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二人揃ってアジア映画びいき。
夜な夜な再生しては、現地に行った気分に浸る
香港のウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』(1994)、台湾のエドワード・ヤン監督の『台北ストーリー』(1985)……その棚に並べられたDVDの背を眺めているだけで、アジア各国の情景が頭をよぎり、旅しているような気分になってきます。
今回ご紹介するDVD棚の持ち主は、ファッション誌や広告でのモデル業を軸に、コラム執筆など幅広く活動している“愛称・おみゆ”こと小谷実由さんと、サカナクションやback numberのMV(ミュージックビデオ)、ユニクロやPARCOのCM映像、雑誌や広告での写真撮影など、映像作家・写真家として数々の作品を手がける島田大介さんご夫妻です。
普段からファッション、音楽、写真、アートなど、様々な分野のクリエイターと仕事をともにし、「表現」に向き合い続けている小谷さんと島田さん。そんな二人のDVD棚には、どんな映画が並んでいるのでしょう。“おうち時間”が見直されている今だからこそ、ご自宅でどのように映画を楽しんでいるのかも含め、オンライン取材でお話を伺いました。またお部屋の写真も特別に、島田さんに撮影いただきました。
「DVDは二人のものを一緒にして、棚にしまっています。ネットの動画配信サービスも使っていますが、何度も繰り返し観るような好きな映画はDVDで手元に置くようにしています。ジャケットを眺めるのも好きなので、レコードや本を飾るのと同じ感覚で、目につく場所に置いておきたいんです。だからつい集めちゃって、収納スペースが足りなくなってきてるんですけど…」
小谷さんはそう話しながら、棚に並ぶDVDの数々を取り出して見せてくれました。ご夫妻揃ってとりわけアジア映画に惹かれるそうで、ウォン・カーウァイ監督の『花様年華』(2000)、エドワード・ヤン監督の『恐怖分子』(1986)、ホウ・シャオシェン監督の傑作選DVD BOXなどが、どんどん出てきます。小谷さんいわく、「目にも心にも優しいのがアジア映画」なのだそうです。
「日本と同じアジア圏だからか、妙な心地よさがあるんです。たとえば恋愛映画にしても、欧米の映画で描かれる男女は、日本人の私からするとスキンシップが多くて、“さすがにこんなにイチャイチャしないでしょう!”と思うこともしばしば。でもアジアの映画に描かれる男女は、距離感や会話が甘ずっぱくて、その奥ゆかしさや切なさに共感できるんです。特にウォン・カーウァイがプロデュースした『初恋』(1998)や、マギー・チャン主演の『ラヴソング』(1996)が好きですね」
小谷さんがアジア映画を好きになったきっかけは、夫・島田さんからの影響なのだそう。人の映画の好みに影響を与えるほど、根っからのアジア映画フリークな島田さん。聞けばその原体験は1990年代半ば、当時日本で全盛期を迎えていたミニシアターで観た、ひとつの映画にありました。
「ウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』を初めて観た日のことは、よく覚えています。それまで香港映画というと、ブルース・リーやジャッキー・チェン主演のカンフー映画しか知らなかったけど、『恋する惑星』には香港に住む若者の日常生活や感覚がリアルに描かれていて惹かれました。その後、映画を通じてアジア各国の文化に興味を持つようになり、エドワード・ヤン監督やホウ・シャオシェン監督など、他のアジア映画も観るようになっていきました」
香港にある雑居ビルを舞台に、男女の出会いと、そこから生まれる恋のきらめきの瞬間を、洗練された映像表現で描き出した『恋する惑星』。日本を含め世界で「ウォン・カーウァイ」の名を一躍有名にした伝説的な作品です。そしてこの映画は、島田さんと小谷さんの出会いにも関わりを持つことになるのです。
知り合う前から、島田さんの作品のファンだったという小谷さん。「いつか彼の作品に出演したい」という憧れを抱いていたある時、島田さんが監督を務めるback numberの『高嶺の花子さん』MVの出演依頼が舞い込みました。
「私の役柄は台湾の女の子で、ロケも台北で行うことになっていました。それで島田さんが『参考のために、アジア映画を観ておいた方がいいよ』とお勧めしてくれたのが、『恋する惑星』でした。それが、私の初めて観たアジア映画だったんですが、作品から伝わってくる現地の空気がすごく心地よく感じたんです。これを機に、アジア映画がどんどん好きになっていきました」
