PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

映画の余韻を爪にまとう 第2回

感情に蓋をする苦しさの破片
『怒り』

さりげなく大胆に重ねられた色の配色と、抽象的なモチーフの組み合わせで、10本の爪にイメージを描き出す。そんな爪作家の「つめをぬるひと」さんに、映画を観終わった後の余韻の中で、物語を思い浮かべながら爪を塗っていただくコラム。映画から指先に広がる、もうひとつの物語をお届けします。隔月連載です。
爪作家
つめをぬるひと
Tsumewonuruhito
爪作家。爪を「体の部位で唯一、手軽に描写・書き換えの出来る表現媒体」と定義し、音楽フェスやイベントで来場者に爪を塗る。
「身につけるためであり身につけるためでない気張らない爪」というコンセプトで
爪にも部屋にも飾れるつけ爪を制作・販売するほか、ライブ&ストリーミングスタジオ「DOMMUNE」の配信内容を爪に描く「今日のDOMMUNE爪」や、コラム連載など、爪を塗っている人らしからぬことを、あくまでも爪でやるということに重きをおいて活動。
作品ページや、書き下ろしコラムが収録された単行本『爪を塗るー無敵になれる気がする時間ー』(ナツメ社)が発売中。

私は自分の怒りをうまく表に出せないことが多々ありました。
子供の頃も、大人になってからも。
「どうしてあの時ちゃんと言い返さなかったんだろう」「なぜ受け入れてるんだろう」
そう後悔したことが何度もあったと思います。

今回観たのは、2016年に公開された、渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、広瀬すず、宮﨑あおい、妻夫木聡という実力派の俳優たちが出演する、李相日監督の『怒り』です。
数年前に夫から勧められてこの映画を観たときには、どの演技にも並大抵ではない覚悟のようなものを感じて圧倒されてしまいました。

この『怒り』では、泉(広瀬すず)という人物が、ある出来事に対しての怒りを公にはしないという描写が出てきます。
その他にも、近くにいながら助けてあげられなかった友人の、自分自身に対する怒りや、他の登場人物が抱える、人を信じることが出来なかった自分に対する怒り、他者を下に見ることで自分自身を保っているかのように見えて、ただ怒りを自分の世界でくすぶらせることしか出来なかった人物など、この映画にはとにかく自分や他者へのさまざまな種類の怒りがことごとく押し寄せてきます。
そしてそのほとんどには、後悔が含まれているのです。

怒るということをこれまでにあまり出来なかった私からすると、怒れなかったことへの後悔のほうがどうしても大きくなってしまいますが、この映画では、怒っても怒らなくても、どちらにしたって後悔が付随しているように見えるので、(正確には、この映画で描かれる怒りのほとんどは、後悔によって怒りが自然発生している)怒ったところで誰も救われないのではないか、と少し絶望のようなものを感じてしまいそうになりました。

しかし、そんな絶望を感じている中で、映画の終盤には希望を感じる場面もわずかに用意されています。
結末を書くのは控えたいので、どうしてもざっくりとした書き方にはなってしまいますが、失ったものは取り返せないし、おそらく今後一生その怒りと付き合っていかなければいけない場面がほとんどの中で、ある場面では、人を信じることが出来なかったことへの後悔を超えた先に、まだ取り戻せる未来があることも、この映画はちゃんと残してくれています。

いま私は、不満があればできるだけ相手にその不満を表明するようにしています。
今までは私生活や、会社で働いていた頃にそれが出来なかったことも多々ありましたが、せめて自分の好きなことに関しては、適度に曲げず、なおかついつでも少しだけ曲げられるような芯をもっておくと、違うところで多少「怒れなかったことへの後悔」があっても、なんとなく平気でいられるような気がしています。
あの映画のような過酷な状況に自分が遭遇したら、また話は変わってくるかもしれませんし、怒っても怒らなくても、どちらにしたって後悔はするものだと思いますが、自分が良い具合に信念を失わずに済む場所、という後ろ盾が一つあるだけでも、怒りの扱い方に少しだけ納得できるような気がしています。

と、なんだか偉そうなことを書いておきながら、映画を観た直後の余韻はやっぱりそれ相応にずっしりと重さがあり、胸を張って何かを主張できるような気持ちでもなければ、穏やかな気分ともまた違うので、爪を制作してみるとどうしても可愛いものにはなりませんね。
エンドロールで坂本龍一の楽曲が流れる中(「M21-許し forgiveness」という楽曲のタイトルがまた刺さります…)、怒りという感情に蓋をしてしまう苦しさにじりじりと包まれるような感情になりました。
今回の爪は、黒の中には丸みのあるラメではなく、鋭く尖ったようなラメを使用し、ぱっと見ただけでは分かりづらいですが、上からマットのトップコートを塗ることで、ほんの少し光沢を抑え、湧き立つ感情に蓋をするようなイメージで、光を少しだけ覆うような爪を制作しました。
鋭いラメを左から右へ飛散するように配置したのは、映画の中で田中(森山未來)が民宿の水槽を壊しているシーンをイメージしています。

●使用ネイル

  •  AT濃密グラマラスネイルエナメル22
  • 鋭い印象のラメ NAILHOLIC SV026
  • 細かい粒のラメ NAILHOLIC SV029
  • マットのトップコート NAILHOLIC SP011
BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督・脚本:李相日
原作:吉田修一
出演:渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、広瀬すず、宮崎あおい、妻夫木聡
八王子で起きた凄惨(せいさん)な殺人事件の現場には「怒」の血文字が残され、事件から1年が経過しても未解決のままだった。洋平(渡辺謙)と娘の愛子(宮崎あおい)が暮らす千葉の漁港で田代(松山ケンイチ)と名乗る青年が働き始め、やがて彼は愛子と恋仲になる。洋平は娘の幸せを願うも前歴不詳の田代の素性に不安を抱いていた折り、ニュースで報じられる八王子の殺人事件の続報に目が留まり……。
PROFILE
爪作家
つめをぬるひと
Tsumewonuruhito
爪作家。爪を「体の部位で唯一、手軽に描写・書き換えの出来る表現媒体」と定義し、音楽フェスやイベントで来場者に爪を塗る。
「身につけるためであり身につけるためでない気張らない爪」というコンセプトで
爪にも部屋にも飾れるつけ爪を制作・販売するほか、ライブ&ストリーミングスタジオ「DOMMUNE」の配信内容を爪に描く「今日のDOMMUNE爪」や、コラム連載など、爪を塗っている人らしからぬことを、あくまでも爪でやるということに重きをおいて活動。
作品ページや、書き下ろしコラムが収録された単行本『爪を塗るー無敵になれる気がする時間ー』(ナツメ社)が発売中。
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