生活を愛すること。好きなものをめいっぱい好きでいること。そして、呼吸をして息を吐くように、口笛を吹くこと。
そういうことの地続きに、音楽を作ることがある。そうやって音楽を作り続けてきた。だから、Homecomingsってどんなバンドなの?と聞かれると、一言で答えられず困ってしまうことがある。
僕たちは変化するということを、とても大事にしてきた。それはなにもそんなに難しい話じゃなく、そのときどきの自分たちが好きなもの、新しく出会ったもの、感動したものから思いっきり影響を受けて活動しているというだけだ。好きなレコードや映画や小説、写真集、そして暮らしに影響を受けながら変化し続けることで、なにものでもない、自分らしい音楽を作ることができているのだとしたら、それはとても誇らしいことだ。
それは育った町の図書館やレンタルショップに通う日々から得たものでもあり、大学の情報館(図書館のような施設で様々なジャンルのCDを借りることができ、膨大な数の映画をその場で観ることができた場所)や、たくさんのレコードショップ、書店、映画館に囲まれた京都の街での暮らしから得たものでもあると思う。
Homecomingsは「英語の歌詞の曲を演奏するバンド」というところからスタートした。大学の狭い部室でウォークマンをつなげたスピーカーから好きな海外のインディー・ロックの曲を代わる代わる再生しては、「こんなふうな曲を作ろう」と遊びのようなものがはじまる。それは次第に学校の外へ、そして町の外へとつながっていった。大学を卒業し、部室を出たあとでもバンドは続き、はじめはなにもなかった歌詞にも自分の想いを込めるようになった。いろんなことを音楽で、ときにはそれ以外のアクションでもって表現するようになった。
僕はこうやって文章を書く機会をもらえることが多くなった。いつの間にか日本語の曲も増えて、もうそれが当たり前のようになった。京都の街から引っ越して、東京で暮らしはじめた。いま、2度目の夏を新しい街で過ごして、すっかりここでの生活にも慣れてきたけれど、ふいにテレビやSNSで京都の街を見かけるたびに、あぁ早く帰りたい、とホームシックのような気持ちになってしまう。もう京都には帰る家なんてないのに。もちろん今住んでいる街のことも大好きなのだけど。
僕たちの根っこにあるのは、寂しさを歌うということだ。それは大学の側のスモールタウンの夜のしんとした寂しさでもあったし、町の雑踏、いくつもの営みや声のなかに立ち尽くす瞬間の寂しさだったりもした。
一人の寂しさも誰かの隣にいて感じる寂しさも、どんな小さな寂しさもすくい取って歌にしてきた。一面の稲穂のなかにぽつんとある生まれ育った町の風景や、最寄りの駅から歩いていける海岸から眺めるどうしようもない広い空、そんな全部を薄く覆うように音もなく降る雪と、それを踏みしめるときのザクザクとした音。小さな頃から胸のなかに少しずつ積もってきた景色にも影響を受けていると思う。そしてそれは音楽だけじゃなく、こうやって文章を書くときや、物語を作るときにも大事にしていることでもある。
ずっと大切にしている、変わらないものもあるのだ。
5月にリリースした『Moving Days』というアルバムでは変わってきた自分たちのことや街のこと、社会のこと、音楽を作る人ではない部分で変わってきた内面のことについてアルバムを作った。移ろいゆくということをちゃんと肯定したかったのだ。
そのなかで今、僕たちが寂しさと共に大切にしているのが「優しくあること」を歌うことだ。新しい大事なものを見つけたのだ。
大好きな小説家ポール・オースターが脚本を手掛けたウェイン・ワン監督の映画『スモーク』では、ブルックリンのタバコ屋の店主が毎日決まった時間に同じ場所から街角の写真を撮り続ける。変わっていく街を捕まえるには同じフレームのなかでそれをじっと待つことだ。そこには時折、もうここにはないものや人が映り込む。彼はその写真たちを友人に見せるとき、1枚ずつ、ゆっくりと見てほしいと言う。その写真のなかに友人があるものを見つけ、涙を流す。
ポール・オースターという作家の書く物語には一貫した想いのようなものを感じることができる。ひとつの物語のなかで、もうひとつの物語がはじまり(それはときに映画だったり小説だったりする)、ときにはさらにまたもうひとつの物語のなかに迷い込んでいくように読者を招き入れていく。
そんな彼の作品には弱いものへの優しいまなざしがある。それは、必ずしも誰もが救われるということではないのだけれど、「たしかにそこに存在する」ことで、僕たちは「世界視る新しい視点」を得ることができる。今のところ日本で読める最新作である『サンセット・パーク』や『ブルックリン・フォリーズ』という作品にはそういった想いが強く現れているように思う。この2作は『スモーク』と同じ、ブルックリンという街を舞台にした、いわば街とそこに住む人たちの物語だ。
