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監督が僕を“友だち”の視点からみつめる。
それが「エモさ」生み出す
― 染谷さんは三宅監督とは、長年の友人だそうですね。
染谷 : 男ふたりで朝まで夜な夜な居酒屋で語り合うような感じの仲なんです。そのあと、ふたりで朝方の公園を散歩したり…(笑)。監督と役者が特別親しい状況って、それが作品にとっていいかどうかはケースバイケースですが、今回の映画ではその関係性をうまく利用できたのではという気がします。
― 朝方の公園で、おふたりはどんな話をされるんですか?
染谷 : どんな話しているんですかねー? いや、しょうもない話しかしていないと思います…。ただ、そこに一緒にいるのが心地いいという感じなんです。最近は一緒に行ってないけれど、映画をふたりで観に行くこともありましたし、よくギャラリーにも行きました。
― 気のおけない友だちなんですね。今作で、染谷さんが演じる「静雄」と微妙な三角関係になる「僕」と「佐知子」は、柄本佑さんと石橋静河さんが演じられています。三宅監督は、柄本佑さんが監督した映画『ムーンライト下落合』(2017)では助監督を務めていらっしゃいますし、石橋さんは三宅監督作の『密使と番人』(2017)に出演されていまね。柄本さんと石橋さんも、三宅監督とは以前から親交があったのでしょうか。
染谷 : ええ。ずっと知り合いだったので、それぞれが共有する光景や時間があって、それが映画の中に散りばめられているんです。たとえば主人公たちが卓球して遊ぶシーンがありますが、監督と僕も、実際に酔っ払って卓球しに行ったことが何回もあるんです。同じように(柄本)佑さんも、監督と卓球に行って遊んでいたみたいで、その経験から僕たちふたりに卓球をさせたら、おもしろいものが撮れるだろうと目論んでいたんじゃないかな。
― この映画を観ていると、まるで自分が4人目の友だちとして映画の時間を体験しているような気持ちになります。三宅監督は「他人にとってはとるに足らないものでも、本人たちにとっては重要なものである。他人はどうあれ、それぞれ特別な瞬間を生きている。」とおっしゃっていましたね。柄本さんと三宅監督と染谷さんは、実際にこれまで3人で遊ぶことはあったんですか。
染谷 : そういえば、この間監督から聞いて「そうだったのか」と思い出したことがあるんですけど、ふたりでオリバー・ストーン監督、クエンティン・タランティーノ原案の『ナチュラル・ボーン・キラーズ』(1994)を観に行ったんです。そこにたまたま(柄本)佑さんも来ていたので挨拶したんですけど、聞けばそれが佑さんと監督の初対面だったらしくて。たしかまだ吉祥寺にバウスシアターがあった頃、爆音映画祭の終わりの方の年だったので、2013年とかですかね?
― 映画館での出会いから始まる関係だなんて、なんだか映画のシチュエーションみたいですね。クラブのシーンで本人役として出演していたヒップホップMCのOMSB(オムスビ)さんも、以前から染谷さんと三宅監督と親交があると伺いました。
染谷 : 監督も僕も、オムスくん(OMSB)が大好きで、ライブに足を運んだことも何度もあります。だからオムスくんと、今作の音楽も手がけているHi’Specくんがライブをしているクラブのシーンでは、僕は観客として素直に楽しみました(笑)。しかもあのシーン、実際のクラブイベントと同じ状況をつくって撮影したんですよ。エキストラの方たちにドリンクチケットを渡して、本当にバーカウンターでお酒を飲めるようにして、「ただただ楽しんでいてください。でもカメラだけは絶対に見ないでください」とお願いしていました。実際にライブをしている状況の中で、ずっとカメラが回り、僕たちは芝居をし続けていました。
― 映画の公式Twitterで三宅監督は「夜遅くに友だちや恋人とコンビニに行く、あの時間が妙に好きでして。調子乗って余計なモノまで買っちゃったり。撮影中毎晩3人と近所のコンビニに行った。その行き帰りで真面目に打ち合わせして、現場では遊ぶように撮った。」と綴っています。深夜のコンビニや卓球場、クラブといった染谷さんが「素直に楽しんだ」とおっしゃるシーンでは、監督からどのような演出がされたんですか。
染谷 : 三宅監督は「芝居で魅せるところ、抑えるところ」そのバランスが独特な方でして。たとえば、リハーサルで「(芝居が)少しエモ過ぎる」と言われたことがあったんです。監督とは長い付き合いなので、僕は「これくらいエモくても大丈夫でしょう」と意見もしました。けれど、そこはお互いでバランスをとりながら撮影を進めて、自分としては「感情抑えめの芝居になったな」と思っていたんです。でも完成したシーンを観たら、すごいエモくて。あれくらい芝居を抑えても監督が描くと、これだけエモいものになるんだと感動したんですよ。
― たとえば、それはどんなシーンですか。
染谷 : 覚えているのは、石橋静河さん演じる「佐知子」と僕が演じる「静雄」がカラオケに行くシーンです。佐知子が歌っているところを、静雄がただ見ているんですよね。あのシーン、僕は自分が思っているよりも芝居抑えているんですよ。でも、すごいエモいじゃないですか。
― 染谷さんが演じる静雄はカラオケの画面に視線を置きながらも、佐知子をチラチラっと見るんですよね。静雄の気持ちがわかって観ているこっちが照れてしまうようなエモいシーンでした。
染谷 : そう感じるのは、全体の流れの中にあのシーンがあるからなんですよね。観客は、あのシーンに辿り着くまでに時間の蓄積というか、この映画を経験している。それも考慮した上で監督がそういう演出をして、映画になったときにちゃんとそう見えているというのは大成功だと思うんですよね。さすがだなというか。
― あのシーンは、監督と染谷さんの間で、そういうやりとりがなされていたんですね。
染谷 : 長年の友だちですから、今までに僕のいろんな面を見ているんです。いろんな表情を見てきた監督だから、そういう、僕と距離が近い友だちからの視点で撮ることができた…撮ってもらえたんじゃないかな。
「僕はこういうものを美しいと思うんだ」
映画は、知らない自分に出会わせてくれる。
― 先ほど爆音映画祭の話も出ましたが、染谷さんはご趣味が映画鑑賞とのことで、数々の作品をご覧になってきたことと思います。その中でも何度も観ているお気に入り映画はありますか?
