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怖さの中で見つけたもの
― 漫才やタップダンス、「ビートたけし」さんの仕草の習得など、「タケシ」が“幻の浅草芸人”「深見千三郎」から笑いのテクニックや芸人魂を注入されたように、今作では柳楽さんにも「教える・教わる」という関わりが現場に多く存在していたのではないでしょうか。撮影を終えた今振り返ると、それはどのような経験になったと思われますか?
柳楽 : 「すごいエンジンを自分に搭載できた!」みたいな感覚で……意味わからないこと言っちゃいましたけど(笑)、それほどいい経験だったんです。
― スキルが向上したどころではなく、エンジンが丸ごとバージョンアップできた経験だったと!
柳楽 : 車が飛行機になった、みたいな感覚なんです。僕は、自分の俳優としての道のりを、物語っぽく考えるのが好きなんですけど、今回の映画は世界中で配信されますし、そういう意味でも飛行機レベルのエンジンになれたんじゃないかなって思います。
― これまでとは違う場所にも今後は行けるんじゃないか、という自信になったのでしょうか?
柳楽 : そうですね。自分の中でひとつのフェーズを迎えたというか、新しい章に入れたなっていう気分なんですよね。
やはり、オファーをいただいた際、今も第一線で活躍されている方を演じるという怖さはありました。役づくりとしても、タップダンスや漫才、話し方や動作の真似などの技術的な要素が必要で、それを自然に演じなければいけないというのも、大変でしたし。
― 今作で演じられたビートたけしさんについて、柳楽さんは「バイブルのような存在でした」とコメントされていましたが、日本中の誰もが知っている人物であり、ご自身にとっても特別な存在だからこそ、相当なプレッシャーだったと
柳楽 : たけしさんのことが好きだ、という自信は自分の中にあったんです。ただ、撮影中は、「これは似てるのかな…?」ということが常に付き纏うというか…スタッフ全員が監督に見える感じでした。
― たけしさんの独特の話し方や仕草は、松村邦洋さんに教わったそうですね。
柳楽 : そうなんです。ただ、今までモノマネをしたことがなかったので、「これだな」という確信を持ちながら撮影を乗り切ったというよりは、「どれが正解なんだろう?」とわからないような状態でずっと撮影していて。初号試写で完成した作品を観た時に、ようやく少し自分の中でホッとできました。結構怖かったです、ずっと。
― 確信が持てないという怖さを抱える中で、何を指針にして撮影を乗り切ったのでしょうか?
柳楽 : 監督の“覚悟”ですね。劇団(ひとり)監督自身が、たけしさんと深いつながりがあり、原作への思いも相当深い。それに、第一線で芸人として活躍されている人が、「芸人の生き様」を撮るという時の覚悟は、もう聞かなくてもわかるじゃないですか。
― 劇団ひとり監督は、過去に書かれた小説2作でも、たけしさんの小説『浅草キッド』の世界観から影響を受けているとおっしゃっていますね。「次に行こうにも、どうしても頭の中に入ってくるから、『浅草キッド』を撮らないと他の作品に進めないと思った」と。
柳楽 : この作品に懸けている思いは理解していたので、そこに僕が一役者として参加するうえで努めなくちゃいけないのは、誠意を持ってその思いに答えていくことだと。
― 現場では、監督と密にコミュニケーションを取られていたのでしょうか?
