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現実をみて課題を受け入れる。
どこかで諦めることも必要。前に進むために
― 『止められるか、俺たちを』で門脇さん演じる“吉積めぐみ”は、若松プロという男性ばかりの集団の中へ、自ら入っていく一人の女性です。誰もが感じたことのある、青春の昂揚感と不安を抱えた女性だと思います。年齢的にもご自身と響き合う部分もありましたか?
門脇 : この映画は、若松プロダクションで助監督をされていた白石和彌監督自らが企画した作品です。井浦新さんをはじめ若松プロにゆかりのある方々が集結し、個々に若松監督や若松プロに思いを馳せながらつくられた映画だったので、若松さんと生前お会い出来なかった人間が混ざって、しかも主演というのは恐れ多く、とても不安がありました。
― 門脇さんは、若松監督や若松組の皆さんと面識はなかったんですね。
門脇 : 全くなかったです。でも、私だけ若松監督のことをあまり知らないまま飛び込んでいく境遇と、めぐみさんが何も知らないまま若松プロに飛び込んで助監督をスタートする境遇は似ているなと感じていました。だから、次第にこれも武器になるんじゃないかなと思うようになりましたね。今回は、めぐみさんの視点で若松プロを映し出す「ストーリーテラー」としての役割が大きかったので、“主演であれど、主演ではない”という感覚で現場にいました。
― 以前、PINTSCOPEのインタビューで白石和彌監督は「(助監督時代)若松(孝二)監督からは“世の中のものの見方や人間の葛藤”というパッションの部分を多く学びました」と話されていました。
― 若松監督はピンク映画や『われに撃つ用意あり』(1990年)などのアクション映画といった大衆的なものも撮れば、社会や政治などタブーとされていたことにも果敢に切り込み、明確に「撮りたいもの」があった人です。対して、めぐみさんは映画に魅了され監督を目指すけれども、「自分がなにをつくりたいかわからない」人として描かれます。そこには若松監督が描いてきた「葛藤」が凝縮されているように思いました。
門脇 : 若者が理想と現実の間で揺れ動く。「ああなりたいな」と憧れていたものにいざ近づいたときに、自分の才能のなさや無力さに気がつき、絶望する。どんな人も共感できることだと思います。舞台設定が「映画製作の現場」だから特殊に感じることがあるかもしれないけれど、物語自体はとても普遍的なものだと思うんですよね。
おそらく誰しも「葛藤」を抱えていて、年齢を重ねると自然とそういう感情をうまく表に出さない術を身に着けたり、見て見ぬふりをしたりして蓋をしているだけだと思うんです。蓋を開ければ、いろんな葛藤があるはず。私もそうだったので、めぐみさんを演じる上で、その蓋を思いきって開けました。
― めぐみさんと同じように理想と現実の間で葛藤を抱えている人は多いと思いますが、門脇さんご自身もそういう「葛藤」を抱えていたと。
門脇 : そうですね…正直、今もあります。たぶん、私は理想がすごく高いし、貪欲なんです。だから、自分のパフォーマンスに満足やよろこびを覚えたことはなくて。でも、志を高く持って葛藤することで、いい仕事ができるかというとそういうわけではない。
― では、門脇さんはどうやって前に進んでいくのですか?
門脇 : 現実をみて課題を受け止めつつ、どこかで諦めることも受け入れて…。そうじゃないと、前に進まないなって気づいたんです。今は、そうやって理想と現実の折り合いをつけることができるようになりました。昔は、理想と現実の間でくさくさするしかなかった(笑)。
― そのように変わったのは、きっかけがあったのですか?
門脇 : 大きく体調を崩してしまったことがありました。その時に、このままだと俳優人生が長く続かないなと思ったんです。せっかくやりたいと思えた仕事を楽しめないともったいないし、楽しまないと続けられないなって。それにはどうしたらいいのか考えて、具体的に“自分を変えていこう”と思えたことで、理想と現実の折り合いをつけられるようになりました。
“嘘ごと”の役が、“本当”になる瞬間
― 今作を観ていて思い出した、あるテレビ番組があります。小泉今日子さん原作のドラマ『戦う女』(2014年)です。この番組はドラマ放送後、YOUさんと友近さん、Chim↑Pomのエリイさん、+門脇さんでトークパートが展開されるのですが、そうそうたる面々の中で出演されていましたよね。
門脇 : なつかしい! 私が23歳くらいですね。もう3年ぐらい前の作品です。
― その中で、門脇さんが語った印象的なエピソードがあります。門脇さんがヒロインを演じた映画『愛の渦』(2013年)では、ご自身のヌードを含めた過激な性描写がありますが、そういうシーンを弟が観ていても大丈夫、恥ずかしくないと、はっきり仰っていましたね。その時、画面に映る制服姿の大人しそうな姿とは裏腹に、役者や表現に対するしっかりとした覚悟を持っていることを感じました。
門脇 : 覚悟だなんて恐れ多いです。インタビューもそうですが、喋っているとそうでもないのに、テレビで流れたり文章になったりするとカッコ良くなりすぎるんで気をつけているんです(笑)。
― 葛藤と向き合う上でも、そのような覚悟は必要なように思ったのですが、表現する上で門脇さんが大事にされていることは、何かありますか?
