目次
僕を日常から切り離し、
別世界へと連れて行ってほしい!
― 2017年3月にできた、大スクリーンと観客席が360度回転する新しい劇場“IHIステージアラウンド東京”。そのこけら落とし公演として、劇団☆新感線の代表作『髑髏城の七人』が公演されました。1年以上に渡り、同じ演目を「花」「鳥」「風」「月」「極」と5回に分けて異なるキャストを迎え、それぞれのキャストに合わせた演出や物語が繰り広げられるという大胆な試み。毎回違った視点で見ることができるので、それぞれの回の楽しみがありました。
いのうえ : ありがとうございます。最初は、観客席が360度回転するといった舞台の特殊な構造に戸惑いましたけど、この公演を始めた「花」の頃に比べて、終盤の頃の「極」では劇場を使うのがだいぶ上手くなっていました。物語は、脚本の中島(かずき)くんが毎回書き換えてくれました。1回目より2回目と、回を重ねるごとに色々な表現を研究できるのは良かったですね。
― 大迫力の映像が使用されていたり、“城”や“野原”などとセットが大きく変わったりする様は壮観でした。
いのうえ : 芝居と芝居をつなぐのに、大スクリーンで映像が使えたのは大きかったですね。観客席が回転することで、場面転換もできる劇場でした。
― 劇団旗揚げ当時には、「映画やアニメ」と「舞台」の長所をマックスで掛け算したいとおっしゃっていましたね。いのうえさんは、大変な映画好きだとお伺いしました。とはいえ、1年以上舞台を上演するとなると、昨年はお忙しくて、なかなか映画を観る時間をつくれなかったのではないでしょうか。
いのうえ : そうですね。ただ、普段は、舞台中でも稽古前後に時間をみつけて映画館に通っています。稽古後に行くのは、やっぱりきついものがあるよね(笑)。だいたい年間100本は映画館で観ていましたけど、今はすこし減ったかな。
― 稽古の前後に行かれていたんですか…! いのうえさんをモーニングショーの時間帯に、映画館で目撃したという情報があったのですが、それは稽古前だったのですね。そもそも、映画を好きになったきっかけは?
いのうえ : 東宝系の怪獣映画ですね。最初は「映画が好き」というよりは「怪獣が好き」でした。小学校低学年くらいの時に『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』(1966年)を観て、そこから怪獣映画に大ハマリしたんですよ。春休みと夏休みにアニメと怪獣映画の“2本立て同時上映”があり、ゴジラやモスラなどの怪獣映画を観るのが子どもの頃の一大イベントでした。それで、映画館の雰囲気を好きになったんですよね。
あとは、時代劇も好きでした。時代劇映画ばかり放送する「火曜映画劇場」を夢中で観ていました。往年の俳優が主演する時代劇を、ゴールデンタイムに放送していたんですよ。見応えあったなあ。片岡千恵蔵さんや市川歌右衛門さんが登場する映画とか、小学校低学年のときに好きで観ていたんですよね。
― 時代劇六大スターのおふたりですね。怪獣映画と時代劇、ちょっと意外な組み合わせに感じますが?
いのうえ : どちらも別世界に連れて行ってもらえるような、ワクワク感がある。それが好きだったんですよね。サラリーマンが主人公のような、日常的な話にはあんまり惹かれなかったですね。
― 日常とは、別の世界に連れて行ってもらえる感覚がお好きだったんですね。そのジャンルで特に好きだった映画は?
いのうえ : 今観てもワクワクするのが、『キングコング対ゴジラ』(1962年)。なんというのかな……クレージーキャッツが主演していた人気シリーズ『クレージー映画』や加山雄三さん主演の『若大将シリーズ』に通ずるんですが、あの時代の東宝がつくり出す明るい空気感のある作品が好きで。お気楽な製薬会社の社員がキングコング対ゴジラを宣伝に利用しようとするという設定で、おもしろかったなぁ。もちろん、特撮部分も無論カッコいいんだけど。当時、僕らのような子どもが騒ぐから“子ども向け”と思われてしまいがちだけど、あれは子ども向けなどではなく、大人が観て楽しめる「映画」だった。
― 人間物語がしっかり描かれていた、ということでしょうか。
いのうえ : そうですね。特撮だけでなく人間物語もきちんと楽しめる。子ども向けと思われているけれど、実はドラマがしっかりしているという意味では、『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』(1966年)も鮮烈に覚えていますね。観た後しばらくトラウマで(笑)。オープニングで、ガイラという怪獣が背後から人を襲って食べてしまうという衝撃的なシーンがあって、子どもながらに怖かったですね。あの水の中で足を進めても前に行かない感じと、怪獣がだんだん迫ってくるのが見事に恐怖を増幅させていて…夢に出てきそうな。僕らの世代の人は、この映画がトラウマになっている人多いと思いますよ。
― 悪夢的な映画なのに、子どもも大人も幅広い世代が楽しめるというのは、やはりドラマがしっかりしているということが大きいんですね。
いのうえ : この映画は、日本の古い神話『海彦山彦』の物語をベースにしているのかなぁ。スタッフも当時の一流の人たちが集まっていて。本作の監督は本多猪四郎さんという方で、『影武者』(1980年)以降、黒澤明さんの助監督を担っていた方です。だから、職人技というか細かい部分までしっかり創り上げられている。特撮部分もドラマ部分も、どちらも見ごたえがありました。
マックイーンに、ブルース・リー。
ヒーローが、創作意欲の原点。
― 難しい質問かもしれませんが、いちばんお好きな映画は?
いのうえ : 『大脱走』(1963年)です。
― 即答ですね!
