目次
生活のとなりに、友達との間に
僕のそばには、いつも映画があった
都心から少し離れた、緑に囲まれた静かな住宅街。駅前から続くゆるやかな坂道をのぼりきった見晴らしのいい場所に、作曲・編曲家である上田修平さんのご自宅があります。
「おじゃまします」と玄関の扉をあけると、そのすぐ隣にギターや鍵盤、スピーカー、音楽機材がずらっと並んだお部屋が見えました。この部屋は、レコーディングスタジオも兼ねた上田さんの仕事部屋だそうです。ほんのり薄暗い室内の棚には、たくさんの本が並んでいます。その部屋の窓の向こうには、庭先の緑が見え、そこから木漏れ日が部屋を暖かく包んでいました。
「曲をつくったり、ミュージシャンとレコーディングをしたり、家で仕事をする時は、ほとんどここで進めています。以前、この物件に住んでいた方も音楽に携わっていた人みたいで、この部屋は最初から防音室だったんです」
カジヒデキやHomecomings、HALFBYやLYRICAL SCHOOLなど、数多くのミュージシャンの作曲や編曲、プロデュース、サウンド・エンジニアリングなどを手がけている上田さん。長い間京都に暮らしていましたが、東京での仕事が多くなってきたことから、2年程前に現在の場所に引っ越してきたそうです。ゆったりとした時間が流れる、京都を離れるのは寂しかったそうですが、都心へのアクセスも良く、緑にも囲まれたこの郊外での暮らしも気に入っているといいます。
普段は、その仕事の合間に、息抜きとして映画を観ることが多いとのことで、DVD棚は2階のリビングにありました。まず目に入ったのは、木製の棚に隙間なく収まった大量のレコード。その隣にあるテレビ台の下の扉を開けると、中にはDVDがずらりと並んでいました。洋画を中心に、コメディーやアクション、音楽関連の作品など、ジャンルはさまざまです。
DVDもレコードも、すっきりときれいに収納している上田さんですが、「たくさん集めたい」「パッケージとして眺めたい」という、コレクションとしての所有欲は今は全くないと言い切ります。
「僕は、“物”としてただ持っているだけなら意味がないと思っていて、“必要”だから買っているという感じです。DVDなら観ることが大事だし、レコードも聴くことが大事。昔はたくさん集めていたけど、今は繰り返し観るものだけを手元に置くようになりました。あとのものは、引っ越しの時にだいぶ減らしました。荷造りをした後に、友だちを10人くらい家に呼んでみんなでUNOをしたんです。その1位の景品をDVDにしました。ダンボールの中から好きなのをあげるよって、たくさん振る舞ってしまいましたね(笑)」
京都に住んでいた頃は、自宅から歩いて5分のところに映画館があり、夕飯を食べてからレイトショーを観に行くなど、生活のすぐ近くに映画の存在があったという上田さん。友だち数人と誰かの家や事務所に集まり、DVDを選んでみんなで観ることも多かったそうです。
「僕ともうひとりの友人が何を上映するか決めていたんですけど、観た後に、みんなでああだこうだ話す時間が好きで、そのためにやってるような会でした。ジャド・アパトー製作、グレッグ・モットーラ監督の『スーパーバッド 童貞ウォーズ』(2007)とか、スティーブ・カレルが出ている『ラブ・アゲイン』(2011)とか、女性にモテない冴えない男たちが、友だち同士でワイワイしているような映画をよく観ましたね。その時間が楽しくて、毎月のように仲間と集まっていました」
サウンドドラックに浸りながら
映画を二度楽しむ
上京した現在も、一ヶ月に7、8回くらいのペースで映画館に行っているという上田さん。どんなに仕事が忙しくても、この習慣は途切れたことがないそうです。それほどまでに映画を好きになったのは、いつからでしょうか?
