目次
DVD所有枚数:100本
VHS所有枚数:150本
鉄道好きだから見えてきた
独自の映画の楽しみ方
ブルーや紫、鮮やかな赤。間取りや素材などを入居者が自由にデザインできるというコーポラティブハウスの室内は、カラフルな壁紙やドアなどのインテリアに囲まれています。大きな本棚が並ぶ壁の合間には、照明で映し出された時計が宙に浮かび上がるように見えていました。
「“ポップインアラジン”という、プロジェクターとスピーカー機能が内蔵されたシーリングライトを使って、壁に映しているんです。私は、仕事柄家にこもって作業をすることが多いのですが、その時はテレビや映画を流しています。このプロジェクターは室内が明るくてもよく見えるので、作業をしながら映画を観る私にはちょうどいいんです」
そう話してくれたのは、今回ご紹介するDVD棚の持ち主、漫画家で文筆家のやすこーんさんです。漫画『GOGO♪たまごっち!』シリーズをはじめ、キャラクターデザインやシナリオ制作など、幅広く活躍されています。最近では、13年来の“鉄道好き”としての活動も増え、『おんな鉄道ひとり旅』や『メシ鉄!!!』などのコミックエッセイ、ウェブ媒体での連載など、鉄道への愛を軸にした作品も人気を博しています。
コレクター気質であり、絵本やアニメのキャラクターグッズなど「好きになると買い集めてしまう」というやすこーんさん。好きなものへの愛にあふれた、宝箱のようなこの部屋は、ご自宅であり仕事場でもあるのです。そんな空間に置かれた棚には、どんなDVDが並んでいるのでしょう。そして、鉄道好きが楽しむ映画とは、どんな作品なのでしょうか? オンラインでお話を伺いました。
「昔から、テレビのバラエティ番組や、アメリカのホームドラマが大好きで、『GOGO♪たまごっち!』シリーズで描いていたギャグのルーツは、そこにあると思います」
そう言って、棚から出してくれたのは、『天才たけしの元気が出るテレビ』や『8時だよ!全員集合』など日本のバラエティ番組や、マイケル・J・フォックス主演のアメリカのホームドラマ『ファミリータイズ』などのDVDでした。
「コメディの他に、私が大好きなジャンルが、ミステリーとSFです。子どもの頃は転校が多くて友だちもなかなかできなかったので、父親が勧めてくれたミステリー小説やSF小説ばかり読んでいました。大人になった今も、映画やドラマで好きな作品は、小学生の頃に夢中になったミステリーやSFが多いんです」
BBC制作の『シャーロック・ホームズ』『刑事コロンボ』など海外のミステリードラマ、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズや『フィフス・エレメント』(1997)などのSF映画。棚に並ぶDVDは、初回限定盤など、どれも眺めているだけで楽しい専用のボックスに入っています。
好きになったら一直線! とことん調べ、集め、浸りたくなる。そんなコレクター気質のやすこーんさんが、13年前から夢中になっているのが、鉄道です。
実は、鉄道好きになる前は、新幹線も一人で乗ったことがなかったというやすこーんさんですが、今はなきブルートレインの存在から寝台特急に興味を持ち、その後、一人で寝台特急はやぶさの東京ー熊本18時間の旅に思い立って乗車。すると、もともと好きだったという旅の一環として、鉄道の世界にすっかりはまってしまったのです。
以来、日本全国を鉄道ひとり旅で巡り、コミックエッセイや著書の出版、ウェブ媒体でのコラム連載など、“乗り鉄・メシ鉄・撮り鉄”として、その楽しさを伝える執筆でも活躍をしています。そんな、鉄道好きという視点から映画にふれた時、やすこーんさんの琴線に触れるのはどんな作品なのでしょうか?