映画『スモーク』はもともとニューヨーク・タイムズに掲載されたオースターの『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』という短編がもとになっている。Homecomingsもクリスマスに特別な思い入れをもち、毎年イベントを行っている。そんなちょっとした偶然にもつながりを感じてしまう映画でもある。愛すべき街、コミュニティ、隣人たち。そして新しい隣人、New Neighbors。街角で何気なく通り過ぎていく人たちがふとしたことで足を止め、交差し、物語を紡いでいく。誰もが傷をもっていて、孤独で、儚いつながりをどこかで信じている。『スモーク』は「Neighborhood」の映画なのだ。
Homecomingsがイラストレーターのサヌキナオヤさんと共同で主催している「New Neighbors」という映画とライブのイベントがあるのだけど、その主な会場となっていた京都みなみ会館が取り壊しになり一時閉館となるタイミングでこの映画を上映することができた。
一面の雪と大きな煙突から吐き出され続ける煙に包まれた苫小牧の町の景色がきっかけになって書いた、Homecomingsの「Smoke」という楽曲がある。忘れないようになにかに閉じ込めることと、果たしてそれはずっと消えずにいるものなのかということについて歌っている。苫小牧の町には友達のNOT WONKというバンドがいて、毎年冬に彼らの町で一緒にライブをするのがちょっとした約束のようになっている。苫小牧はHomecomingsにとって特別な町になりつつある。
僕は忘れないように、シャッターを切るように歌を書く。寂しさと優しさというフレームのなか、自分や社会の変化をそこに閉じ込めるように。煙はまばたきの間にすら形を変えてしまう。だからしっかりとその姿を見つめて残しておくのだ。
2年前の誕生日に小さなフィルムカメラを自分へのプレゼントとして買った。「New Neighbors」での上映で『スモーク』をあらためて観たこともきっかけのひとつではあるのだけど、多分一番の理由はその年の夏に自分が京都の街を離れることを決めたからだ。その少し前のイギリスツアーに写ルンですを持っていって、思い出が写真という形になるという体験をした。それがきっかけで、自分が大好きなこの街のことを、好きなお店のことを残しておきたい、と思ったのだ。街はいつか絶対に変わってしまう、だから僕が暮らした時間のその最後の風景を閉じ込めておきたかった。
僕は自転車で好きな場所を巡っては写真を撮りまくった。それはときに場所だけではなくて、料理や人だったりもした。いつかこの当たり前の景色や暮らしをどうしようもなく恋しくなるときがきてもいいように、と思いながらシャッターを押す。そのとき僕はもうすでに目の前のものが恋しくて寂しくて仕方がなかった。
新しい街でも僕は好きな場所を見つけると写真を撮った。駅前では大きな建物が建設中で、写真の端に映り込むその建物がちょっとずつ変化していくのも楽しかった。それは自分の街を自分から好きになるということで、それは自分の暮らしを自分から好きになるということだ。
そして今、外に出かけることが少なくなった僕は部屋のなかを写真におさめている。本棚や壁に貼ったメモ、ちょっとした小物の位置や冷蔵庫のポストカード、毎日のように撮る写真のなかの部屋は少しずつ変化していく。なんだか『スモーク』みたいだな、とふと思う。いつかこの日々が終わったときに、1枚1枚ゆっくりとめくってみようと思う。
『Moving Days』というアルバムは引っ越しの日々をドキュメントしたアルバムでもある。新しい場所での暮らしのこと、「住んでいた街」に「変わった場所」のこと。僕は多分このアルバムを手に取るとき、演奏するとき、そのたびに思い出すだろう。ずっと消えないというのはそういうことなのだ。次のアルバムには、次の曲にはどんな想いや景色を閉じ込めるだろうか。多分、街のことを描くのは変わらない気がする。「寂しさや暮らしを描くこと」は、僕にとって「街を描くこと」とぴったりくっついて離すことができなからだ。
新しい隣人、そして自分自身がNew Neighborsであること。そんな歌や物語。作品に想いを込めることはそれを作る人だけができることではなく、それを受け取った人それぞれもそこに自分の大切なものを閉じ込めておくことができるのだ。煙のように変化し続けて気がつくと形をなくしてしまうような気持ちや景色を。
それは音楽や映画や小説が持つ、ちょっとした魔法のような力かもしれない。
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