「僕が小学生の頃、母親がレンタルビデオ屋で働いていたので、洋画の新作を中心に映画をよく借りてきてくれたんです。両親とも映画が好きだったので、家族全員でよく観てました。だから、子どもの頃はほとんど映画館に行ったことがなくて、映画は家で観るものだったんです。スティーヴン・スピルバーグ監督の映画とか、ハリウッド映画が大好きで、今は廃刊になってしまった雑誌の『ROADSHOW』も夢中で読んでいました。だから、監督や俳優もどんどん覚えて詳しくなって。」
当時の思い出として棚から出してくれたのは、『アリス 不思議の国の大冒険』(1972)、『グーニーズ』(1985)、『フェリスはある朝突然に』(1986)、『ラビリンス/魔王の迷宮』(1986)、『長くつ下ピッピの冒険物語』(1988)の5枚でした。ネット配信されていない作品も多いため、大人になってからDVDで買い、手元に置いているのだといいます。
「『長くつ下ピッピの冒険物語』はテーマ曲がすごく良くて、それを聴くためという理由もあって、この映画をよく観ていました。そうやって、映画で使われている音楽を意識的に聴くようになったのも、小学生の時からですね。『スタンド・バイ・ミー』(1986)、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)、『ビバリーヒルズ・コップ』(1984)あたりのサウンドトラックのCDを母親にレンタルビデオ屋で借りてきてもらって、家族で外出する時に車の中でよく聴いていました。当時好きだった音楽は、CDをダビングしたカセットテープでしか手元になかったので、ほとんどあとから買い直しました」
聴くだけで映画のワンシーンが蘇り、その記憶にいつまでも浸ることができるサウンドトラック。上田さんは、“映画音楽の作曲家”という存在も気にかけるようになっていきます。監督や俳優で映画を見つけるのと同じように、作曲家で映画を観たり、ミュージシャンのCDを聴くのと同じように、映画音楽を聴いたりしていたそうです。
DVD特典として付いてくる
映画音楽のメイキング映像が、一番観たいもの
映画のメイキング映像、そして監督やスタッフによるオーディオコメンタリーなど、本編の他に特典映像が収録されているのも、ネット配信にはないDVDならではの魅力。上田さんにとっても、映画DVDを購入する一番の目当ては、特典として入っている“映画音楽のメイキング映像”だといいます。
「映画音楽で好きな作曲家は、『ドニー・ダーコ』(2001)のマイク・アンドリューズとか、『メッセージ』(2017)のヨハン・ヨハンソン、『ギフテッド』(2017)のロブ・サイモンセンとか、何人かいるんですけど、特に好きなのが『パンチドランク・ラブ』(2003)や『レディーバード』(2018)など、映画音楽をたくさん作曲しているジョン・ブライオンです。彼が音楽を作曲した『俺たちステップ・ブラザーズ』(2008)のDVDには、特典として、そのレコーディング風景の収録が入っているんです。本編よりも、この特典映像に惹かれて買いました。この映画も、定職に就かないで親のスネをかじっている男たちの、いい意味で最高にくだらないコメディーで好きなんですけどね。」
“音楽がつくられていく過程が見たい”という気持ちは、その映画が好きだというだけではなく、自分の仕事をそこに重ねているからなのかもしれないと上田さんは話します。
「音楽業界やミュージシャンの人生を描いた映画も好きです。アメリカのカントリー音楽の中心地、ナッシュビルという地域を舞台にミュージシャンたちの群像劇を描いた『ナッシュビル』(1975)という映画も、何度も繰り返し観ています。これもレコーディング風景から始まる映画なんですけど、街のライブハウスで誰かが演奏していたり、教会や野外の音楽祭で歌っていたり、とにかく本編が終始音楽で溢れていて、すごく好きな映画のひとつです」
映画の音を消して、
映像とギターを共鳴させる
作曲家として、広告やCMの音楽も手がけている上田さん。そのような作曲をする際には、好きな映画音楽や、映画の映像そのものから着想を得ることも多いといいます。
「曲をつくる時間の合間に、リビングや仕事場で映画を観る時もあります。最後までじっくり観てしまうこともあるし、映画の音を消して流れている映像に合わせて、ギターを何となく弾くこともあります。映像と音楽って共鳴し合うというか、ムードみたいなものが“ぴったり”くる時があるんです。」
これまでに影響を受けた映画や、映画音楽について語ってくださった上田さんは、「これは勉強のつもりで買ったんですけど…」と、CDサイズの赤い箱に収められた3枚組のDVDを見せてくれました。
「『レナード・バーンスタイン/答えのない質問』(2005)という、記録映像です。ブロードウェイ・ミュージカル『ウェスト・サイド物語』の作曲家でもあり、クラシック音楽の指揮者やピアニストでもある、レナード・バーンスタインが、1973年にハーバード大学の学生向けに行った講義のDVDで、音楽の成り立ちや構造を解説していくという内容なんです。…というと、難しい内容だと思われてしまうかもしれないけど、ただ講義を映した映像ではなく、バーンスタインがカメラをしっかり意識して話していたり、ピアノやオーケストラの演奏を映した映像を挟みながら解説していくので、わかりやすく見ごたえもあります。これは、音楽の知識をより深めるために、よく観ているDVDですね」
ミュージシャンの友人にも映画好きの人が多く、京都に住んでいた頃のように、この部屋で友人同士で上映会をすることもあるそうです。ふと見ると、リビングのローテーブルの下にはプロジェクター、そしてソファーの近くにはいくつかの椅子が置かれていました。そういう時には、音楽にまつわる作品を選ぶことが多く、つい最近も、ニューヨークを舞台に音楽プロデューサーとシンガーソングライターの出会いを描いた『はじまりのうた』(2015)をみんなで観たそうです。