「例えば、登場人物の出会いのきっかけが“旅の途中の鉄道”だったとしても、 その後、恋愛が物語の軸になったりすると、私の気持ちは離れてしまうんです。“鉄道を出す意味がないじゃん!”って(笑)。映画の物語の中に、“鉄道が舞台である必然性”が描かれていると引き込まれてしまいますね」
アガサ・クリスティ原作の映画『オリエント急行殺人事件』(2017)や、通勤電車で起こる事件を描いたスリルアクション大作『トレイン・ミッション』(2018)、会社を退職し鉄道の運転手を目指す主人公を描いた『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』(2010)など、鉄道を舞台にした映画は一通り観てきたというやすこーんさんですが、一番のお気に入りとして挙げてくれたのは、日本の鉄道を舞台にした昭和の映画『喜劇列車』シリーズでした。主人公を演じているのは渥美清さん。この作品が劇場公開されたのは『男はつらいよ』のテレビ放送が始まるよりも前の時代になります。
「渥美清さんが国鉄の車掌役を演じているんですけど、その時点で、もう絶対面白いじゃないですか(笑)。毎回車内でちょっとした事件が起こるんですけど、昭和のドタバタした明るい雰囲気と、人情味のあるドラマがすごくいいんです。時代性もあるんでしょうけど、物語の中で乗客が無賃乗車をしていたり、車内放送で恋心がバレてしまったり、乗車ルールに厳しい今の時代だったら撮れないだろうな、と思わされる映画です。鉄道好きとしては、廃車となってしまった寝台特急さくらのような、昔の日本の鉄道が映像で見れるのも嬉しいポイントなんですよ」
そんな数々の“鉄道映画”を観てきた中で感じているのは、子どもの頃から好きだったという“ミステリー”と、“鉄道”という舞台の相性の良さだといいます。
「私が鉄道ですごく好きなところは、“正確性”なんです。決められた線路の上を通って、時刻表通りに必ず駅に発着する。その正確性が物語上で制約として活きるので、ミステリーと相性がいいなと思いますね。“この時刻の列車に乗らないと犯人を逃してしまう”とか。私が昔から好きだった『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』(1997)も、鉄道好きになってから改めて観返すと、故障したデロリアンを蒸気機関車でタイムスリップさせるシーンがあって。そこでも、“時刻表通りに必ず駅にやってくる”“飛んだ先の未来でも同じ線路の上を走っている”など、鉄道ならではの設定が映画を盛り上げていたと感じました」
今や「暮らしの一部にもなっている」という鉄道への想いと、昔から好きだった映画の存在。その二つが結びついた、やすこーんさんにとって特別なある仕事がありました。鉄道好きの青年二人の友情やそれぞれの恋愛模様、仕事での葛藤などを描いた、森田芳光監督の映画『僕達急行 A列車で行こう』(2012)。この映画に出演した、松山ケンイチさんと瑛太さんの二人を、イラストでキャラクター化してほしいという依頼があったのです。
「鉄道愛の強い映画だったので、キャラデザインもやる漫画家で鉄道好き、という私に声をかけていただけたそうなんです。東海道・山陽新幹線を貸し切って行った記者発表や、映画のロケ地となった九州を訪ねるイベントツアーに呼んでいただいて、鉄道好きとしても映画好きとしても、とても楽しいお仕事でした。でも、公開前に森田監督が亡くなられてしまったので、私は一度も監督にお会いすることは叶わなかったんです」
この映画が最後のオリジナル作品となった森田芳光監督は、実は根っからの鉄道マニア。30年ほど構想を温めていたという『僕達急行 A列車で行こう』も、全国を旅する『男はつらいよ』のように、長く続くシリーズ化を目指していたことを、やすこーんさんは後から知ったそうです。
「直接お会いできていたら、鉄道の話をたくさんしたかったですね。森田監督の鉄道への想いもお伺いしたかった。実は森田監督は、私の出身大学の先輩でもあるんです。しかも、誕生日も同じで! 鉄道が結びつけてくれたことも含めて、お会いすることはできませんでしたが、ご縁を感じている存在です」
『犬神家の一族』を再生しながら
『GOGO♪たまごっち!』を描く
13年追いかけ続けている鉄道グッズと同じくらい、やすこーんさんの部屋に多く並んでいるのが、初回限定の特典フィギュアやポスターなど、映画の関連グッズ。世界観やキャラクターを含め、ひとつの映画を好きになると、発売しているものは全て集めたくなってしまうのだとか。そんなコレクションの中でも、特別夢中になったSF映画がありました。
「『バーバレラ』(1962)という、ジェーン・フォンダ主演の古いSF映画です。内容は、お色気ありのB級SFおバカ映画という感じなんですけど(笑)。レトロでチープな美術、奇抜な衣装などすべてが強烈でした。あとはとにかくジェーン・フォンダが可愛いんです。『アメリ』(2001)とか『プラダを着た悪魔』(2006)とか、時代ごとに女の子が憧れる映画ってあると思うんですけど、私は“この作品に登場するバーバレラ役のジェーン・フォンダになりたい!”と思っていました」
熱狂的なファンも多く、いわゆるカルト・ムービー的な人気を誇る『バーバレラ』は、渋谷系の音楽が全盛期だった90年代、ジャン・リュック・ゴダール監督を始めとする60年代のフランス映画と一緒に、渋谷のミニシアターでリバイバル上映されるなど、当時の様々なカルチャーにも影響を与えた映画です。
