PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

映画を観た日のアレコレ No.25

女流棋士
香川愛生の映画日記
2020年10月21日

なかなか思うように外に出かけられない今、どんな風に1日を過ごしていますか? 映画を観ていますか?
何を食べ、何を思い、どんな映画を観たのか。
誰かの“映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう?
日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
25回目は、女流棋士 香川愛生さんの映画日記です。
日記の持ち主
女流棋士
香川愛生
Manao Kagawa
幼少期から将棋の才能を開花させ、2005年(小6)と2006年(中1)の女流アマ名人戦で2連覇を達成。アマチュア時代の活躍をきっかけにプロを志し、2008年に弱冠15歳で女流棋士としてプロデビューを果たす。2012年から立命館大学へ進学、将棋と学業の両立をさせながら2013年に初めてのタイトル挑戦で初戴冠。翌年も防衛し連覇。女流棋士トップクラスの実力を持ちながらも、将棋普及のためにテレビやイベントなどにも精力的に出演している。将棋以外のゲームへの情熱も高く、趣味がきっかけで広がった人脈は、現在の幅広い活躍につながっている。愛称は「番長」。
公式ツイッター: @MNO_shogi
公式インスタグラム: mno_shogi

2020年10月21日

将棋会館での対局は朝の10時にはじまります。
嵐の前の……とも言えるほど、しんと静まり返った沈黙を破るかたちで、定刻に「よろしくお願いします」と両者頭を下げて、戦いの幕を開ける。それが私たち将棋のプロにとっての日常です。

この日は先輩相手の一戦でしたが、駒組みが進み、気づけば劣勢に立たされていました。こうした不甲斐ない気持ちが込み上げてくると、折れそうな心を奮い立たせる時間が必要です。正午、昼食休憩。母の作ってくれたお弁当が最近の“将棋めし”です。少しずつ食べながら色々なことを考えているとき、ふと「ある作品」が頭に浮かびました。将棋と全く関係のないことだったのですが(対局中でも頭の休息がてらそんなことを思い浮かべることもあるのです)、このあと語るように、これを思い描いたのは結果的に大きかったのかもしれません。
休憩が明け、なんとか踏ん張った将棋は逆転して、15時前に終局しました。普段なら感想戦と呼ばれる、ときに1時間以上続く対局の振り返りを行いますが、コロナ禍ということを踏まえて手短に行われます。

5時間近く畳のうえにいるのも、そのほとんどを正座で過ごすことも、対局中は集中しているので気になりません。ただその分、終わった瞬間に体中に疲れがのしかかってきます。
こんな勝負のあとは、映画を観に行くのが好きでした。すこし離れた映画館へ、少なくともふた駅ほど長めに歩いて。文字どおり「足をのばす」機会で、体と心の調子を整えるようにしていました。
ただ、時勢的に、特に体力に自信のない今のタイミングでは以前ほどは行きづらいのが正直なところです。ぼんやりと歩いて帰路につき、自宅に着くと、ソファに体を預けました。しばらくぼんやりして、ちょうど日が落ちてきた頃に、お昼のことを思い出して、テレビのリモコンを拾い上げます。

『涼宮ハルヒの消失』は、社会現象になった原作ラノベとアニメシリーズ『涼宮ハルヒの憂鬱』の劇場版。2010年、高校生で劇場に行った以来の鑑賞でした。
スマホの電源を切って、少し照明を落として。映画館には格段に劣りますが、なるべく作品に集中できる環境で観たくなりました。ぼうっと観るより圧倒的に、観る意味が増すような気がしています。

この作品は京都アニメーションの作品です。そして、他でもない『涼宮ハルヒの憂鬱』との出会いから10年来の京アニファンとなりました。
それまで私の見たアニメは、子ども向けであったり、華やかな世界という印象でしたが、京アニは“超越した”インパクトがありました。
アニメーションの世界は、長い年月をかけ、多くの人の力で出来上がるものです。京アニは特に、職人と呼べるほどの技術の集合で、素晴らしいクオリティの作品を世に送り出してくれています。
最近では『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を 、『外伝 -永遠と自動手記人形-』を映画館で6回、『劇場版』を3回鑑賞しました。繰り返し、繰り返し観るのも、素晴らしい職人の方々の技術や思いを少しでも多く受け止めたい、と思うゆえです。
人数はアニメに比べると少ないですが、私たちの全力の戦いが棋譜となり、後世に残り続けることと似ているような感じがして。 感動と同時に、自分にできることを全力で、頑張らなくてはいけないと奮い立たせてくれるものです。

10年経ってもなお鮮明なアニメに、対局のときに押し殺していた反動なのか、色々な感情が秒単位で波のように押し寄せてきます。
エンディングが流れたあと、朝以来の静寂の中で、もう少しだけ作品と、それを作ってくれた方々へ思いを馳せました。
将棋のプロになって12年が経ちますが、これからもできることを積み重ねて、残していきたい。暗い部屋の中で、苦しくても生き抜こうと言う決意を、新たに噛み締めました。

BACK NUMBER
PROFILE
女流棋士
香川愛生
Manao Kagawa
幼少期から将棋の才能を開花させ、2005年(小6)と2006年(中1)の女流アマ名人戦で2連覇を達成。アマチュア時代の活躍をきっかけにプロを志し、2008年に弱冠15歳で女流棋士としてプロデビューを果たす。2012年から立命館大学へ進学、将棋と学業の両立をさせながら2013年に初めてのタイトル挑戦で初戴冠。翌年も防衛し連覇。女流棋士トップクラスの実力を持ちながらも、将棋普及のためにテレビやイベントなどにも精力的に出演している。将棋以外のゲームへの情熱も高く、趣味がきっかけで広がった人脈は、現在の幅広い活躍につながっている。愛称は「番長」。
公式ツイッター: @MNO_shogi
公式インスタグラム: mno_shogi
シェアする