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だらしない大人たちと、映画館のない街。そこにある映画と家族の記憶【後編】

鄭義信監督×真木よう子 インタビュー

だらしない大人たちと、映画館のない街。そこにある映画と家族の記憶【後編】

前編に引き続き、鄭 義信監督と俳優の真木よう子さんにお話を伺います。
鄭さんが脚本として参加した、『血と骨』(2004年)や『愛を乞うひと』(1998年)では、“家族のあり方”を暴力や虐待を描くことで強烈に問う作品を、世に送り出してきました。また自身の初監督作である『焼肉ドラゴン』(2018年6月22日公開)でも、高度経済成長に湧く日本社会に翻弄される小さなある家族の物語を描いています。一方、真木さんは、是枝裕和監督作品の『そして父になる』(2013年)や『海よりもまだ深く』(2016年)をはじめ“様々な家族のかたち”を描いた作品に数多く出演しています。
映画を通して、ある家族の姿を表現するお二人は、時代によって変わっていく家族の在り方をどのように見つめているのでしょうか。お二人の家族と、家族像について伺いました。

「世の中には幸せな映画と、幸せでない映画があるんだよ」
崔洋一監督の言葉を実感した、『焼肉ドラゴン』の現場

真木さんは『焼肉ドラゴン』の舞台あいさつで共演した韓国人俳優のイ・ジョンウンさんについて「自分のお母さんのように思っている」とおっしゃっていました。映画のパンフレットに載っていた、イ・ジョンウンさんに三姉妹を演じた真木さん、井上真央さん、桜庭みなみさんの三人が寄り添って抱きついている写真が印象的でした。

真木イ・ジョンウンさんは、撮影を進めていく中で「あ、この人のことがすごく好き」って素直にそう思える俳優でした。お芝居に対して真摯に向き合う俳優で、わたしのリアクションを真正面から受けとめて返してくれたり、わたしが気持ちをつくれるような芝居の間合いを考えてくれたりしました。撮影に入ったばかりのときは、韓国と日本という違いに少し構えていたところがあったんですが、日が経ってくると、あたり前だけれども人と人同士になるじゃないですか。

ほとんど同じセットで1カ月間くらい撮影をしていたから、二人をはじめ共演者の信頼関係は強くなっていったよね。寝食をともにしているような、同じ空間・時間をスタッフ・キャスト全員で共有しているような感覚がありました。真木さんとイ・ジョンウンさんがケンカして怒ったり感情を高ぶらせたりするシーンは、イ・ジョンウンさんが真木さんの想いをしっかり受けとめていることが感じとれるいい場面になりましたよね。

真木映画の中でイ・ジョンウンさんは、厳しい一面がありながらもみんなを優しく包み込む、わたしたち三姉妹の母・英順を演じられていましたが、実際でもだんだんそう思うようになっていきましたね。お芝居と、役と、そして私とも誠実に向き合ってくれる素晴らしい俳優だったので、途中から本当に甘えるようになってしまって(笑)。撮影が、シナリオの冒頭から順を追って撮影を進めていく“順撮り”という方法をとっていたので、撮影が終盤に近づくに連れて「撮影も終わっちゃうし、わたしたちが住んでいたところも立ち退きのために取り壊されてしまうし…」と本当に悲しくなってしまったんです。そのときに、イ・ジョンウンさんにナデナデしてもらって、抱きしめてもらいながらわたしは泣いてしまいました。

映画の仕事を始めたばかりの頃、僕が脚本家として組んでいた崔洋一監督に「世の中には幸せな映画と、幸せでない映画があるんだよ」と言われて、当時は意味がわからなかったけど、実際にこうして撮ってみてその意味がわかった気がします。『焼肉ドラゴン』は、幸せな時間に恵まれた幸せな映画になったと思えます。

男5人兄弟の鄭監督と、4人兄弟の中で女1人の真木さん。
大家族で育った二人が想う、あたり前ではない“いまある幸せ”

『焼肉ドラゴン』の舞台は、高度経済成長期で沸く関西の郊外都市の一角で営まれている、小さな焼肉店「焼肉ドラゴン」でした。そこで生活する家族やお客さんが、その小さな家屋で身を寄せ合って生きる姿を観て、鄭さんの子ども時代もこんな感じだったのだろうかと、追体験をしているような気持ちになりました。

うちは男ばかりの5人兄弟だったから、美人三姉妹が出てくる『焼肉ドラゴン』のような華やかさとは全く無縁でしたけどね(笑)。

5人兄弟だったんですね!