ともに暮らし、一緒の時間を重ねていくにつれ、共有のDVD棚に増えていったアジア映画。これらのDVDは、二人を観客として楽しませてくれるだけではなく、クリエイティブ面においてもアイデアをくれる存在なのだと、小谷さんは話します。
「よく着る服を選ぶ時のアイデアソースにするのが、アジア映画の登場人物の服装なんです。たとえば『恋する惑星』のフェイ・ウォンが身につけていた花柄シャツやサングラスに憧れて、似たデザインを探したこともありますし、あとはやっぱり『花様年華』のマギー・チャンがかっこよく着こなしていたチャイナドレス! ピタッとジャストサイズのチャイナドレスをオーダーメイドで作れる環境にいる社交界の華……マギー・チャンのことは大好きですが、特に『花様年華』の彼女が永遠の憧れです」
一方で島田さんも写真家・映像作家として、棚に並ぶ映画から影響を受けていました。
「演出含め、映像の作り方が理想的だと思う映画監督は、エドワード・ヤンです。彼の作品をはじめ台湾映画って、香港映画みたいに展開がめまぐるしいわけではないのに、間のとり方とか空気感の変化とか、繊細に演出されていることでつい夢中で観てしまう。日本の小津安二郎監督にも通じるとも思うんですけど、映像や演出が洗練されているんですよね」
アジア映画から、それぞれの立場でインスピレーションを受けている二人。映画に登場する街並みにも魅せられ、台湾を中心にアジア旅行へ何度も出かけてきたそうです。「アジア映画を観返すと、旅の思い出がよみがえってくる」と小谷さん。
「日本と似ていながら異国情緒もある、アジアの街並みや食文化が好き。でも今はなかなか旅行に行けないので、自宅で夜寝る前とかに、アジア映画を観ているんです。鑑賞中は旅行した時のことを思い出したり、またいつか行きたいなと思いを馳せたり。そんな風にアジア映画が、日常から少し離れて異国の景色にのんびり浸らせてくれる、心の癒しにもなっています」
たとえ眼中になかった映画でも、
教えてくれた相手に興味があるから好きになる
家で映画を観る時は、一緒に観ることが多いという小谷さんと島田さん。空いた時間で気軽に映画を観て、ご飯を食べながらその感想を言い合ったり。今の二人にとって映画は何ら特別なものではなく、日々の暮らしに溶け込んでいるように見えます。ではお互いに出会う以前は、それぞれどんな映画を観てきたのでしょう。
「僕は小さい頃は、そんなに映画が好きじゃなかったんです。というのはメジャーな日本映画やハリウッド映画くらいしか触れる機会がなく、それらにはあまり興味がなくて。でも中学生の時に深夜のテレビで偶然、寺山修司監督のような、いわばアングラな映画監督の作品に出会ったんです。すごく実験的な映像で、観てはいけないものを観ている感覚でした。でも、その強い作家性に惹かれて、映画や映像の世界にどんどん引き込まれていきました」
それ以降「実験映画の勉強がしたい」と、映像制作の道を志すようになった島田さん。深夜にテレビで観た強烈な作品群との出会いが、ミニシアターに通いつめたり、大学で映像科へ進学したりする、その後の人生に影響したのです。
一方で、音楽好きな両親から影響を受けた小谷さんは、海外のミュージシャンについて深く知るために、音楽系の映画をよく観ていたといいます。
「高校の頃は、好きなミュージシャンやロックスターの伝記映画ばかり観ていました。映画は誰かの口から教えてもらったり、本で読んだりするよりも、情報が頭に入ってきやすいんです。レンタルショップに行っては、音楽コーナーに並んでいた映画を片っ端から借りて観ていました。特に好きだったのは、『シド・アンド・ナンシー』(1988)。セックス・ピストルズのシドとその恋人ナンシーの伝記映画としてはもちろんのこと、シンプルにラブストーリーとしても面白いし、パンクなファッションも好きでした」
小谷さんの映画に登場するファッションへの興味は、ティーンの頃からあった模様。ちなみに今もアジア映画のみならず、ジャン=リュック・ゴダール監督の『アルファヴィル』(1965)のアンナ・カリーナや『男性・女性』のシャンタル・ゴヤ、チェコ映画『ひなぎく』(1966)の主人公姉妹のファッションなどもヒントにしているそうです。
観てきた作品は異なる二人ですが、実はともに映画愛が高じて、小谷さんはミニシアター、島田さんはレンタルショップでのアルバイト経験があるそう。そんな筋金入りの「映画好き」同士が出会い、アジア映画という共通の趣味を見つけるに至ったわけですが、その一方で映画やドラマを通じ、意外な一面を新たに知ることもあるそう。
