目次
最近、自分の気持ちと向き合っていますか? 周りを優先してしまい、自分の気持ちを後まわしにしていませんか?
自分の心のあり様を知るため
暮らしを整える
― 今作で松雪さん演じる主人公は40代独身の女性です。最近の日本映画で、40代以上のいわゆる「大人の女性」が主人公の作品は珍しいのではないかと思いました。
松雪 : 私が今回、「出演したい」とこの役をお引き受けしたのは、かねてより好きだった大九明子監督の作品だったということや、脚本のシソンヌのじろうさんが書いた言葉が美しく、主人公の人物像や物語がとても魅力的だったということもありますが、この年代の女性を主人公に描いた作品だったということも、理由のひとつとしてあります。
― 大九監督は、「お母さんでも、奥さんでもない、大人の女性を主人公にした映画を撮りたいと思っていた」とおっしゃっていますね。
松雪 : 海外の作品ではたくさん描かれていますが、日本ではあまりないじゃないですか。大九監督が海外の映画祭に招待された際、よく海外の出席者から「日本では若い女性が主人公の映画はよく作られているけれど、大人の女性が主人公の映画はすごく少ないので、大九さん撮ってください」と言われたそうです。
― 女性は、家事や育児、介護と、歳を重ねるに連れて、自分の幸せだけを基準に、なかなか生きられないという状況があったと思うのですが、主人公の川嶋佳子さんは日々の中で、自分の気持ちと向き合っている姿が丁寧に描かれていました。
松雪 : そうですね、佳子さんは急に被害妄想的な視点になったり、軸がブレてしまったりすることもあるのですが、その度に自分の居場所と言いますか、ポジションを確かめますよね。確かめながら、進んでいく。
私も割と日々内省して、内観するタイプなんです。軸がブレたら戻す、その時間や感覚ってとても大事だなと思っていて。
― 松雪さんが演じた主人公・川嶋さんは日記を綴ったり、その日の気分に合った靴を選んだりして、自分と向き合う時間をとっていました。松雪さんは、日々の中でどうやってご自身と向き合っているのですか?
松雪 : 家事をやっている時間って無になれるので、私にとって大事な時間なんです。掃除したり、空間を整えたり。そこから始めると、思考も整理されていくんです。佳子さんがアクセサリーや家具に話しかけるように、私も掃除をしながら「ありがとう」と、ものに話しかけることもあります(笑)。
生きるためのことを自分で整えることができると、地に足がつく感覚になるし、自分の心の中も知ることができます。それを「大変なことをやらなくてはいけない」と後ろ向きに感じるときは、自分がブレてる証になる。
― 日々家事などを通して自分に向き合う時間を大切にされているから、「自分のブレ」に気づくことができるんですね。
松雪 : 家事もそうですが、“子育て”という「子供と向き合う」ことも、自分と向き合う時間になってるんです。子供と向き合うことで、自分のいろんな面を鏡のように見せられているというか。
― 育児も、自分に向き合う時間になってると。
松雪 : 例えば息子と向き合うとき、「彼が今嫌がっているのは、なんでだろう?」と、自分の外にではなく、まず自分の中に原因を探してみるんです。それは、子育てだけじゃなく、人と関わることすべてに言えることもかもしれません。
― 何事も「まずは自分を省みる」ということでしょうか?