僕は、5人兄弟の四男だったんです。大泉さんが演じてくれた哲男のように、僕が生まれ育った場所には午前中にくず鉄を集めてはそれを金に換えて、午後はずっと酒を飲んでいるような大人たちでいっぱいでした。その頃は子どもながらに「こんな大人には絶対になりたくない」と思って、だらしない大人たちが大嫌いでした。でも、いざ自分が大人になってみると「自分もだらしない大人だな」ってことがよくわかったので(笑)、そういう人たちも愛すべき人たちなんだなと思ったんですよね。

真木この映画に登場する家族って、みんな居心地がよかったわけではないと思うんです。自分の逃げ場にはなっていたのかもしれないけど。だからこそ、いろいろ問題も生じることになる。でも、やっぱりみんな帰る場所はそこしかないから、そこにいるんだと思います。わたしも子どもの頃、父親と母親がケンカして家に帰りたくないときがありました。でも、帰る場所はそこしかないから、嫌だったけど結局は家族のもとに戻って、一緒にご飯を食べたり寝たりを繰り返していました。そういう中で、自然と強くなっていった兄弟の絆に今でも助けられているところはあるんです。

真木さんは、何人兄弟なんですか。

真木4人兄弟で、そのうち3人は男で女はわたしだけ。すごく仲が良くて、兄と弟といつもふざけてばかりいましたね。学校に行くより兄弟でいた方が楽しかったくらいだったから(笑)。小さい頃から兄弟の結束が強くて、今でも何かあったらすぐ相談するくらいの仲なんです。兄弟と一緒にいる時間が今も昔もとても楽しい。だからわたしは、そういう意味では恵まれた兄弟や家庭を持ったのかなと思います。

真木さんは、現在母親という立場でもありますが、子どもを育ててみて、家族に対する考えが変わったことはありますか。

真木すべては「あたり前じゃない」ってことですかね。家族をテーマにした映画に出演するたび「いまある幸せはあたり前じゃないんだな」と感じます。普段の何気ない生活の中にも、実は家族がいるからこそ得られている幸せが潜んでいると思うんです。私は母親になったけど、自分の母親に頼ることもあります。母親がいてくれることだってあたり前じゃないんですけど、それはわかった振りをしているだけのような気もしていて…難しいですね。

家族はやっかいなもので、どうしようもなく絆とかそういうものが疎ましく感じることもある。いろいろな家族があるから一言では言い表せないけど、それぞれの家族がそれぞれの想いを持ちながら、それぞれで生きているっていう具合だと思うんです。だけど、やっぱりどこかで繋がっているという安心感があって、離れてもまた帰ってこられる場所でもある。なんだか奇妙なものですよね、家族って。

『焼肉ドラゴン』でも、最後家族はバラバラに離れてしまうけれど、そこに希望を感じたのは、家族がどこかでは繋がっているものだと感じたからかもしれません。

©2018「焼肉ドラゴン」製作委員会

“明日はきっとえぇ日になる”1本は、ママ友にすすめられた『バッド・ママ』と、自分を愛せないときに観た『フェーム』

最後に、この映画での“たとえ昨日がどんなでも、明日はきっとえぇ日になる”という家族の道標となる父親のセリフのように、お二人が観た後に前向きになった映画を教えてください。

真木最近ママ友から紹介されてハマった『バッド・ママ』(2016年)ですね。これはいかに子育てが大変なのかを教えてくれる“お母さんあるある”のコメディ映画なんです。PTAのエピソードとかも出てくるんですが、もうすごく共感しちゃって「完璧なママなんていないよね。私もこれでいいよね!」って、前向きな気持ちになります(笑)。

