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何も考えず、ただただ超ド級のラブストーリーを観たくなる時がある。むずかしくストーリーを追うことをしたくないからか、だれかの幸せそうな顔や恋のトキメキを浴びたいからか、あるいは、無条件に安心な物語が欲しいからなのかもしれない。そんな時に、決まって取り出すとっておきの映画は『オータム・イン・ニューヨーク』だ。
48歳のウィル(リチャード・ギア)と22歳のシャーロット(ウィノナ・ライダー)、歳の差が20以上もある二人が出会い、恋に落ちる物語。ここで改めて説明する必要もないほど多くの人が思い描くようなラブストーリーだけれど、私にとってこの映画は、好きな理由を答えることのできない恋人のような存在なのだ。
中盤、こんなシーンがある。
シャーロットがウィルに、亡くなった自分のお母さんについて、私のお母さんはどんな人だったの? と尋ねる、そうすると彼は、君のお母さんは、フォークでアイスクリームを食べるような人だったよ、と答える。
なんてチャーミングな人だろう…!
この瞬間、この作品に恋したことは今でも憶えている。
フォークでアイスクリームを食べるとは…果たしてどんな意味を持つのだろうと何度も考えた。大好きなアイスクリームをちびちびと大事に食べたいからか、食べ終わるまで一緒にいると約束した人と少しでも多くの時間をともにするためか、たまたま「スプーン恐怖症」だったせいか…たった一つの台詞からぐんっと物語が広がる、魔法のような言葉だと思う。
すっかりこの言葉の虜になった私は、大切な来客があるときには決まって、“フォークでアイスクリームを食べる”おもてなしをする。それは、シンプルに、アイスクリームにフォークを添えて出すだけのことだけれど、自分の気持ちを話すことがあまり上手でない私にとっては、「たくさんゆっくり話したいです」という気持ちを代弁してくれる、とびっきりのアイテムとして活躍してくれる。
向かいに座る人と一緒に、フォークでアイスクリームをつつく時間は、雲ひとつないお天気の日の空にピカピカッとカミナリが光るような、突然の非日常を楽しむ時間になるからおもしろい。そうして、「私たち人間は、いつからスプーンでアイスクリームを食べるようになったんだろう?」なんて愚問を持ち出して、ああでもない、こうでもない、と妄想を膨らませた仮説を立ててみたり。決して、検索窓にテキストを打ち込み答えを求めることなんかはしないで。なんだかくだらないけれど、くだらないことをたまには抱きしめてみるのも良いものだ。
先の展開がわかってしまうラブストーリーも、フォークの隙間からこぼしながらにアイスクリームを食べることも、もしかしたら、くだらないことかもしれない。でも、くだらないことがこの世の中に存在できることは、考える以上にずっとずっと大切なことのようにも感じられる。生産性の高い製品や建設的な関係が求められる社会において、心はちょっと疲れ気味だ。そんな中で、なんだかくだらないことが、きっと、心の休憩地点となり得るような気もしてしまうからだ。
◎おもてなしのレシピ:
くだらなくて、かけがえのない味の“フォークで掬うアイスクリーム”
フォーク…2本
- 1.お好みのアイスクリームをお気に入りの器に丸く盛る。
- 2.フォークで掬って、いつもよりゆっくり食べてみましょう。