PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

映画を観た日のアレコレ No.48

Panorama Panama Town
岩渕想太の映画日記
2021年8月26日

映画を観た日のアレコレ
なかなか思うように外に出かけられない今、どんな風に1日を過ごしていますか? 映画を観ていますか?
何を食べ、何を思い、どんな映画を観たのか。 誰かの“映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう? 日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
48回目は、Panorama Panama Town(パノラマパナマタウン)岩渕想太さんの映画日記です。
日記の持ち主
ミュージシャン
岩渕想太
Sota Iwabuchi
バンド「Panorama Panama Town」のギターボーカル。
福岡北九州の商店街にて生まれ育つ。餅屋の息子。映画鑑賞と散歩が趣味。各種WEBサイトで執筆活動を行なうこともある。
Panorama Panama Town公式SNS・音楽配信サイト: https://A-Sketch-Inc.lnk.to/PanoramaPanamaTown

2021年8月26日

妙な一日だった。

昼過ぎに、日比谷公園隣の大きな病院で、二度目のワクチンを打った。無機質な会議室のような部屋で、恐らくその日限りであろう30人ほどが集まって、順番に注射を打たれてゆく。一日に何百人も相手してるんだろう。看護師の人はとても手際がよく、次から次へと指示を受け先に進んでいく。こちらの想像を越える呆気なさで、注射は一瞬で終わり、「お疲れ様でした。気をつけてお帰りください。」と声を掛けられ、その場は解散。「ありがとうございます。お疲れ様でした。さようなら。」まるで、運転免許の更新みたいな時間だった。俺たちはいつだって列に並んで、次なる指示を待っている。

病院の帰り道にある、日比谷公園大音楽堂は自分にとって思い入れのある場所だ。一年半前の4月、ここでバンドが主催するイベントが、コロナウイルスの影響を受けて中止になった。その日は、メンバーの脱退、そして自分の喉のポリープ手術後、初の復帰ライブでもあったから、中止と決まった時はとても悔しくて、涙が出た。行き場のないエネルギーが溢れ出し、子どものような地団駄を踏んでいた。あの頃は、まあいつか落ち着くだろうという楽観的な観測でもって、バンドにとって何度とない大切な日が失くなった事に対する落胆を補填していたが、それから少し経って、そうか、これが「日常」に取って代わったのかという事を学んでいく。それにしても、そこから更に1年ちょっとが経ち、野音の隣の病院で、ワクチンを打つことになるとは。

家に帰ると、少し体が火照っており、今日は早く寝てしまおうと思いながら、眠りにつくまで一本映画を観ることにする。選んだのは、ロバート・アルトマン監督の『ロング・グッドバイ』。学生の頃、何度も観た映画だが、最近原作を読んだこともあって、もう一度観たくなった。そもそも、これってどういう映画だっけ。何度も観ていたはずが、エリオット・グールド演じるフィリップ・マーロウが至る所で煙草を吸いまくることと、隣人の女達がベランダでくねくね踊ることしか覚えていない。面白かった記憶はあるけれど、ほとんど内容を覚えてない映画を、新鮮な気持ちで観直すことができるのは、映画好きとして生き続けている人生の特権だ。初めて観るように、1970年代のロサンゼルスに引き込まれていく。

映画が進むにつれ、原作小説からの逸脱具合に驚く。原作版の主人公フィリップ・マーロウは独自のルールに従いながら、皮肉を交え淡々と行動するクールな探偵だ。一方、映画版のマーロウにはニヒルさがあまり感じられず、場当たり的に行動しているように見える。それが、またかっこいいのだが。そして、原作と大きく違う点は、マーロウはこの映画の中で、奇怪な世界に常に振り回されている(ように見える)ところだ。冒頭、飼っている猫が餌を食べてくれない。そこで、キャットフードをスーパーに買いに行くのだが、それを契機にマーロウは様々な来客に振り回され続ける。ギャングに裸にさせられ、入院患者に渡されたハーモニカを吹く。ずっと悪い夢の中のようだ。なるほど。この映画は昔観た時には気づかなかったけれど、翻弄される男の話なのだと、原作と対比することで気づいてくる。

それから、10年ほど後に作られたマーティン・スコセッシ監督の『アフター・アワーズ』も似たような映画だった。これまた、大好きな映画だけど、グリフィン・ダン演じる主人公が、夜のニューヨークで悪い夢のように数々の不運に巻き込まれていく。翻弄される男の話が好きなのは、自分もまた夢の中のような東京を歩き回っている感覚があるからかもしれない。不条理なフィクションは、不条理な現実の救いになるのかも。小説のマーロウみたいに飄々と構えていたかったが、映画のマーロウみたいに、汗を流し目の前の事柄を対処するので精一杯な2021年夏。ここまで考えた時、ワクチンの効き目か悪寒が出始め、すーっと眠りに落ちた。

岩渕想太の映画日記

◎ロング・グッドバイ (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-11)

BACK NUMBER
PROFILE
ミュージシャン
岩渕想太
Sota Iwabuchi
バンド「Panorama Panama Town」のギターボーカル。
福岡北九州の商店街にて生まれ育つ。餅屋の息子。映画鑑賞と散歩が趣味。各種WEBサイトで執筆活動を行なうこともある。
Panorama Panama Town公式SNS・音楽配信サイト: https://A-Sketch-Inc.lnk.to/PanoramaPanamaTown
シェアする