柳楽 : 監督からは、結構厳しく指導されました。そもそもご本人が「尾藤武」として、たけしさんのモノマネが上手いので(笑)。「もっともっと」ということを、ひたすら言われ続けていましたね。
― 青年時代だけでなく現在の姿も含めた柳楽さんの「タケシ」は、顔は全く違うのに、なぜかたけしさんがスクリーンの中にいるようでした。
柳楽 : 劇団監督は全く誉めてくれないし、「もっともっと」と言われて、ずっとその理想を追いかけるような形で挑んできたけど、仕上がった作品を観た時に、監督の手のひらで踊らされてたんだな、と思いました。これは劇団監督、モテるなと(笑)。
― 「劇団監督、モテる」ですか(笑)。
柳楽 : 「人からモテる」人ですね。支持が厚いといいますか。人として魅力がある映画監督が僕は好きなんです。ついていきたくなります。
― 現場では厳しかったという劇団ひとり監督ですが、柳楽さんをタケシ役にキャスティングした理由について、「天才がすぎるゆえに寂しい感じや、孤高でシャイなところがたけしさんに通じると思った」とコメントされていましたね。
柳楽 : へー。そんなことおっしゃってたんですね! シャイか…。長くこの業界にいさせていただいていますけど、バラエティ番組は全然慣れないので、ほんとに向いてないんだなーとは最近思いますけど。人と話すのはすごい好きなんですけどね。そっか、孤高なのかな…(笑)。
ノーと言うことで自分らしさを見つける
― 今作のタケシや師匠である深見も、普段の人柄はどちらかというとシャイですよね。思っていることと反対のことを言ってしまったり、照れ隠しで「バカヤロー!」と跳ね返してしまったり。
柳楽 : あまのじゃくですよね! 素直になれなくて、ですね(笑)。
― 一方で、深見もタケシも、舞台に上がると表現者としての爆発力がありますよね。
柳楽 : 確かに…。多分、他人の舞台などを見ていても、「自分だったらこう表現するんだけどな」とか、頭の中で常に考えているんでしょうね。
― それは、『ディストラクション・ベイビーズ』(2016)で演じた凶暴な主人公・芦原泰良や、『HOKUSAI』(2021)での葛飾北斎役など、スクリーンの中でどんな役も体現してしまう、柳楽さんの演技にも通じるような気がします。
柳楽 : 言葉でうまく説明できないですけど、そういうシャイな人が内側に抱えているエネルギーや、表現の中での爆発力みたいなものには、引き込まれるし、すごく魅せられます。自分ではわからないですが、もしかしたら、自分もそういう瞬間があるのかもしれません。
― 柳楽さんは、今作の撮影に入られる前に、「コロナ禍で自分と向き合う時間をしっかり取ったことで、数をこなすよりも、時間をかけてひとつの作品にじっくりと向き合いたいという思いが強くなった」とおっしゃっていましたね。
柳楽 : やっぱり、2020年のコロナ禍を通して、思うようにいかないなということも多くありましたし、そういう中でも、仕方がないと思いながら現実に向き合ってきました。僕は普段、オンラインメディアが好きでよく目を通しているんですけど、「自分の本当にやりたいことを見つけよう」とか「本当の自分を知ろう」みたいな記事が、すごく多かったと思います。
― 2020-21年は、誰もが自分自身に改めて向き合う期間でもあったような気がします。
柳楽 : その中で、「ノー」と言うことの大切さを学んだんです。ずっと「イエス」で進めていく良さもあるでしょうし、僕にもそういう時期はあったんですけど、「ノー」と言う勇気もこれからは大切なんじゃないかと思うようになって。
― 何が本当なのか誰にとっても不明瞭な現在、「ノー」をはっきり伝えることができるのは、自分を知っている証かもしれませんね。
柳楽 : はい。それでいうと、今回の『浅草キッド』は、 心の底から「イエス」だった作品で。その分、大変さはありましたけど、そこを乗り越えて、より自分らしさを見つけるきっかけにもなりました。30代をこれから頑張るためのエンジンを搭載できましたね。
今参加しているドラマ(日本テレビ系列『二月の勝者-絶対合格の教室-』)もそうですし、10代20代を経て、30歳になってから、より自分に向き合えているという実感があります。
― 10代の頃から俳優として活動されている柳楽さんですが、今作のタケシにとっての深見のような、師匠にあたる方はいらっしゃいますか?
柳楽 : 演出家の蜷川幸雄さんですね。僕がこの仕事から離れて、アルバイトをしていた時期に、大きな舞台に挑戦させていただきました。演技の世界に引き戻してくれた、という想いがあるんです。
― 2012年に上演された、村上春樹さん原作の舞台『海辺のカフカ』ですね。出演された当時、柳楽さんは21歳でした。蜷川幸雄さんといえば厳しい稽古で知られていますが、今も記憶に残っている蜷川さんの言葉や姿はありますか?
柳楽 : たくさんあります。たとえば、僕はそれまで映画やドラマで演じる経験しかなかったので、映画の声量だと、舞台では全然小さくて届かないんですよね。それを厳しく指摘されました。今でも蜷川さんの視点で、自分を俯瞰して見る時があるんです。「そういう感じで大丈夫なの?」って冷静にさせてくれる存在です。
― これまでのお話を伺っていると、柳楽さんの中に、誰かの教えを通して“新しい自分を知る”、成長していくことへの貪欲さのようなものを感じます。また、それを真っ直ぐに受け止める吸収力も
柳楽 : 「教えてもらう」ことは、自分にとっての財産だと思っているんです。歳を重ねるとだんだん言われなくなってしまうので(笑)。僕は人生の節目ごとに、そういう師匠のような存在に出会えているので、ラッキーだなと思います。今、武道を習っているのですが、道場の先生もそういう存在ですね。
― それは仕事を広げる意味で、習われているんですか?