門脇 : なんでしょう。自然と気にしているのは、役に失礼のないように演じることと、自分がこの作品において何をすべきか考えることだと思います。もしめぐみさんにどこかでお会いしても、恥ずかしくないように、役に取り組みたいんですよね。
演技というのは、自分ではない誰かが書いた言葉を喋っているし、境遇も自分と同じではない。特に私はバックボーンが複雑な役が多いので、そういう人のフリをしている感覚が強くある。よく「役を生きる」というけれど、私にはよくわかりません。でも、自分を高めてギリギリを攻めることができれば、その“嘘ごと”、例えばある自分が発した言葉、が普段の自分とは違う感情に自分を持っていってくれることがある。それは、初めて降り立つ場所とか、夕方に感じる風とか、そういう要素を感じた時に発する感情でもある。そうやって“嘘ごと”を“本当”に変換させることができるように、いつも目指しているけれど、それは自分がギリギリのところにいないとなれないと思っていて。
― “ギリギリ”というのはどういった状態でしょう?
門脇 : 説明すると難しいのですが、パンパンな風船の感じです。針を指したら一瞬でパンッと弾けてしまいそうな。どんな役であっても、自分をそういう状態にするようにしています。
― 感性や精神を研ぎ澄ました状態にしているということですね。
門脇 : 昔は、その切替えがうまくなくて私生活にも支障をきたしてしまい、周りに迷惑をかけることもあったと思うのですが、最近は本番前だけスイッチを入れられるようになりました。それは、筋力のおかげだと思います。筋力とコントロール。うまくいかないときもありますが、そこまで持っていけていないとむしろ不安になります。
― 筋力とコントロール。まるでアスリートのような考え方ですね。
門脇 : 考え方はアスリートっぽいかもしれません。もともと身体から入る方だったので。以前はしゃかりきに自分を追い込むこともありましたが、続けるためにはコントロールが必要だと。それから、筋力とコントロールを考えるようになりました。そして、そのベースに必要なものは、責任感と集中力。
でもそれはベースなので、続けるために現場でなにをすべきかはまた別の話。今回のめぐみさんという役は若松プロにとても愛されている存在だったので、その関係性が現場でも成立していれば、物語にも持ち込めると思いました。だから、現場ではどこにいればバランスがいいのか図りながら、“ひょこ”っといるようにしました。「自分がいるべき場所」は、作品ごとにいつも考えますね。
― どうやって「自分がいるべき場所」を図っているのですか?
門脇 : もう、ほとんど勘(笑)。嗅ぎ分ける感じですね。人は環境に適応していきますし、最初は異物感があっても次第に受け入れられていくものだと思います。
― 門脇さんの中には、何人かの「門脇さん」がいそうですね。
門脇 : 喋っていると、自分の中で自分同士が確認しあっている感じがあります。「門脇1」と「門脇2」がぺちゃくちゃと(笑)。
門脇麦の「心の一本」の映画
― お話を聞いていると、昔と今の変化を強く感じるのですが、どなたかターニングポイントとなる存在はいらっしゃいますか?
門脇 : そうですね……事務所の社長ですかね。仕事をはじめたばかりのころ、社長が事務所でワークショップをやってくれたんです。そのころの私は鎧で自分を守り固めていて、気持ちを出したいのに出せない感じでした。ですが、社長が「ここを押したらこう開くよー」、「ここを引いたら、こうなるよー」と教えてくださって。あの時間がなかったら、今の自分はいないと思います。
― そんな出会いがあったのですね。表現と向き合う場として、映画は門脇さんにとって大事な場だと思うのですが、ご自身は映画をどんなときに観られますか?
門脇 : 時間のある年末年始に見ることが多いですね。門脇家は、ジブリと門脇麦作品を2年交代で観るんですよ。みんなで夕食を食べた後、“オール麦ナイト”っていう…親バカすぎますよね(笑)。
― なんて素敵な! でも、出演作を家族と観るのは緊張しませんか?
門脇 : 何度も観ているので、全然緊張しないです(笑)。父親はのほほんとした作品が好きなので、「やっぱり、明るい麦がいいなー!」なんて言っていますが。ジブリ作品はなんでも好きですが、特に『風立ちぬ』(2013年)や『風の谷のナウシカ』(1984年)が好きです。昔から家族で映画を観る機会は多かったです。映画館でも家でも、家族と観ます。
― 家族で映画に触れる機会が多かったのですね。その時間が、門脇さんの進む道に影響を与えているところはありますか。
門脇 : 『ローマの休日』(1953年)を観たころから、漠然とこの仕事への憧れはあったように思います。はじめて観た洋画だったということと、私はバレエを習っていたので、華やかな世界へのあこがれも強くあったということもあり、純粋に高揚を感じました。あの初体験を超えるものはないですね。外国の、特に古い映画は非日常へ連れ出してくれる感じが強くて、とても好きです。あの演技をしている側面が強いのも、虚像を提示してくれているようで、観ていて気持ちがいい。「完全に映画!」と感じます。
あと、そんなに数多く映画DVDを持っていないのですが、『動くな、死ね、甦れ!』(1989年)は手元に置いてある大事な作品です。子どもたちのピュアな表現は強烈で、演技では真似できない。「自分の演技は生ぬるいなー」と観ながらそんなことを思う、お気に入りのDVDのひとつです。