目次
「世の中には幸せな映画と、幸せでない映画があるんだよ」
崔洋一監督の言葉を実感した、『焼肉ドラゴン』の現場
― 真木さんは『焼肉ドラゴン』の舞台あいさつで共演した韓国人俳優のイ・ジョンウンさんについて「自分のお母さんのように思っている」とおっしゃっていました。映画のパンフレットに載っていた、イ・ジョンウンさんに三姉妹を演じた真木さん、井上真央さん、桜庭みなみさんの三人が寄り添って抱きついている写真が印象的でした。
真木 : イ・ジョンウンさんは、撮影を進めていく中で「あ、この人のことがすごく好き」って素直にそう思える俳優でした。お芝居に対して真摯に向き合う俳優で、わたしのリアクションを真正面から受けとめて返してくれたり、わたしが気持ちをつくれるような芝居の間合いを考えてくれたりしました。撮影に入ったばかりのときは、韓国と日本という違いに少し構えていたところがあったんですが、日が経ってくると、あたり前だけれども人と人同士になるじゃないですか。
鄭 : ほとんど同じセットで1カ月間くらい撮影をしていたから、二人をはじめ共演者の信頼関係は強くなっていったよね。寝食をともにしているような、同じ空間・時間をスタッフ・キャスト全員で共有しているような感覚がありました。真木さんとイ・ジョンウンさんがケンカして怒ったり感情を高ぶらせたりするシーンは、イ・ジョンウンさんが真木さんの想いをしっかり受けとめていることが感じとれるいい場面になりましたよね。
真木 : 映画の中でイ・ジョンウンさんは、厳しい一面がありながらもみんなを優しく包み込む、わたしたち三姉妹の母・英順を演じられていましたが、実際でもだんだんそう思うようになっていきましたね。お芝居と、役と、そして私とも誠実に向き合ってくれる素晴らしい俳優だったので、途中から本当に甘えるようになってしまって(笑)。撮影が、シナリオの冒頭から順を追って撮影を進めていく“順撮り”という方法をとっていたので、撮影が終盤に近づくに連れて「撮影も終わっちゃうし、わたしたちが住んでいたところも立ち退きのために取り壊されてしまうし…」と本当に悲しくなってしまったんです。そのときに、イ・ジョンウンさんにナデナデしてもらって、抱きしめてもらいながらわたしは泣いてしまいました。
鄭 : 映画の仕事を始めたばかりの頃、僕が脚本家として組んでいた崔洋一監督に「世の中には幸せな映画と、幸せでない映画があるんだよ」と言われて、当時は意味がわからなかったけど、実際にこうして撮ってみてその意味がわかった気がします。『焼肉ドラゴン』は、幸せな時間に恵まれた幸せな映画になったと思えます。
男5人兄弟の鄭監督と、4人兄弟の中で女1人の真木さん。
大家族で育った二人が想う、あたり前ではない“いまある幸せ”
― 『焼肉ドラゴン』の舞台は、高度経済成長期で沸く関西の郊外都市の一角で営まれている、小さな焼肉店「焼肉ドラゴン」でした。そこで生活する家族やお客さんが、その小さな家屋で身を寄せ合って生きる姿を観て、鄭さんの子ども時代もこんな感じだったのだろうかと、追体験をしているような気持ちになりました。
鄭 : うちは男ばかりの5人兄弟だったから、美人三姉妹が出てくる『焼肉ドラゴン』のような華やかさとは全く無縁でしたけどね(笑)。
― 5人兄弟だったんですね!