一方でこの『バーバレラ』とは、やすこーんさんの子ども時代にもつながる、運命的なめぐり合わせがありました。
「小学校2年生くらいの時、友だちの家に遊びに行ったら、そこのお母さんが居間でテレビ放送していた映画を観ていて、襖の隙間からこっそり覗いたことがあるんです。そうしたら、人形が襲ってくる怖いシーンと、お色気のあるシーンが見えて、結構びっくりして。それが、子どもの時代の衝撃的な記憶としてずっと脳裏に焼き付いていたんですけど…大人になって『バーバレラ』を観た時に、全く同じシーンを見つけて、この映画だったことに気づいたんです!“子どもの頃、怯えた記憶のあるトラウマ映画が、実はこんなにおバカなB級映画だったなんて”と雷に打たれたような気分でした(笑)」
子どもの頃から、心に残っていた映画へのひとつの謎が解けた瞬間、「これは運命の映画だ!」と確信したやすこーんさん。『バーバレラ』に更に夢中になり、その熱量は、当時日本でほとんど手に入らなかったというポスターや原作コミックを求めて、はるばるフランスまで足を運ぶほどだったそうです。
好きな作品へは、とことんのめり込み、何度も繰り返し観るというやすこーんさんですが、プライベートな時間だけではなく、漫画のペン入れなど仕事の作業中にも、映画を楽しむことが多いといいます。
「映画は2時間くらいのものが多いので、実は作業の目安にもなるんです。再生を始めて“この映画が終わるまでに終わらせよう”と作業の目標を立てたり。だから、映画を集中して観ているわけじゃなくて、一度観た映画を音で聴いている感じです。作曲家の大野雄二さんと、作家の横溝正史さんが大好きなので『犬神家の一族』(1976)は作業中に一番再生しているかもしれません。台詞も覚えてるかも。『犬神家の一族』を再生しながら『GOGO♪たまごっち!』の漫画を描いたりしていました(笑)」
そのように映画を音で聴くことが多いため、好きな映画ほど、映像よりも音で記憶しているそうです。一方で、漫画家という職業柄、映画の演出部分からある影響を受けていました。
「漫画家で映画を好きな人は多いと思います。人間ドラマの深い部分を描き出す作風の人は映画の構成から、特殊な世界観や舞台設定を描く作風の方は映画の美術や衣装から影響を受けたり。私は、画面の構図ですね。崖の上からこの角度で見下ろすとどう見えるのか、たくさんの人物が並ぶ時にどう配置すると立体的に見えるのか、など、実際に見ることが難しいアングルや構図を描く時に、映画の中から探すことが多いです」
人物をどう配置すると関係性が伝わるのか、場面をどう繋ぐと躍動感が出るのか。カメラのアングルを決めたり、映像を編集したり、映画ではチームを組んで作業することを、漫画家は、一人で決めているとも言えるでしょう。
だからこそ漫画家の中には、元々は映画監督志望だったり、映画製作の経験があったりという人も数多くいるのだそうです。
「実は、私はオリジナル漫画作品を描きあげる前に、アニメーションを一人で完成させたことがあるんです。中学生の頃、学校に8ミリ映写機があったので、それを借りて、1枚ずつ絵を描いて撮影して、1本のアニメーションを作りました。先生や友だちにも“天才!”とか褒められて(笑)。その時期は、映画というか、アニメ―ション制作の道に進もうと思っていたんです」
そんなタイミングで偶然出会ったのが、手塚治虫さんの『JUMPING』(1984)という実験短編アニメーションでした。少年が近所をスキップしているうちに、だんだんとジャンプに弾みがつき、町を抜けて森へ、海へと移動していく様子を、一人称視点のワンカットで描いたこの短編。演出の斬新さだけではなく、環境破壊や公害などに対する問題意識や風刺も込められた、時代を越えて語り継がれる名作です。
「それを観た時、すごくショックで。こんなアニメーションは絶対自分には作れないと思って、その道を諦めました。手塚治虫さんの作品と比べるのもおかしいかもしれないですけど(笑)。でも、考えたら手塚治虫さんも、“漫画はアニメーションの資金を得るための手段”と公言するほど、アニメーション制作に力を入れていた漫画家でもありますし、漫画家と映像制作の密接な関係というのは、手塚治虫さんの時代から脈々と続いているんですよね」
かつては制作サイドを目指していたアニメーションや映画、ライフワークともいえる鉄道への想い、そして漫画家という仕事。そのすべてをつなぐ道の先として、やすこーんさんが今目標にしていることがあります。
「以前、鉄道旅をテーマにしたジュニア向けのミステリー小説を書いたことがあるんですけど、今後は、そういう鉄道への想いを軸にした映画やドラマの仕事ももっとしていきたいです。森田芳光監督の意思を勝手に継ぐじゃないですけど、“鉄道に乗って旅するのは楽しいよ”ということを、もっとたくさんの人に伝えていきたいです」
そんなやすこーんさんの最新刊は「おんな鉄道ひとり旅」第2巻(小学館)。鉄道の世界を深く好きになったからこそ見えてきた、映画を観る時の新しい視点や、物語との親和性や可能性。まだその楽しみ方を知らない人たちが、いつの日かやすこーんさんの作る物語にふれて、その扉を開けていくのでしょう。
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