小谷さんからは、島田さんが『2300年未来への旅』(1976)やテレビシリーズ『火星年代記』(1979)のような、ちょっとトンデモ感もある(!?)レトロなSFに目がないこと。島田さんからは、小谷さんが『フルハウス』や『フレンズ』などの、1980〜1990年代アメリカのシットコムドラマに夢中なことを、それぞれおかしそうに「意外だった!」と打ち明けてくれました。
好きなものを共有し合うことで、「自分の好きな作品」が「二人の好きな作品」になり、楽しさや喜びも倍増していく。そんな二人と映画の関係性を象徴する、あるエピソードがありました。
「僕が学生時代からずっと好きで、影響を受けている映画のひとつに、矢崎仁司監督の『三月のライオン』(1990)があります。そんな矢崎監督の処女作『風たちの午後』(1980)のサンプルDVDがある日突然、おみゆ宛てに届いたんです」
島田さんが長い間「観たい」と熱望し続けてきた、矢崎監督の幻のデビュー作。2019年、この映画をデジタルリマスター版でよみがえらせ、40年ぶりに劇場上映しようとクラウドファンディングが行われたのですが、実はその際にコメントの寄稿やトークイベントの出演の声がかかったのが、小谷さんでした。
「以前、映画コラムの連載で『三月のライオン』を取り上げたことがあったんですけど、それを配給会社の方が見て、私に依頼してくださったんです。そのことを昔から矢崎監督の大ファンだった島田さんに伝えたら、“なんでおみゆなの!?”って(笑)。だから最初は矢崎監督と私が対談する予定だったんですけど、島田さんも一緒に、3人のトークイベントになりました」
好きな映画が重なることで実現したトークイベント。ここまでお話を聞いてきて、お互いの趣味を柔軟に受け入れて楽しむ、ピースフルな関係性がよく伝わってきます。ともに過ごす時間が増えた今でも、意外な一面を見つけたり、自分と違う視点を面白がったり、「相手を知りたい」という欲求が、二人の中には変わらずあるのに違いありません。
「私はMVの仕事で一緒になる前から、もともと島田さんの作品のファンだったということもあり、結婚した今でも、彼が何を考えているのか、どういう風に世界を見ているのか、すごく興味があるんです。そんな中で、島田さんが好きな映画を観ると、彼に対する発見がたくさんあって。だからこそ、勧められた映画はわりと何でも観るし、それらが漏れなく好きな作品になるのかもしれません」
日常とは違う角度で、お互いの見ている世界を知ることができるツールとして、映画はこれからも、二人の暮らしの中に息づき続けるのでしょう。
- 映画に込められた愛情と熱量が 自分の「好き」を貫く力になる
- 「好き」が詰まった部屋はアイディアの引出し
- 映画を作るように、料理を作りたい。働き方の理想は、いつも映画の中に
- 最新技術と共に歩んできた映画の歴史から、“前例のない表現”に挑む勇気をもらう
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- “好き”が深いからこそ見える世界がある!鉄道ファンの漫画家が楽しむ映画とは?
- 一人で完結せず、仲間と楽しむ映画のススメ
- おうち時間は、アジア映画で異国情緒に浸る
- 漫画家・山田玲司の表現者としての炎に、火をくべる映画たち
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- ナンセンスな発想を現実に! 明和電機とSF映画の共通点とは?
- 22歳にして大病で死にかけた僕。「支えは映画だった」 絵本作家の仕事部屋にあるDVD棚
- 映画は家族を知るための扉。 保育園を営む夫婦のDVD棚
- 「映画を観続けてきた自分の人生を、誰かに見せたい」 映画ファンが集う空間をつくった、飲食店オーナーのDVD棚
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- DVD棚は“卒アル”。 わたしの辿ってきた道筋だから、ちょっと恥ずかしい
- 映画を通して「念い(おもい)を刻む」方法を知る
- 家にいながらにして、多くの人生に出会える映画は、私の大切なインスピレーション源。
- オフィスのミーティングスペースにDVD棚を。発想の種が、そこから生まれる
- 映画の閃きを“少女”の版画に閉じ込める
- 映画の中に、いつでも音楽を探している
- 映画から、もうひとつの物語が生まれる
- 探求精神があふれる、宝の山へようこそ。
- 無限の会話が生まれる場所。 ここから、創作の閃きが生まれる。
- 夢をスタートさせる場所。 このDVD棚が初めの一歩となる。
- 本や映画という存在を側に置いて、想像を絶やさないようにしたい。