松雪 : その感覚はあります。俳優という「人間を演じる」職業は、人の心や生き方に向き合っていくという仕事でもあると考えていて。
― 俳優は「人間の専門家」でもあると。
松雪 : そうですね。「人間を探求している」という感覚があります。だから、必然的にまずは一番近くにある「自分」という人間を探求する。「自分」がどういう背景にいて、心理状態にあって、生き方を選ぶのか、自然と追求してしまうんです。
― 自分を使って実験をしている感覚でしょうか。
松雪 : そうですね…。生きている時間が、ほぼそういう時間な気がします。
知らない自分を
覗くことのできた言葉と映画
― 松雪さんのように、主人公・佳子さんも周りの人間関係を通して、自分と向き合っていました。特に、黒木華さん演じる会社の後輩・若林ちゃんから、誕生日を伝えてほしかった、一緒に祝いたかったと伝えられたとき、「こんなにも嬉しいんだ」と自分の気持ちに気づくシーンは印象的です。松雪さんもそういう体験はありますか。
松雪 : はい。大切にしている仲間から「もっと自分を大切にして」という言葉をもらって、ハッとしたことがあります。そんなつもりではなかったんですが、多分本質的なところで「自分を大切にする」ことができていなかったんでしょうね。「自分のことを深く愛する」と言いますか。
それを言われたのは普通にお茶を飲んでいるときだったと思うんですけど、号泣してしまいました。きっとどこかで頑張りすぎていたんでしょうね。
― 松雪さんにとって、その言葉のような、自分と向き合うことのできた「心の一本の映画」はありますか。
松雪 : 「ものづくりに携わりたい」という自分の気持ちに気づいたきっかけとなった映画があります。高校生くらいの時に観た『グラン・ブルー』(1988)ですね。
― 『グラン・ブルー』は、フリーダイビングの世界を描いたリュック・ベッソン監督の作品です。天才ダイバー、ジャック・マイヨールの協力を得て映画化されました。まだ松雪さんが、このお仕事に携わる前にご覧になられたということでしょうか。
松雪 : そうです。映画って、こんなに人を動かす力があるんだって思ったんです。「映画って、すごい」って。
― 松雪さんはこれまで、映画『フラガール』(2006)でのフラダンスチームを率いるダンサーや、『リメンバー・ミー』(2017)での娘を女手ひとつで育てたママ・イメルダ、ドラマ『Mother』(2010)でのDVを受けていた生徒を娘として育てる決意をした教師など、自分が行動することで自分や周りの人生を切り開いていく「女性の生き様」を多く演じてこられました。
松雪 : 「女性の生き様」という意味では、私も影響を受けた映画があります。岸田今日子さんが出演されている『砂の女』(1964)です。安部公房さんの小説を結構読んでいる時期があって。
― 『砂の女』は安部公房の代表作を自らが脚色、勅使河原宏監督が映画化し、第17回カンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞した作品です。『ミッドサマー』(2019)のアリ・アスター監督も影響を受けた一本として挙げていました。
松雪 : ある舞台で共演した二人の俳優さんに、「松雪さんは、どこか岸田今日子さんを思わせるところがある」とおっしゃっていただいたことがあって。そのお二人は、晩年の岸田さんと三人で、舞台をつくっていた方なんですね。
― 岸田さんと松雪さんの雰囲気が似ている、ということでしょうか。
松雪 : そのお二人は、「ムードやトーン、演技の打ち出し方とかが、岸田さんに似て面白い」とおっしゃってくださいました。私は、舞台上の岸田さんを拝見する機会がなかったので、「岸田さんの演じる姿を改めて見たい」と思い、この映画を観たんです。そして衝撃を受けました。この作品は前にも観たことがあったんですけど、その時観た感覚とまた違って。
― どんなところが違ったんですか?
松雪 : この映画は、二人の男女が砂の穴の中に閉じ込められているという、ワンシチュエーションを中心に展開するんです。
― 一人の男が昆虫採取のため訪れた村は、砂の穴の中に家があり、一晩泊まることになった家には一人の女(岸田今日子)が住んでいた。その穴の中に二人は閉じ込められ…という物語ですね。
松雪 : 閉鎖的空間に閉じ込められた人間の心模様、そこで繰り広げられる男女の欲情に圧倒されました。前とは違って感じたのは、より人間の心理に焦点をあてて観たからですかね。作品はもちろんですが、岸田さんの演技とエロティシズムが本当にかっこよくて。
― あの妖艶さは、目に焼きつき忘れられない印象を残します。岸田さんは、『利休』(1989)や『卍』(1964)、『犬神家の一族』(1976)、『秋刀魚の味』(1962)など、様々な名作映画に出演されていますが、どの作品も岸田さん独自の間といいますか、時間の流れを感じます。そこが松雪さんと似ているように感じました。
松雪 : 岸田さんに似ているなんて恐縮なんですが、「独自の時間の流れ」というのは表現の中に持っていたいと思って。岸田さんの存在感をリスペクトしているんです。
まだまだ表現者として探求していきたいと思っています。