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誰かの“映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう?
日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
2020年10月15日
東京から山梨県富士吉田市に越してきて、早くも2か月近くになる。
噂には聞いていたけれど、こちらは、寒い。
せっかくご縁があったわけだから東京の仕事ばかりしていてもつまらない、と思い、地元の仏壇屋さんに勤務することにした(申し遅れたが、私は映画音楽の作曲を生業としている)。
この、生まれてからずっとこの土地に暮らす人々と触れ合い、自分が余所者であることを自覚する行為は、私にとって丁度良い。
職場の上司に勧められて、この歳になって今さら教習所に通うことにした。
富士山の麓にレビューが少々荒れている教習所を発見したが、結局のところ相性だったりもするもんなぁと思い、申し込む。慎重な選り好みは “ここぞ” という時にとっておきたい。
教習所に通って3日目の今日、10月15日。全然悪い学校ではなさそうだ。
但し、初めてのS字カーブをノロノロと走行したら「はい、出る時合図! ハンドル切るのが遅すぎ! ミラー見忘れてる! これ、テストでやったら失格! 足はすぐにアクセル! 回りが大きすぎ!」などなど、『マトリックス』のオープニング顔負けの情報量を浴びたりはする(あの緑の文字情報が流れるパソコン画面のやつね)。
直線で初めて時速50kmを出した時、私は暴走族か何かなのかとしか思えなかった。
ベストコンディションで運転しようと早寝のことばかり考えていた苦悩の2日間を経て、今夜は翌日16日に技能クラスがないので夜更かしできる。私はすかさずテレビをつけて、映画を観ることにした。
普段、身体に何か詰まっていると思うと定期的に『カリートの道』を観る。有難いことに、現在Amazon Prime Videoで観ることもできる。
幼少時のマイヒーロー、ブライアン・デ・パルマ監督。なかでも『カリートの道』は涙なしには観られない傑作だと思う。この映画でショーン・ペンを知ったのだけれど、まさかプライベートではモテ男だなどとは想像もできない最低ゆえに最高の演技で、後ほどそのギャップに相当な衝撃を受けたことも追記しておきたい。
ここまで書いておいてなんだが、結局私が今日まず観たのはマイヒーローその弐、ポール・バーホーベン監督の『氷の微笑』だった。さっきのくだりは何やねん、となりますが。
この映画が作られたのは1992年。ハリウッド黄金期(と勝手に名付けている80〜90年代)的な仰々しさや匂わせを纏いながらも、わりと地味めになんか微妙な結末を迎えるのがバーホーベンぽい。私はそこがたまらなく好きなのである。
マイケル・ダグラス、シャロン・ストーンという神キャスティングはもちろんのこと、なんかもう全てのハリウッド映画に出てない? みたいなジェームズ・レブホーンがいたり、そこここが眩しい。
演出で言えば、例えば官能シーンで、向かい側(観客から観て、奥)のビルではバレエレッスンをしてる、みたいな、奥行き演出に対する当時の映画人の興奮を感じるし、「ここ大事なシーンですよ〜! 寝てる人いたら起きてくださーい!」みたいな音楽の誘導(まるで交通標識だな)も堪らない。
ついでに、少しだけサントラのことにも触れたい。
この頃のサントラは、当時の新しさとしてオーケストラにシンセ系のパッドやドラムの打ち込みが入る傾向が強い。けれど『氷の微笑』では、あくまで基本はオーケストラのフォーメーションで、楽譜的で古典的な勝負をしているところが良い。シーンをまたぐ時も手を抜かない。あくまで物々しさを演出し、「音楽の出口ですよ」の合図は俳優の仕草が担っていたりする。まさにハリウッドドリーム!
私個人が映画音楽を書く時は、いかにして俳優が素敵に見えて、彼らの生活や呼吸に紛れて一体化するかというところに重きを置いているが、それでもこういう“ハリウッドドリーム“をたまに忍ばせるようにしている。それを観客に気づいてもらえた時なんかは、映画愛好家同士、心のハグをした気分だ。
数十年前のハリウッドは常にアクセル全開の音楽スコアを書いていて、いわゆる作曲家然としているが、現代のサントラは映画の気分を表現していることが多い。
そのように主流が変わってきたのは、クリストファー・ノーラン作品におけるハンス・ジマーの登場が大きい。そういえば、この前映画館で観た『TENET テネット』のサントラは、えらい派手で王道なんだけど欧州っぽい硬さみたいなものもあるなと思っていたら、ハンスではなく若い作家に変わっていた。後で調べたらスウェーデン出身らしい。また劇伴の流れも緩やかに変化してゆくのだろうか。
というところまで思いを巡らせ(全然「少しだけ」にならなかった…)、次は、ノーランとハンス・ジマーが組んだ『インセプション』を久しぶりに観ることにした。ハンス・ジマーはすごいけれど、誤解を恐れずに言うと、彼の音楽そのものがというより「すごいプロダクトだな」という印象の方が強い。ただ「すごいプロダクト」を作れるのはすごいので、すごい作家であることは間違いない。
ハンスのような音楽家は、まさに、映画の気分を音で表現している。でも、久しぶりに『インセプション』を観返すと、「あ、これ、『インセプション』の曲だったのか! 案外、音階的なアプローチだったんだな」などと答え合わせをしたりして、自分の感覚なんて半分も当てにならない。あるいは、ハンスのような大御所でも、時代の波の中で常に変化しているということなのかも知れない。
随分と現実世界での疲労が癒えたところで、最後は『レディ・バード』を復習し、明日からも頑張ろう! と思えた夜であった。
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