柳楽 : シンプルに、道場って気持ちがいいんです。型を練習して帰るだけなんですけど、道場の空気が好きで。いい緊張感を、週に何回か経験できるということが自分には大切な時間になってます。
柳楽優弥の「心の一本」の映画
― ここからは、柳楽さんのお好きな映画についてのお話を聞かせてください。お忙しいとは思いますが、普段映画館には行かれますか?
柳楽 : はい。最近何観たかなー。少し前だけど、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』(2021)を観ました! 濱口監督と是枝裕和監督の作品は、新作が公開されたら絶対に観ます。映画館を出た後、観てよかったな、と思うんですよね。仕事としてもすごく参考にもなるし、好きな世界観なんです。
柳楽 : あ、前に映画館で観た、ニューヨークで行われた舞台を今年のカンヌ国際映画祭で審査員長だった、あのスパイク・リー監督が撮った…。
― 『アメリカン・ユートピア』(2021)ですか?
柳楽 : それです! 面白かったですよねー。ブロードウェイのひとつの舞台を撮影した作品なんですけど、そこに物語があって。
― 元トーキング・ヘッズのメンバーである、デヴィッド・バーンが手がけた舞台を映像化した映画ですね。現代社会が抱える問題にもふれていて、『マルコムX』(1992)や『ブラック・クランズマン』(2018)など、これまでも人種間の問題に正面から切り込んできた、スパイク・リー監督ならではの作品でした。
柳楽 : スパイク・リー監督が持つ、ヒップ・ホップ感が好きなんですよね。ニューヨークのことが大好きで、それを突き詰めたからこそ撮れた作品、という感じが。あとは何観たかなぁ。僕は、どちらかというと、好きな作品を何度も観るタイプなんですよね。
― 例えば、映画の原風景となるような「心の一本」はありますか?
柳楽 : 『タイタニック』(1997)ですね。
― 早いですね!
柳楽 : 小学生か中学生の時に、日曜日は家族揃って映画を観るという謎の会があったんです(笑)。それで『タイタニック』を観た時に、「洋画で自分がこんなに感動するんだ」って。すごくいい時間として記憶に残っています。
レオナルド・ディカプリオが、とにかくかっこいい! と。僕、かっこいい人が好きなんですよ。そういう意味でも、ディカプリオは、オールオッケー、オールグッドなかっこよさなんです! あとは、当時映画業界のことを全然知らなかったので、こんな撮影方法があるんだと驚きました。船が沈没し、船首が浮き上がっていくのを、どうやって撮ってるんだろうとか、技術にも感動したんだろうな。
― 大作映画に初めて触れた、という感動でもあったのですね。レオナルド・ディカプリオと言えば、柳楽さんは以前、「自分が10代の頃からこの業界にいることもあって、若い頃から俳優として活動している人に興味がある」とおっしゃっていましたね。
柳楽 : ほんと、そうですね。応援しちゃうんです。先輩の俳優さんでも、若い時にデビューされてずっと第一線で活躍されてる方も多いじゃないですか。そういう存在に触れると、「僕も頑張ろう」と励まされます。
― 人生と共に“芸や表現”に長く向き合っていく、その姿勢に関心があるのでしょうか?
柳楽 : 僕、Wikipediaを見るのが好きなんですけど、若い頃からこの業界で活躍されてる俳優について調べることもあるんです。例えば、ライアン・ゴズリングは子どもの時に、ジャスティン・ティンバーレイクと一緒にテレビで共演していた時代があって。
― アメリカのディズニーチャンネルで放送されていた、人気バラエティ番組「ミッキーマウス・クラブ」ですね。他の共演者も、クリスティーナ・アギレラやブリトニー・スピアーズなど、豪華な面々でした。
柳楽 : その番組の後、ジャスティンは音楽活動も始めて結構ブレイクしてるのに、ライアン・ゴズリングはあまり表に出てこない時期もあったんですよね。でもそういう時も、ひたむきにコツコツと映画に出演し続けていて。その後、『きみに読む物語』(2004)や『ラ・ラ・ランド』(2016)などに出演し、超“かっこいい”俳優になって。
― いい時だけではなく、浮き沈みも含めてその人だと。
柳楽 : そうですね。表にあまり出ていない時代、その瞬間は世間からあまり認識されていないかもしれないけど、コツコツ芸を磨いている時間がある。そして、タイミングが来て花が咲いた時に、積み重ねていた時間がそのまま魅力につながるんだろうな、って。そして、そこには支えた周りの人もいたんだろうな、とも。そういう人生には、すごい夢があるなと思うんです。
↓『浅草キッド』を聴く!