僕は暗い映画ばっかり観ていたから、前向きになった映画ってほとんど観たことないんだけど…(笑)。ひとつ挙げるとしたら『フェーム』(1980年)かな。ニューヨークの音楽専門学校を舞台に若者たちがスターを目指す物語なんだけど、ミュージカルのレッスンをする先生が「芝居のいちばんの基本は、自分を愛すること」ということを伝える場面があって、その先生の言葉にすごく感動したことを覚えています。当時大学生だった僕は、自分で自分のことをあまり愛せていなかったから、その映画を観て「あっ、そういうことなんだ」って何だか腑に落ちたのを覚えていますね。

FEATURED FILM
原作・脚本・監督:鄭義信
出演: 真木よう子 井上真央 大泉洋 桜庭ななみ 大谷亮平 ハン・ドンギュ イム・ヒチョル 大江晋平 宇野祥平 根岸季衣 イ・ジョンウン キム・サンホ
配給:KADOKAWA、ファントム・フィルム
公開日:2018年6月22日
公開情報:全国ロードショー
© 2018「焼肉ドラゴン」製作委員会
「血と骨」など映画の脚本家としても活躍する劇作家・演出家の鄭義信が長編映画初メガホンをとり、自身の人気戯曲「焼肉ドラゴン」を映画化。高度経済成長と大阪万博に沸く昭和45年。大阪の片隅で小さな焼肉店「焼肉ドラゴン」を営む夫婦・龍吉と英順は、静花、梨花、美花の3姉妹と長男・時生の6人暮らし。龍吉は戦争で故郷と左腕を奪われながらも常に明るく前向きに生きており、店内は静花の幼なじみの哲男ら常連客たちでいつも賑わっていた。強い絆で結ばれた彼らだったが、やがて時代の波が押し寄せ……。店主夫婦を「隻眼の虎」のキム・サンホと「母なる証明」のイ・ジョンウン、3姉妹を真木よう子、井上真央、桜庭ななみ、長女の幼なじみ・哲男を大泉洋がそれぞれ演じる。
PROFILE
劇作家、脚本家、演出家
鄭義信
Jeong Wishin
1957年7月11日兵庫県生まれ。93年に「ザ・寺山」で第38回岸田國士戯曲賞を受賞。その一方、映画に進出し同年『月はどっちに出ている』の脚本で、毎日映画コンクール脚本賞、キネマ旬報脚本賞などを受賞。98年には、『愛を乞うひと』でキネマ旬報脚本賞、日本アカデミー賞最優秀脚本賞、第一回菊島隆三賞、アジア太平洋映画祭最優秀脚本賞など数々の賞を受賞した。「焼肉ドラゴン」では第8回朝日舞台芸術賞 グランプリ、第12回鶴屋南北戯曲賞、第16回読売演劇大賞 大賞・最優秀作品賞、第59回芸術選奨 文部科学大臣賞を受賞。韓国演劇評論家協会の選ぶ2008年、今年の演劇ベスト3 。韓国演劇協会が選ぶ 今年の演劇ベスト7。など数々の演劇賞を総なめにした。近年では「パーマ屋スミレ」「僕に炎の戦車を」「アジア温泉」「しゃばけ」「さらば八月の大地」「すべての四月のために「密やかな結晶」「赤道の下のマクベス」と話題作を生み出している。2014年春の紫綬褒章受賞。
女優
真木よう子
Yoko Maki
1982年千葉県生まれ。2001年映画デビュー。『ベロニカは死ぬことにした』(06/堀江慶監督)で映画初主演を務める。また同年『ゆれる』(06/西川美和監督)では第30回山路ふみ子映画賞・新人女優賞を受賞。その後、『さよなら渓谷』(13/大森立嗣監督)では、第37回日本アカデミー賞・最優秀主演女優賞、『そして父になる』(13/是枝裕和監督)では、最優秀助演女優賞とダブル受賞を果たす。その他の出演作品として、『パッチギ!』(05/井筒和幸監督)、『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』(13/御法川修監督)、『脳内ポイズンベリー』(15/佐藤祐市監督)、『劇場版MOZU』(15/羽住英一郎監督)、『蜜のあわれ』(16/石井岳龍監督)、『海よりもまだ深く』(16/是枝裕和監督)、『ぼくのおじさん』(16/山下敦弘監督)、『孤狼の血』(18/白石和彌監督)などがある。
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