いのうえ : 主演のスティーブ・マックイーンが僕のマイフェバリットスター。それまで観ていなかった洋画を観るようになった小学校高学年のとき、最初に好きになった俳優さんです。そして、今でも一番好きですね! 身長は高くないんだけど、寡黙で、男としてかっこいい。高倉健か、スティーブ・マックイーン。当時の僕らの世代のヒーローです。皆、どちらかのポスターを貼っていたな。僕ももちろん、スティーブ・マックイーンのポスターを貼っていたし、写真集も3-4冊買いました。
― それ以来、ずっといのうえさんのヒーローなんですね。
いのうえ : 小学生の頃、初めて「ゴールデン洋画劇場」で『大脱走』を観たんだけど、前編と後編とに分かれて放映されていたんですよ。前編の1週間後にある後編がとにかく楽しみでしかたなかった。放送日はお菓子を用意して、テレビの前でわくわくしながら待ちました。おふくろも弟も好きで一緒に観ていたな。
― ちょっとした、家族のイベントだったんですね。
いのうえ : 夢中でしたね。映画館のリバイバル上映も観に行ったし、DVDセットも3回くらい販売されていて、そのたびに買っちゃうんですよ(笑)。その後、映画としては、ブルース・リーと『仁義なき戦い』にハマっていくんです。
最近だと、「劇団☆新感線」っぽい映画だといろんな方に勧められて観た、韓国映画の『群盗:民乱の時代』(2014年)も、かっこよかったです。悪役が非常に美しい綺麗な男性で、「綺麗なんだけど生い立ちにいろんなものを背負っている」という登場人物。『髑髏城の七人』(「劇団☆新感線」作品)の蘭兵衞に似ています。過去に何かがあったことを感じさせる人間臭さがいいんですよ。そこにリアリティを感じて、観客は感情移入することができる。
― お話を伺っていて、いのうえさんは、ご自身が感情移入できる「カッコイイ男性」に心惹かれるんだなと思いました。
いのうえ : そうですね。僕の作品も、「キャラクターへの感情移入のしやすさ」は大事にしていますね。
― 映画好きになったのはご両親の影響ですか?
いのうえ : いや、友だちの影響です。周りに、映画や音楽が好きな友だちが多かったんですよ。小学校高学年の時は、同級生の影響で、初めて洋画を名画座へ観に行きました。『ウエスト・サイド物語』(1961)と『真夜中のカーボーイ』(1969年)の二本立て。『真夜中の〜』は、最後にちょっと切なくなって。一緒にいった友達には兄貴がいて、そこから音楽とか映画の情報が入ってくるんで、ませているんですよ。ビートルズなんかの洋楽もそいつ経由で知りましたね。
中学生になるとご多分に漏れずブルース・リーにハマりまして。当時、中坊は皆、学校にヌンチャクを持って行っていました(笑)。お金持ちの友達が8mmカメラを持っていたので、仲間うちでカンフー映画を撮ることもありましたね。
― へえ! 中学生にして8mm映画ですか。どんな映画ですか?
いのうえ : ブルース・リーを見よう見まねで、『燃えよドラゴン』(1973年)のコピーのような作品を撮っていました。その時は監督も、撮影も、出演もして(笑)。いわれてみれば、基本的にその頃からずっと、アクションと活劇が好きですね。撮ることで、別の世界と通じて、その世界に魅了される感覚が楽しくて。ブルース・リーが出演している映画を観ると、思わずヌンチャクを振るような、その延長でした。
― 高校では、映画の道ではなく、演劇部に入られるのですね。
いのうえ : 本当は映画研究会(映研)に入りたかったんですが、僕の行った高校にはなかったんです。当時映研ブームで、周りの高校にはあったんですけどね。「作品をつくる」「クリエイティブなことに携わる」という意味では“映画”と“演劇”は近いのかなと思って、演劇部に入りました。
― そこから演劇にのめり込んでいったんですね?
いのうえ : いや、最初は積極的ではなかったです(笑)。男子校で、部員が6人しかいなかったんですけど、放課後に部室に集まってダラダラとくだらないことばっかり話していましたね。時々発声練習とかするんですけど、基本は遊んでばっかり。でも、今思えばその当時遊んでいた時間が、今につながっている気はしますね。
― そうなんですね。演劇は積極的にやってなかった、と?
いのうえ : ただ、そんな風にダラダラしている感じなのに、実はオリジナル作品しかやらないという伝統がある演劇部で(笑)。大会があったので、自分たちでシナリオを書いて、演劇の大会に出場しました。それが、地区大会を経て県大会までは進んで。そこでのウケがね…よかったんですよ。県大会でのウケが一番よかった!
― どんなお芝居だったんですか?
いのうえ : 『桃太郎地獄絵巻』という、桃太郎の話をベースにした話なんです。実は侵略しようとしているのは桃太郎側だった、鬼は平和に暮らそうとしているのに…という物語。今、「劇団☆新感線」でやっていることと根本的には変わらない作品です(笑)。
― 観てみたいです。
いのうえ : ロック・バンドKISSをまねて、全員白塗りのメイクで、家から持ってきたスピーカーでハードロックを大音量でかけながらやっていました。ハードロックと格闘シーンがたくさんあって。映画とか音楽とか、自分の好きなものを舞台に詰め込んでいましたね。
― ジャンル問わず、好きなものを舞台に詰め込んでいたんですね。これとこれを掛け合わせたら「おもしろいかな」という感覚で決められるんですか?
いのうえ : 「おもしろい」というよりは、これとこれを組み合わせたら「カッコイイかな」という感覚で決めています。KISSもカッコイイし、ハードロックもカッコイイでしょ。
― スティーブ・マックイーンもそうですが、ご自身にとって「カッコいい」ことを大事にされ続けているんですね。
いのうえ : そうですね。昔から全然変わらんなと。三つ子の魂百までって、こういうことですよ(笑)。
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