大好きな「音楽」が立ち上がる瞬間を、観せてくれた特別な一枚
子どもの頃から映画が身近にあり、サウンドトラックを通して更に深くのめりこんでいった上田さんですが、同じように夢中になっていたのが、“音楽”でした。なかでも、自身のルーツとして名前をあげてくれたのが、リビングにもポスターが飾ってあるビーチ・ボーイズです。
「自分のつくる音楽でも、最も影響を受けているバンドだと思います。ビーチ・ボーイズの中で一番好きなのが、『ペット・サウンズ』というアルバムです。初めてちゃんと聴いたのが多分20歳頃だったかな。ビーチ・ボーイズは、初期は、サーフィンと車と女の子、というイメージの楽曲が多かったんですけど、中心人物だったブライアン・ウィルソンが、次第に自分の内面を探求するような音楽をつくるようになっていくんです。その傑作が1966年に発売された『ペット・サウンズ』で、ちょっと影のある内省的な音楽なんですよね。すごく好きで、今でもよく聴いているアルバムです」
ドキュメンタリーやライブ映像など、ビーチ・ボーイズ関連のDVDをたくさん集めたという上田さん。なかでも思い入れが深い作品は、ビーチ・ボーイズが題材となった唯一の映画、『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』(2015)だといいます。
「ポール・ダノとジョン・キューザックの二人が、ブライアン・ウィルソンを年代別に演じ分けた伝記映画で、音楽を描いた映画としても一番好きな作品です。中でも印象的なのが、ブライアン・ウィルソンたちが『ペット・サウンズ』をレコーディングしている、というシーン。映画では、実際に彼らがレコーディングしたスタジオに、当時の機材を持ち込んで撮影しているんですけど、今まで写真でしか見たことなかったレコーディングの風景が、当時のファッションも含めて、まるで本物の記録映像なんじゃないかというくらいリアルに描かれているんです。そのシーンを初めて観て、出会えた時の驚きと喜びはよく覚えていて、買って手元に置くようになってからも何回も観ています」
想像の中で何度も思い描いていた場面が、はじめて輪郭をもって動き出す。それは、映画が持つひとつの力と言っていいかもしれません。繰り返し観たという『ラブ&マーシー』のボックスには、特典として封入されていた映画のTシャツが未開封のまま入っていました。「いつか着ようと思っているんですけどね」と、もとに戻す上田さん。ビニールのパッケージに大切そうに包まれたそのボックスには、映画を観た時の高揚感も、当時のまま込められているようでした。
最後に上田さんは、「実は、いつか映画の音楽を手がけてみたいという夢があるんです」と話してくれました。
家族や友人と一緒に観た思い出も含めて、積み重なってきた映画や音楽の記憶。今度は上田さんの音楽が、映画と一緒に誰かの心に残っていくのかもしれません。
- 映画に込められた愛情と熱量が 自分の「好き」を貫く力になる
- 「好き」が詰まった部屋はアイディアの引出し
- 映画を作るように、料理を作りたい。働き方の理想は、いつも映画の中に
- 最新技術と共に歩んできた映画の歴史から、“前例のない表現”に挑む勇気をもらう
- 映画は仕事への熱量を高めてくれる存在。写真家のそばにあるDVD棚
- “これまでにない”へ挑みつづける!劇団ヨーロッパ企画・上田誠が勇気と覚悟をもらう映画
- “好き”が深いからこそ見える世界がある!鉄道ファンの漫画家が楽しむ映画とは?
- 一人で完結せず、仲間と楽しむ映画のススメ
- おうち時間は、アジア映画で異国情緒に浸る
- 漫画家・山田玲司の表現者としての炎に、火をくべる映画たち
- 時代の感覚を、いつでも取り出せるように。僕が仕事場にDVDを置く理由
- 「この時代に生まれたかった!」 平成生まれの役者がのめりこむ、昭和の映画たち
- 好きな映画から広がる想像力が 「既視感がバグる」表現のヒントになる
- 好きな映画の話を相手にすると 深いところで一気につながる感覚がある
- 勉強ができなくても、図書館や映画館に通っていれば一人前になれる。
- ナンセンスな発想を現実に! 明和電機とSF映画の共通点とは?
- 22歳にして大病で死にかけた僕。「支えは映画だった」 絵本作家の仕事部屋にあるDVD棚
- 映画は家族を知るための扉。 保育園を営む夫婦のDVD棚
- 「映画を観続けてきた自分の人生を、誰かに見せたい」 映画ファンが集う空間をつくった、飲食店オーナーのDVD棚
- “すべての人を肯定する服作り”をするファッションデザイナーのDVD棚
- 「データは信用していない」映像制作プロデューサーが、映画を集める理由
- 写真家としてテーマを明確にした映画。自分の歩む道を決めてきた、過去が並ぶDVD棚。
- DVD棚は“卒アル”。 わたしの辿ってきた道筋だから、ちょっと恥ずかしい
- 映画を通して「念い(おもい)を刻む」方法を知る
- 家にいながらにして、多くの人生に出会える映画は、私の大切なインスピレーション源。
- オフィスのミーティングスペースにDVD棚を。発想の種が、そこから生まれる
- 映画の閃きを“少女”の版画に閉じ込める
- 映画の中に、いつでも音楽を探している
- 映画から、もうひとつの物語が生まれる
- 探求精神があふれる、宝の山へようこそ。
- 無限の会話が生まれる場所。 ここから、創作の閃きが生まれる。
- 夢をスタートさせる場所。 このDVD棚が初めの一歩となる。
- 本や映画という存在を側に置いて、想像を絶やさないようにしたい。