目次
モノクロ映画が好きだ。モノクロ映画をみることは、私にとって小説を読むイメージに近い。わかりすぎない映像世界にこちらのイメージを付け足しながらみるのが楽しくて、カラー映画とは一味違う満足感を持って観終える。
最近の映画は映像もかなり鮮明なものが多く、部屋や風景の奥の方までしっかりと見渡せてしまう。それはそれで面白さがあるのだけれど、モノクロ時代の映画では、コントラストの弱い奥の方のぼんやりとしたモチーフへの果てしない想像や、青や赤のように明度が近い色を当ててみる作業がちょっと癖になる。
このあいだ久しぶりに映画『ローマの休日』を観て泣いた。
言わずもがなの名作『ローマの休日』は、ローマへ公務で訪問したアン王女(オードリー・ヘプバーン)が滞在先から飛び出し、ローマ市内で偶然に出会った新聞記者(グレゴリー・ペック)と恋に落ちる、そんなたった1日の恋を描いた作品。二人は恋に落ちてずっと幸せに暮らしましたのハッピーエンド。ではなくて、もう一度自分の道を歩いてみようと、(女性の選択肢が少ないこの時代に)恋以外の選択をする女としての強さと切なさに改めて心打たれた。
アンは日々管理された自由のない生活に息苦しさを感じて、突然街へ飛び出す。トラックにこっそりと乗り込み、街の音が大きくなってきたあたりで道に飛び降りる、その瞬間に、映画がカラーになる(気がする)。そのくらいに映画のテンポもアンの表情もパッと変わる。
自分の足で歩き、自分で選びたい。当たり前のことが当たり前ではないアンにとって、街での一日は、全てがはじめてに輝いていた。自分で決めた髪型も自分で買ったアイスクリームも、目にするもの手にするものの全てがアンに溶けて、本当の彼女の姿へとなっていく様にみえる。
これは個人的な解釈だけど、アイスクリームをShe(女性名詞)かHe(男性名詞)かに当てはめるとしたら、Sheなんじゃないかと。女性をアイスクリームに例えるセリフをいくつかの映画で耳にしたということもあるけれど、アイスクリームの柔らかい美味しさや、とろりとした食感は女性になぞらえるものがある気がする。
『ローマの休日』で、アンのはじめての買いものは「アイスクリーム」だった。スリムなコーンにたっぷり盛り付けられたアイスクリームを片手に、街をぶらぶらと散策する。そしてあのスペイン坂に腰掛け、日差しなど気にもせずアイスクリームを頬張る姿に、アンの心の自立が垣間みえる。と当時に、この映画がモノクロ映画で良かったと思う瞬間でもある。CMのワンシーンの様なカットに、アンのシャツやスカートの色、アイスクリームの味への想像がかき立てられ、自由に色をつけながらストーリーに参加する気分にワクワクするからだ。
多分、あのアイスクリームはミルク味。と私は願っているが、何回も観かえしてみると、バニラとチョコレートのミックスな気がしている。それに数年後には、デジタルリマスターで『ローマの休日』のカラー版が出て、私が描いた夢も消えてしまうかもしれない。でも、今はまだミルクの味ということで許してほしい。生まれたばかりの赤ちゃんがミルクを飲むように、はじめてを楽しむアンが食べたアイスの味もミルクに違いないと。そして、いつかアンが次の恋を手にした時、ローマでの時間を「はじまりの味」と懐かしんでくれる日を想って。
【豆知識】
イタリア語でアイスクリームは「GELATO」(ジェラート)。『ローマの休日』でもオードリー・ヘプバーンが買うアイスクリームのお店には「GELATI」(GELATOの複数形)の文字が。ジェラートはイタリアでは日本における氷菓全体を表す言葉。日本のアイスクリームに比べると少し乳脂肪分が少なめなものが多い。
◎レシピ:
「はじまりの味の“ミルクのジェラート”」
生クリーム 100ml
グラニュー糖 80g
バニラビーンズ 1/4本
◎つくり方
- 1. バニラビーンズはさやから種子をしごき出す。
- 2. ナベに牛乳、生クリーム、グラニュー糖、バニラビーンズを入れ、中火にかけ、ヘラで混ぜながら温める。フツフツとしてきたら火からおろす。(沸騰させないように)
- 3. 2をシノワ(漉し器)でこしてボウルにうつし、荒熱が取れたら冷蔵庫で3時間以上冷やす。
- 4. アイスクリームメーカーに入れ、20分程度攪拌して完成。
- 〈アイスクリームメーカーが無い場合〉
- 3. 2をシノワ(漉し器)でこしてボウルにうつし、ボウルごと冷凍庫で冷やし固め、淵のあたりから半分くらい生地が固まったら取り出し、ハンドミキサーでかき混ぜる。均一になったら、再度、冷凍庫で冷やし固める。
- 4. 3の作業を2、3回繰り返し、滑らかな状態になったら、保存容器などに入れて冷凍室で完全に凍らせて完成。