鄭 : 僕は、5人兄弟の四男だったんです。大泉さんが演じてくれた哲男のように、僕が生まれ育った場所には午前中にくず鉄を集めてはそれを金に換えて、午後はずっと酒を飲んでいるような大人たちでいっぱいでした。その頃は子どもながらに「こんな大人には絶対になりたくない」と思って、だらしない大人たちが大嫌いでした。でも、いざ自分が大人になってみると「自分もだらしない大人だな」ってことがよくわかったので(笑)、そういう人たちも愛すべき人たちなんだなと思ったんですよね。
真木 : この映画に登場する家族って、みんな居心地がよかったわけではないと思うんです。自分の逃げ場にはなっていたのかもしれないけど。だからこそ、いろいろ問題も生じることになる。でも、やっぱりみんな帰る場所はそこしかないから、そこにいるんだと思います。わたしも子どもの頃、父親と母親がケンカして家に帰りたくないときがありました。でも、帰る場所はそこしかないから、嫌だったけど結局は家族のもとに戻って、一緒にご飯を食べたり寝たりを繰り返していました。そういう中で、自然と強くなっていった兄弟の絆に今でも助けられているところはあるんです。
― 真木さんは、何人兄弟なんですか。
真木 : 4人兄弟で、そのうち3人は男で女はわたしだけ。すごく仲が良くて、兄と弟といつもふざけてばかりいましたね。学校に行くより兄弟でいた方が楽しかったくらいだったから(笑)。小さい頃から兄弟の結束が強くて、今でも何かあったらすぐ相談するくらいの仲なんです。兄弟と一緒にいる時間が今も昔もとても楽しい。だからわたしは、そういう意味では恵まれた兄弟や家庭を持ったのかなと思います。
― 真木さんは、現在母親という立場でもありますが、子どもを育ててみて、家族に対する考えが変わったことはありますか。
真木 : すべては「あたり前じゃない」ってことですかね。家族をテーマにした映画に出演するたび「いまある幸せはあたり前じゃないんだな」と感じます。普段の何気ない生活の中にも、実は家族がいるからこそ得られている幸せが潜んでいると思うんです。私は母親になったけど、自分の母親に頼ることもあります。母親がいてくれることだってあたり前じゃないんですけど、それはわかった振りをしているだけのような気もしていて…難しいですね。
鄭 : 家族はやっかいなもので、どうしようもなく絆とかそういうものが疎ましく感じることもある。いろいろな家族があるから一言では言い表せないけど、それぞれの家族がそれぞれの想いを持ちながら、それぞれで生きているっていう具合だと思うんです。だけど、やっぱりどこかで繋がっているという安心感があって、離れてもまた帰ってこられる場所でもある。なんだか奇妙なものですよね、家族って。
― 『焼肉ドラゴン』でも、最後家族はバラバラに離れてしまうけれど、そこに希望を感じたのは、家族がどこかでは繋がっているものだと感じたからかもしれません。
“明日はきっとえぇ日になる”1本は、ママ友にすすめられた『バッド・ママ』と、自分を愛せないときに観た『フェーム』
― 最後に、この映画での“たとえ昨日がどんなでも、明日はきっとえぇ日になる”という家族の道標となる父親のセリフのように、お二人が観た後に前向きになった映画を教えてください。
真木 : 最近ママ友から紹介されてハマった『バッド・ママ』(2016年)ですね。これはいかに子育てが大変なのかを教えてくれる“お母さんあるある”のコメディ映画なんです。PTAのエピソードとかも出てくるんですが、もうすごく共感しちゃって「完璧なママなんていないよね。私もこれでいいよね!」って、前向きな気持ちになります(笑)。
鄭 : 僕は暗い映画ばっかり観ていたから、前向きになった映画ってほとんど観たことないんだけど…(笑)。ひとつ挙げるとしたら『フェーム』(1980年)かな。ニューヨークの音楽専門学校を舞台に若者たちがスターを目指す物語なんだけど、ミュージカルのレッスンをする先生が「芝居のいちばんの基本は、自分を愛すること」ということを伝える場面があって、その先生の言葉にすごく感動したことを覚えています。当時大学生だった僕は、自分で自分のことをあまり愛せていなかったから、その映画を観て「あっ、そういうことなんだ」って何だか腑に落ちたのを覚えていますね。