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本音に向き合うのは怖いけど…
― 本作では、結婚5年目の俊夫と佐和子という漫画家夫婦の、不倫をめぐるユーモラスでスリリングなやりとりが描かれています。夫の不倫を疑う佐和子は、創作中の漫画に現実を投影し気持ちを吐露しながらも、なかなか夫に本音をぶつけようとしません。黒木さんご自身は、そういう佐和子のコミュニケーションに共感できましたか。
黒木 : …どうでしょう…そういう状況になったことがないので、なんとも言えませんが、浮気するならバレないようにやってほしいですよね。私だったら、「浮気していますか?」と聞いちゃうかもしれません。
あとは、どれぐらい好きかにもよります。その人のことがものすごく好きで、関係性が終わることが怖いと思ったら聞けないかもしれないです。恋愛におけるコミュニケーションは、本当に難しいですね…。
― 誰かを好きになって関係性を築く、というのは本当に難しいです。
黒木 : だからこそ、みんな悩むんだと思います。関係性を築くことにおいても、コミュニケーションが得意な方ではないので、きちんと話し合うことを大切にしていきたいという思いがあります。
― どういったところで、コミュニケーションが得意ではないと思われるんでしょう。
黒木 : 人と話すのがあまり得意ではないんです。私をよく知っている親や友達だと、交わす言葉が少なくても理解をしてくれますが、あまり親交が深くない人と話すときは、私の思っていることを伝えても、相手が解釈することは、私と全く同じとは限りません。
― 育ってきた環境や経験してきたことが異なる「自分」と「他人」とでは、同じ言葉や表現でも受け取り方は少しずつ違ってきますよね。
黒木 : 「自分の気持ちを伝えること」「相手を理解していくこと」は、ものすごく難しいと思います。
― 今作で堀江貴大監督は、「遠回りなコミュニケーション」や「まわりくどい夫婦喧嘩」といったものを描きたかったとおっしゃっていました。夫の俊夫は八方美人だけれど、本音は言わない人物。一方、佐和子も母親から投げかけられる「思っていることは口にしないと…」というセリフどおり、あまり自分の気持ちを口に出すことはありません。
黒木 : 佐和子は、自分の感情を表に出すのがあまり得意ではない、どちらかというと不器用な人だなと思いながら演じていました。不器用だけれど、佐和子の「心は動いた?」というセリフのように、俊夫さんの心を動かしたい気持ちが行動の核にあるのかなと思っていたんです。それを忘れないようにしていました。
― 佐和子の核に、俊夫の「心を動かす」っていうことがあるんですね。
黒木 : はい。まわりくどい方法ですが、佐和子は言葉よりも二人の共通項である漫画を通して、俊夫さんに自分の気持ちを訴えかけている気がします。
― 「心を動かしたい」からこそ、「言葉」ではなく二人の共通項である「漫画」で訴えかけた。しかし、本音をぶつけないことによって生じるすれ違いは避けられませんでした。
黒木 : 二人が「噛み合わない」よう、「間」や「相手を見て話す・話さない」なども意識していました。
― 二人のやりとりについて、俊夫役の柄本佑さんとは話し合われたのでしょうか。
黒木 : 特に佑さんとは話していませんが、撮影中、佑さんは常にほどよい距離感でいてくださったので、「きっと俊夫さんはこういう人なんだろうな」と自然に感じられました。私が微妙に間を変えて芝居をしても、それに合わせてくださるので、ものすごく演じやすくて楽しかったです。
― お互いにとって「ほどよい距離感」を保つのが、一番難しいですよね。
黒木 : 私自身も距離感をほどよくとりたいタイプなので、ある程度距離をとりながら、だんだん近づいていくようにしています。
自分も相手も否定しない
― 先ほど「関係性が終わるのが怖いと思ったら、本音をぶつけられないかもしれない」というお話がありましたが、逆に黒木さんが「関係性を終わらせたい」となるのは、どういうときだと思いますか?
