PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和 第10回

誰もが「隠したい自分」がある。
『パリ、嘘つきな恋』

櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和
映画といえば、ジェイソン・ステイサムが出演する映画しか観ないという演出家・脚本家 櫻井智也さんが、普段自分では絶対選ばない「恋愛映画」を観てみるという実験コラム。さて恋愛映画を観ると、どんな記憶がよみがえって来るのか!?
演出家・脚本家
櫻井智也
Tomonari Sakurai
MCR主宰。
MCRに於いて脚本・演出、出演。
映像作品では、テレビ朝日「相棒」や
NHK「ただいま、母さん」,「越谷サイコー」,「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」
映画「ここは退屈迎えに来て」、テレビ朝日系列ドラマ「破天荒フェニックス」の脚本を担当。
平成24年度 文化庁芸術祭賞ラジオ部門にて優秀賞(作品名「ヘブンズコール」)受賞。

またもや猫の話で恐縮ですが、僕が飼っている(むしろ僕が飼われている)バクシンオーという名前の猫がいるんですけど(茶色と黒で言えば茶色の方)飼い始めた時から右目だけいつも泣いてまして、あれ? なんでいつも右目だけ泣いてるんだろう、という事で病院に連れて行ったんですよね。
簡単な検査では理由が分からず、涙を採取して研究所みたいなところで検査しましょう、という流れになりまして、お金かかりますけど良いですか? と言われたんですけど、それはもうねえ、僕はアイラブバクシンオーなので良いっていうしか無いじゃないですか、なので検査して貰ったんですけど、結果は「原因は分からない」という事であり、お会計として8万円取られました。
馬鹿野郎、馬鹿野郎だよホントに。
「先天的なものだと思います」
そうなると馬鹿野郎とも言えないよ、言えないじゃないか馬鹿野郎。
「たまに拭いてあげてください」
と言われたんですが、僕が近づくと逃げる猫なので拭けないんですよね、なのでいつも遠巻きに「泣いてるなあ」「かわいそうになあ」と眺めているんですけど、キョロっとした目から涙をポロリと流しつつこちらを警戒している(僕と目が合うと絶妙な緊張感を纏う)バクを見ているとですね、なんとも
「可愛いなあ!!」
という思いが駆け巡っちゃいまして、バクー! と抱きしめようとするんですが普通にサラッと逃げられる、という日常を繰り返しています。
そんな、愛情と金銭が空回りしつつも全くめげることがないと思いきや、毎回鮮やかにポッキリと心が折れる僕が今回鑑賞した恋愛映画はこちら。

『パリ、嘘つきな恋』

主人公は地位もお金もあるハンサムなおじさんで、非の打ちどころがないと思いきや「水が流れるが如く口から嘘を吐き、混乱する周囲を他所に一人ほくそ笑む」という癖を持つ残念な男なんですが、その男が自ら招いた状況に周囲と自分自身が振り回されていく、というお話です。
簡単に言えば「若い女の気を引くために障害のあるフリをして車椅子生活を送るが、その女の姉(リアルに車椅子)に恋をして、自分が普通に歩けることをなかなか言い出せない」という、冗談でもそれやっちゃいけない、というところに踏み込むお話なんですけど、これね、簡単に説明するから眉間にシワが寄っちゃう感じになるかもしれないですが、全編通してみると普通に面白い、面白いというか、個人的な感想で言えば傑作だと思います。
主人公は周囲の人間から「嘘をつくのは自分に自信がないからだ」「本当の自分で他人に向き合えないのは不幸だ」と諭される毎日を送っているんですが、本人としてはどこ吹く風で、空虚な毎日を楽しみつつ自らの年齢と向き合って焦りのようなものを感じている。
その主人公が恋する女性も、自らの境遇を軽やかに笑い飛ばしつつ「恋愛が長続きしない」どころか「戯れで恋をするチャンスも訪れない」と、人知れず悲観している。
そんな二人が会話をする時、お互いが胸に秘めている「本当のところ」は決して見せず、それぞれ「表面上の自分」として相手と接し、自らの内情を吐露するような真似はしない、そのほうが都合がいいから、そのほうが楽だから、そのほうが「いつか泣かなくて済む」から。
それって「偽りの自分」として相手と接するってことで、つまりは「嘘」なんですけど、自分が過ごしている日常生活に置き換えてみると「そんなの普通にやっている」事だったりしませんか?
自分が抱えている世間的に言えばマイナスな要素、見た目であったり性格であったり、つまりは「どうしようもないもの」を
「さあみんな! 見てくれ! これがあるから俺なんだ!」
と、ひけらかしつつ生きていくことなんて難しすぎません?
コンプレックスがあれば隠すのが普通だし、そこを指摘されたら「気にしてない」フリをして痛みを逃すだろうし、でも傷ついて、どうしようもないものを「どうにかして、ないものにしよう」とするじゃないですか。
簡単に言えばですよ、女性も脇毛が生えますよね、でも絶対に処理するし、なんなら「わたし、脇の毛は生えません」ぐらいの顔するじゃないですか。
そんな訳ないんだ、そんな訳はないんだ。
いや、生えてこない人もいるとは思いますけど、大抵の人は生える訳ですよ、それって仕方ないことだし、どうしようもない事だけど、世間的には「脇の毛が生えていることは、みっともない事である」というところがあるから、どうしようもないことを隠して「私、絶対生えません」みたいな顔する訳でしょ?
そこで誰かに「自らを受け入れて、そんな自分と向き合い、ありのままの自分を愛して、ウィークポイントと感じる部分をチャームポイントにしなさい」と言われたらどうします?

