そんな自分にとって特別な、そして誰かに語りたい映画体験記。
リスタートを切りたい、一度整理したい、というあなたの心にぴったりの一本が見つかるかもしれませんよ!
「別れ」と聞くと、高校一年生のある夏の夜のことを思い出します。
その日の放課後、当時付き合っていた彼女に呼び出されいつも二人で過ごしていた近所の公園に行くと、ベンチにぽつんと座る彼女の姿が。意気揚々と隣に座るも、何だか彼女の雰囲気がおかしいことに気づきました。しばらく流れた気まずい沈黙を破ったのは、「もう好きじゃない」という彼女の言葉。
振られるとは「本気で」思っていなかった僕は、急に嗚咽が止まらなくなり、自分でもどうしていいかわからなくなってしまいました。そんな僕を見て、目の前の彼女は相当困惑しているよう。…想像以上の反応だったのでしょう。だって仕方ないじゃありませんか、その日は、僕の誕生日の前日だったのです。
「思い人に別れを切り出された時、どのように反応するのが正解なのだろう」と、それから僕は考えていました。振られて呼吸困難になるのは、やはり情けない(それが自分の誕生日の前日だったとしても)。そんな苦い青春の一コマから時が経ち、僕はある映画の中に「かっこ悪くない振られ方」を見つけたのです。「あぁ、この人のような振る舞いが、あの時できていればな」と、ある主人公、使い古したトランク片手に年がら年中旅暮らしをする男の、姿を見て思ったのです。
その人こそ、日本を代表するシリーズ映画『男はつらいよ』の主人公・車寅次郎(通称寅さん)です。どのシリーズでも寅さんは失恋するのですが(しかし、相手から思いを寄せられているのに、自分から身を引くケースも時にあります)、特に僕が印象に残った寅さんの「失恋対応」があります。それは、松坂慶子がマドンナ“ふみ”を演じる第27作『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』(1981)。大阪で芸者をしている“ふみ”に寅さんは思いを寄せ、二人は仲を深めていきますが、やはり物語の終盤で寅さんは失恋してしまいます。ふみはかねてから約束をしていた板前と結婚し、長崎県の対馬に行くことを決意するのです。そのことを告げられ顔色が悪くなる寅さんなのですが、ふみの「ずっと芸者をしてたから、堅気の仕事ができるか不安」という弱音に対して、「大丈夫だよ、お前だったら、きっといいおかみさんになれるよ」と、優しく言葉をかけるのです。
僕は、この寅さんの振る舞いを見て、これこそあの時の僕に必要だった、振られた時の“真の失恋対応”だったのではと思いました。自分の悲しさよりも相手の幸せを思いやるという態度がこんなにも周りの人を温かい気持ちにするのかと、僕はこの時初めて気づきました。
しかし、寅さんは失恋した彼女に助言をしただけではありません。なんとわざわざ対馬にいるふみ夫妻の元へ訪れます。寅さんと再会を果たし、感激するふみを見て「よう! 元気そうだなぁ」とニッコリ笑う寅さん。「遠いところだなぁ…船着場から歩いて来ちゃったよ、暑過ぎて、半分死んじゃったよ!」などと、冗談を交えながらふみ達に微笑みかけます。そんな寅さんの姿に、ふみの目には涙が。
本作の最後は、寅さんがふみたちの家にお邪魔する場面で幕を閉じ、何となくふみ達とその後も続くであろう“縁”が感じられます。このシーンを観るたび、相手との縁をまず大事にする寅さんの姿に、憧れを抱きます。と同時に、どうしたらそのように振る舞えるのかと頭を抱えます。
あの夜、僕も本作の寅さんのように振る舞えれば、その後の関係性も拗らせることなく、お互い良好な関係でいられたかもしれません。(夜の公園での惨劇の後、僕と彼女は同じクラスだったにも関わらず、一言も声を交わすことなく終えるという悲しい関係に)そして、ある日街中で偶然再会を果たし、「あぁあの時、そんなこともあったね」と、笑い話に華が咲くような“縁”があったかも…。でもそれが正解なのか、答えはまだ僕の人生で出ていません。いつかは自分も…!! と観るたび背筋が伸びるのですが、直近の諸々を振り返ると、みるみる背中は丸まってしまうので、「かっこ悪くない振られ方」を探す道のりはまだまだ長そうです。
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