黒木 : 質問に答えてくれない、会話する時間をつくってくれないなど、ちゃんと会話ができなくなったときです。お互い忙しいときはあると思いますが、時間をつくることは可能だと思うんです。会話をすることを放棄した時点で、修復は難しいのではないでしょうか。
― 恋愛って「惹かれ合って」始まりますけど、「わかり合う」のは難しいですよね。
黒木 : わかり合うことは、本当に難しい。だからこそ、思っていることは伝えると決めていますが、嫌われたくないので、実際のところはあまり言えないですね。だけど、言わないと関係性が進まないと、この映画から学ぶことができました。
― 自分の本音も、相手の本音も、向き合うのはしんどいことです。黒木さんは、自分の本音を自覚して相手に伝えるのは得意ですか。
黒木 : 私の場合は整理するのに時間がかかるので、あまり得意ではないです。
― では、喧嘩とかになってしまうと…
黒木 : 喧嘩をしたときは言葉がすぐに出てこなくなり、黙ってしまいます(笑)。時間がたてば「ここが嫌だったんだな」とわかるので、それを伝えることができるんですが。
― その方が落ち着いて話せそうですよね。
黒木 : そうですね。しっかり自分のなかで気持ちを整理してから伝えるという方法が、私には合っていると思います。
― 自分の大事な人とわかり合うなかで、黒木さんが大切にされていることはありますか。
黒木 : 否定をせず、相手を受け入れるということです。性格は人によって違うものですし、自分と異なる思いや考えを抱く人がいたとしても、それを受け入れることで、自分もとらわれずにいられるような気がします。
― 相手の考えを受け入れるということは、自分を自由にすることでもあると。
黒木 : 昔はもっと人に嫌われるのが怖くて、周りからどう思われているかということばかり気にしていました。でもそうやって人の目ばかり気にしていると、自分の好きなものや嫌いなものがわからなくなってくるんです。それであるとき、親から「死なないから大丈夫」と声をかけてもらいました。
この言葉がすごく好きで、考え方が変わるきっかけになりました。人にどう思われても「死なないから大丈夫」、そう思えるようになったんです。もし失敗してしまったとしても、それはそのときに謝ればいい。そうやって物事を、今よりもう少し楽観してもいいんだと教えてもらったことは、私の人生にとって大きいかもしれないですね。
黒木華の「心の一本」の映画
― お互いの本音に向き合い「心を動かす」ために、佐和子は夫婦の共通項である漫画を用いましたが、黒木さんは自分の気持ちと向き合うときに、どんな方法をとられますか。
黒木 : 映画を観に行くなど、自分の好きなことをします。向き合っていることだけに集中してしまうと、周りが見えなくなってしまうので、一度他を向いてから、そこに戻るようにしているんです。やはり余裕を持つことが何事においても大切だと思います。
― 映画館には、一人で行かれるんですか。
黒木 : はい、一人で行くことが多いです。映画館に並んでいるフライヤーを見て、面白そうな作品をピックアップしてはまた観に行ったり。最近は「A24」の作品が好きで、よく観ています。
― 「A24」は、『ミナリ』(2020)や『ミッドサマー』(2019)を手がける気鋭の映画スタジオです。大学では、映画学科を専攻されていたんですよね。
黒木 : はい。授業でも映画を観る機会があったので、古いものから新しいもの、学生がつくる自主映画まで、たくさん観ていました。四条の京都シネマにも友だちとよく通いましたね。舞台挨拶が多く行われる劇場で、とても良い映画館なんです。
― 黒木さんが映画を好きになるきっかけとなった作品は?
黒木 : 『リリイ・シュシュのすべて』(2001)です。高校生のときに初めて観たんですが、とても衝撃を受けました。
― 『リリイ・シュシュのすべて』は、市原隼人さんや蒼井優さん出演の、岩井俊二監督を代表する作品の一つです。監督ご自身がインターネット掲示板で発表した同名小説をもとに制作され、公開当時大きな話題となりました。
黒木 : 岩井さんとは『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016)でもご一緒させていただきましたし、そういう意味でも、私のなかでずっと特別な作品で、何度も繰り返し観ています。
― 時を経て観ることで、感じ方は違うものですか。
黒木 : 学生の頃は自分に重ね合わせ過ぎて、頭を抱えてしまうぐらい打ちのめされたんですが、大人になってからは「このシーン良いな」、「このときの表情がすごい」などと、自分と距離をとって観られるようになりました。
― 他にも繰り返しご覧になっている映画はありますか?
黒木 : 『ジュマンジ』(1995)は好きで、子供の頃からずっと観ています。
― ロビン・ウィリアムズが主演の『ジュマンジ』は、ゲーム盤で起こる出来事が現実にもリンクしていくという、奇抜な展開で人気を博したアドベンチャー映画です。
黒木 : あとはジャッキー・チェン出演の作品も好きですし、『シザーハンズ』(1990)や『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000)、ミシェル・ゴンドリー監督の作品も、『風の谷のナウシカ』(1984)も大好きです。そのときの気分に合わせていろいろ観ています。
― では、最後に「自分の本心を伝える」ということで、「佐和子にすすめたい!」と思うような一本があったら教えてもらえますでしょうか。
黒木 : 『エターナル・サンシャイン』(2004)は、いかがでしょう。
― ミシェル・ゴンドリー監督の大ヒット作ですね。喧嘩した恋人クレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)が記憶を消してしまったことを知ったジョエル(ジム・キャリー)は、その理由を知るため自分も記憶を消していきます。
黒木 : お互い二人の記憶をどんどん消していくのですが、最後にはやっぱり二人が話し合うと言いますか、お互いの嫌なところも認め合う映画なんです。「記憶」というイマジネーションの世界もあるので、佐和子の創作にも役立つのではないかなと思います。
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