「だがしかし、脇毛は隠す」

そう言うでしょう、そう言わざるを得ない、そう言うに決まっている。
違うんですよ、責めてる訳じゃないんだ、当たり前のことですよね、と言うことを長々と説明しているだけなんですけど、それってつまり、誰もが「隠したい自分がある」と言うことなんじゃないかと思う訳です。
致し方ないのに、どうしようもないのに、どうにもならないのに、いや、脇毛の場合は処置すれば生えて来なくなるかもしれないですけど、そうか、脇毛で喩えたの失敗だったかもしれない、ここにきて我に帰り始めましたけど、つまりは何が言いたいかと言うと

「俺は脇毛、大歓迎」

って事ですけど、どうしたんだ、何を言い出したんだろう俺は。
いや、だって、仕方ないじゃないですか、生えてくるものは仕方ないし、汚いものが生えてきてる訳じゃないんだし、
「脇の下と口の中なんて、医者しか見られない」
と言う言葉がありまして、僕が作ったんですけど、そんな部分を見せてくれただけでも有り難いし、そこに「お前が隠したいけど隠せないもの」がチラっと顔を出していたとすればですよ、そんなの興奮するじゃねえかって話ですよ。
だから隠すなって事じゃなくて、隠す気持ちも分かるしそれは否定しない、むしろ世間的には隠して欲しい、その上で俺にだけは見せてくれ、世間的にお前がウィークポイントだと思ってる事が、俺からするとチャームポイントなんだ、と感じる人もいるんだぞって事を知って欲しいのです。
脇毛だけの話じゃなくてね、いや、脇毛の話しかしてないですけど、脇毛だけの話じゃなくて、誰にも見せられない、見せたくない部分こそ

「あなたにだけ見せるね…」

を付け加えた上で見せちゃえば武器になると、そう思う訳です。
それで引かれちゃったら、それはそれで仕方ないじゃないですか、だってあなたからしてみれば「どうしたって仕方ない」事なんだし、それを「それは無しだわ」って言われたら、「それは無しだわ言う奴こそ無しだわ」じゃありません?
あるものを無いものとして接していくのは普通のことだけど、それって凄く疲れることだし、普通でいられない時間をずっと続けていくのって、それこそ「普通じゃない」と思いませんか。
あなたにどんなコンプレックスがあろうと、ウィークポイントがあろうと、それを愛してくれる人は絶対にいて、だから開き直れってことじゃなくてさ、そう考えるだけで、なんとなく気分が軽くなりませんか。
人に見せたくない部分は見せなくて良いと思います、ハンデを受け入れて向き合って提示してこそ人として輝く、とも思いません、自分と向き合う前に世間と向き合って生きている訳ですから、世間の風潮に合わせて生きるのも当然かと思います。
だけど、だけども、世間的風潮が世間の全てではないと改めて思って欲しい。
国民的美少女を、国民みんなが好きだと思うなよって話です。

バクシンオーは先天的に右目から涙が流れ続けてしまう病気です。
その病気を知った時には、さすがに「かわいそう」とも思ったし「どうしよう」とも思いましたけど、今では勝手に可愛いと思うし勝手にチャームポイントだと思うし、そういう君でいてくれてありがとうとさえ思います。
バクシンオーと出会えて愛せて、僕は、幸せ者です。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
■監督・脚本:フランク・デュボスク
■キャスト:フランク・デュボスク、アレクサンドラ・ラミー、ジェラール・ダルモン、エルザ・ジルベルスタイン、キャロライン・アングラード、ローラン・バトー、クロード・ブラッスール、フランソワ=グザヴィエ・ドゥメゾン
■発売元:松竹
■販売元:松竹
©2018 Gaumont / La Boetie Films / TF1 Films Production / Pour Toi Public
世界中で大ヒットし、ハリウッドでリメイクまで製作されたフランス映画『最強のふたり』(11)。そんな傑作を生みだしたフランスの大手映画製作会社ゴーモンが生んだ、新たな“最強のふたり”は……「嘘つき男」と「車椅子の美女」!? ゲーム感覚で恋を楽しむモテ男が、トンデモナイ【嘘】をきっかけに1人の女性と出会い、真実を隠したまま本気の恋に落ちていく—。ハンディキャップを持つ相手との恋のゲームというユニークで挑戦的な設定に様々なサプライズが盛り込まれた本作は、大人が楽しめる極上のエンタテインメントである。
PROFILE
演出家・脚本家
櫻井智也
Tomonari Sakurai
MCR主宰。
MCRに於いて脚本・演出、出演。
映像作品では、テレビ朝日「相棒」や
NHK「ただいま、母さん」,「越谷サイコー」,「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」
映画「ここは退屈迎えに来て」、テレビ朝日系列ドラマ「破天荒フェニックス」の脚本を担当。
平成24年度 文化庁芸術祭賞ラジオ部門にて優秀賞(作品名「ヘブンズコール」)受賞。
シェアする