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お米断ちをして身に染みた、
食べることの大切さ
― 1918(大正7)年に富山県の貧しい漁師町で起こった「米騒動」について、その中心となった「おかか(=女性)」たちにスポットを当て描かれた映画『大コメ騒動』。米価が高騰してお米が買えないおかかたちの窮状を演じるにあたって、撮影期間は井上さんもお米断ちをされていたそうですね。
井上 : お米が食べられない役だったので…朝昼晩と3食お米を食べるのも罪悪感があって、少し控えました。米騒動に関して、私もそこまで知識があるわけではなかったんです。女仲仕(仲仕=港などで、船の貨物を担いで運ぶ作業員)がいたということも今回初めて知って、「60キロもの米俵を担いでいたんだ」と思うと……多少の筋トレもしました(笑)。
― 冒頭から米俵を担ぐおかかたちの姿が印象的でした。室井滋さん演じるおかかたちのリーダーをはじめ、それぞれのキャラクターも際立っていましたね。
井上 : メイクを終えた室井さんを最初に現場で見たときは、衝撃でした(笑)。朝、メイク室に入ったら、顔に接着剤でイボをいっぱいつけて、歯を汚したり、金歯を作ってきたり…すごく楽しんでいらっしゃる感じがしましたね。
ほかの方たちも、みんな“スッピンで真っ黒の日焼けメイクでしたが、「キレイに見せよう」みたいな人は誰もいなくて。みんなで「黒いね」って言い合いながら、楽しんでいた気がします。
― おかかたちのなかで、井上さんの印象に残ったキャラクターはどなたでしょう?
井上 : (鈴木)砂羽さんが演じたトキさんでしょうか。リーダーは室井さんが演じるおばばなんですが、影のリーダーというか……そういう意味では、普段の砂羽さんに近い感じがしましたね。砂羽さんのように引っ張ってくださる方がいると、現場も引き締まるし、和やかにもなるので。今回の現場もとても助かりましたね。
― 富山のロケでは、地元の方々がたくさんエキストラとして参加されたようですね。
井上 : みなさん積極的に協力してくださいました。朝の3時とか4時くらいから集まって、みんなで真っ黒になって(笑)。すごく寒い時期でしたが、ぺらぺらの着物にわらじ姿で頑張ってくださいました。
― それが予告編にもあった、おかかたちが「コメを旅に出すなー!」と叫びながら浜を駆ける、積み出し阻止のシーンにつながるのですね(笑)。
井上 : そうですね。振り向くと、全員がすごい形相で走っていて(笑)。あれだけ集まると、不思議な連帯感があるというか……多ければ多いほど、力が湧きますよね。本木(克英)監督は「迫力あるなあ」と笑って楽しんでいました。
米積み阻止のシーンは二回あって……最初に撮影したのは室井さんがリーダーの時。その時、いとはまだ後ろの方にいましたが、それを撮った翌日にはもうリーダーとして先頭に立っているシーンを撮らなければいけなかったんです。「世代交代をするには、室井さん以上のエネルギーを発しなければ」と思ったのですが……お米を食べていないので、なかなか力が湧かず大変でした(笑)。
― じゃあクランクアップしたときは、もう……。
井上 : 「お米が食べられる!」と思いましたね。『大コメ騒動』の前も、減量しなければいけないドラマの撮影があったので、なんだかずっとひもじい思いが続いていて(笑)。ちょうどよかったのかなとは思いますけど、「食べることの大切さ」を、身に染みて感じました。
正解のない役者という仕事だからこそ、
自分を信じることが大事
― 本木監督によると、「声を上げること、行動することが大事である」というのが今作の大きなテーマとのこと。井上さんはこれまで、「行動しないと変わらない」と感じたことはありますか?
井上 : 昔は撮影現場というと、男性が多く、年上の方ばかりでしたので「私なんかが意見してもなあ」と思うことも、もちろんありました。でも、年齢に関係なく責任のある立場を任されることも徐々に増えて来たときに、我慢したり、遠慮したりするのではなく、自分の意見を伝えるということの必要性も感じるようになってきました。
― 我慢したり遠慮したりしないというのは、役者として譲れないところがあるからでしょうか?
井上 : 譲れないっていうものは…ない気がします。もともと私はそこまでこだわりを強く持つタイプではないので、「これはこうでなきゃいけない」とかっていうのはないんです。どの現場も”これが正解なんだ”と当てはまるものはないですし。だからこそ、この仕事は楽しいし、新鮮に思えるんでしょうね。長く仕事をしていても、いまだに新しい現場は緊張します。
― 正解がないというのは、難しいように思えるのですが。
井上 : そうですね。「難しいな」って毎回思うんですが、役と向き合うというのは自分自身と向き合うことでもありますし「最終的には自分を信じる」ということを大事にしていきたいです。
そういう意味でも、何事も勇気が必要なんだなっていうのは、すごく感じました。
井上真央の「心の一本」の映画
― 最後に、井上さんの「心の一本」の映画を教えていただけますか?
井上 : 難しいですね……ん~(長く考える井上さん)。私、いつも「この1本!」って決められないんですよね(笑)。最近観た映画でもいいですか?
― もちろんです!
井上 : ホン・サンス監督の『それから』(2017)という作品を最近観て、衝撃を受けたというか、印象に残っています。
― キム・ミニ演じる出版社で働く女性が、社長の愛人と間違えられたことから始まる騒動を描いた作品ですね。夏目漱石の名作『それから』を映画のタイトルにしていることや、圧倒的に美しいモノクローム映像なども話題になりました。
井上 : なんてことのない言葉や、なんてことのないシーンで感動するって、やっぱり映画ならではだなと思って。なにかが起こるというわけではないんですが、心情や、内面の切り取り方、描き方が本当に素晴らしいなと思いました。
― 『正しい日 間違えた日』(2015)、『夜の浜辺でひとり』(2017)、『クレアのカメラ』(2017)でもホン・サンス監督はキム・ミニを魅力的に撮っていますからね。『大コメ騒動』も女性の強さや逞しさを描いていますが、そういった“女性が魅力的に描かれている”と思う作品などはありますか?
井上 : どの作品というよりは…日本映画を観ていると、昭和の女性の強さや潔さ、美しさを感じます。一時期、小津安二郎さんの作品をずっと観ていたときがあって。 原節子さん、高峰秀子さんが演じていらした役には、奥ゆかしさや凜とした美しさがあって素敵だなと思いました。
― 『晩春』(1949)から始まって、『麦秋』(1951)、『東京物語』(1953)、『東京暮色』(1957)など、小津安二郎監督作品での原節子さんは独特の存在感を放っていました。
井上 : あと、『男はつらいよ』シリーズもよく観ていました。ちょっとシブいですかね(笑)。