシーンがたくさん出てくるんです。中でも、いじめられっ子たちに追いかけられた時に主人公が走り始める、最初のシーンが大好きなんです。
松坂 : 走っていくうちに、足の補助具がガシャン、ガシャンと外れていって、風のように早く走り出すあの場面に、立ち向かう強さをもらいます。頑張ろうという原動力を、持続させてくれる存在です。
― 瞬発的な情熱だけではなく、それを保持していくことが、松坂さんが大事にされていることなんですね。
松坂 : 情熱を生むことは簡単にできると思うんです。でも、その熱量を保ち続けるというのは難しいことですよね。それが今の僕には大事なことだと思っていて。長距離ランナーのように、強い信念を持続させてくれる、そういう映画ですね。
― シムさんは、どの映画ですか?
シム : 私は、岩井俊二監督の『リリィ・シュシュのすべて』(2001)です。映画に登場する主人公たちと同じ、中学生の時に初めて観ました。その時は既に役者の仕事を始めていましたが、この映画を観てから「いつか日本の映画に出演してみたい!」と思うようになりました。そこから、是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004)を観たり、日本の映画に夢中になっていきました。
― 『リリィ・シュシュのすべて』の、どういうところに惹き込まれたのでしょうか?
シム : 私がそれまで知っていた若者を描いた映画というのは、「青春は美しいものだ」という作品が多かったです。でも、この映画では、十代の子たちが持つ残酷さや不器用さ、いじめや登校拒否のような社会的な問題も正面から描いていて、衝撃的でした。
そして、この映画は「日本の仕事にも挑戦してみたい」という原動力になりました。また、観る度に当時の情熱を思い出させてくれる作品でもあります。