染谷 : 人生で一番何回も観た映画は、ジャッキー・チェンとクリス・タッカーがW主演した『ラッシュアワー』(1998)ですね。バディ物の刑事アクションが好きなんです、『リーサル・ウェポン』(1987)とか。あとジャッキー・チェンも好きなので、『ラッシュアワー』には僕の好きなものが詰まっているんです。初めて観たのは小学生のときでしたが、主役ふたりの微妙な掛け合いがおもしろくて、子どもの僕は飽きることなく何回も観ていました。
― 小学生の頃から映画がお好きだったんですね。当時、他にどんな映画を観ていましたか?
染谷 : 『007』シリーズを第1作の『007 ドクター・ノオ』(1962)から全作通して観ましたね。
― えっ!? 子どものときに、『007』シリーズを全作観たんですか?
染谷 : 小学生のときに、『007 ゴールデンアイ』(1995)がテレビで放送されているのを観ていたら、親父が「ジェームズ・ボンドはショーン・コネリーだ!」ってなんかわからないけど怒っていて、それから全作観たんですよ(笑)。
― そういう経緯があったんですね(笑)。
染谷 : 子どもには難しい部分もありましたが、結構楽しんで観ていました。『007』は完全なる“男の子映画”ですから。ボンドがかっこいい車に乗って、スーツをビシッと着て、銃を持って、美女が出てきて…、渋い大人の男に憧れる気持ちで観ていましたね。「僕も大人になったらバーでマティーニ頼んでみたい!」と思いながら(笑)。
― 染谷さんの公式ブログを拝見すると、ジョン・カサヴェテス監督の『ラヴ・ストリームス』(1984)、フランソワ・トリュフォー監督の『終電車』(1980)、小津安二郎監督の『お茶漬の味』(1952)など、いわゆる作家性の高い映画を、時代や製作国を問わず取り上げていらっしゃったので、逆にこういうアクション映画もお好きなんだなと意外でした。
染谷 : そうですね。小さい頃は好きなアクション映画ばかり観ていましたけど、役者の仕事を始めると、自分では観ていなかったジャンルの映画にも出演することになりますよね。で、出演したので、完成された映画を自分も観ることになります。つまり、そういう映画に出演することによって、自らでは選ばなかった映画を観に行くようになったんです。それで、今はいろんなジャンルの映画を観るのが好きになりましたし、気づいたらずっとこの仕事を続けていたわけです。
― いろんなジャンルの映画を観ることの楽しみは、染谷さんにとってどういうところにありますか?
染谷 : なんですかね……「あ、こういうものから僕は感動を受けるんだ」とか「こういうものを美しいと思うんだ」という自分に対して意外な発見ができるところですかね。自分自身を知るきっかけになるというか。特に過去の作品を観ているときに、そういう発見がありますね。
たとえば『勝手にしやがれ』(1959)などジャン=リュック・ゴダール監督の作品は公開当時、映画界ですごく前衛的とされていたわけですが、もちろん僕はその世代に属してはいないので、当時その作品に熱狂した若者たちの気持ちはわかりません。だけど常に“いま”だからこその観方があるというか。僕自身があまり過去を振り返るようなタイプではないからか、“過去”の映画を観て、“いま”の感覚で美しいと思えるって、シンプルにいいなぁと思うんです。
― 染谷さんにとって、映画は“いま”のご自分の感覚を知るための、写し鏡のようなものなんですね。
染谷 : 多分、三宅さんも似たスタンスだと思いますね。『きみの鳥はうたえる』でも、原作は1970年代の終わりという時代設定ですが、それをあえて現代に移していますし、出演者としてオムスくんなど今ムーブメントをつくっている人たちを本人役で起用していますから。映画を観ることで、自分の知らない世界に触れ、それまで気づかなかった自分の“いま”の価値観に出会ってきました。そういう自身との関わりの中で、僕は映画という世界にどんどんハマっていったような気がします。