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新しい世界の扉を開いてくれた映画
「ゴダールの映画、観に行かない?」
そう女の子に聞かれて、僕は若干テンパリ気味で「え? ゴダール? ゴダールね、いやーゴダールってとてもいいよね、僕はすっごくゴダール好きなんだよ、本当に映像もクールだし、音楽もサイコーだよね、いやすごく興味あるし、ぜひ観たいと思っているし、一緒に行くのはやぶさかではないかな」と超早口でまくし立てました。
当時僕は20歳の美大生で、専攻は映像学科。当然周りは博覧強記なシネフィル(※1)ばかり。『バグダッド・カフェ』(1987)とか『ベルリン・天使の詩』(1987)とか、同級生たちはお洒落な映画をたくさん語り合っていました。でも僕が夢中だったのは、『スター・ウォーズ』シリーズや『インディ・ジョーンズ』シリーズといった、分かりやすいハリウッド娯楽大作ばかり。正直ジャン=リュック・ゴダール(※2)の映画なんて、かろうじて『気狂いピエロ』(1965)をチラ見したくらい。おまけに話は全然分からないし、会話の内容はチンプンカンプンだし、カット割りは何か変だし、音楽の使い方はおかしいし、主人公はラストで死んじゃうし…。一作だけなのに、僕は軽い“ゴダール・アレルギー”になっていました。
でも誘ってくれたのは、僕が密かに好意を抱いていた女の子。彼女は同じ大学の同級生で、映像学科ではなかったけれど、僕よりもはるかにマニアックな映画を知っていて、僕の好奇心をたくさん刺激してくれる存在でした。彼女と二人っきりでデートに行きたい一心で、特に興味もないのに、いや、むしろかなり苦手なゴダール映画を観に行くことになったのです。
映画のタイトルは、『はなればなれに』(1964)。日本では長らく未公開で、製作から37年後となる2001年に、やっと劇場公開された“ゴダール伝説の作品”。ヌーヴェルヴァーグ(※3)の女神アンナ・カリーナと、端正な二枚目のサミー・フレイと、粗暴なクロード・ブラッスールのカルテットが織り成す、典型的なボーイ・ミーツ・ガール・ストーリーです。
この作品は、僕にとって驚きの連続でした。登場人物が沈黙すると、まわりの自然音すらミュートされてしまう“音”への実験的アプローチ。カフェで突然踊り始めるマディソン・ダンスの素晴らしさ。主役の3人がルーブル美術館を走り抜けていく爽快感。「映画ってこんなにデタラメでいいんだ!」と大感動したことを、昨日のことのように覚えています。
クエンティン・タランティーノもこの作品の大ファンで、自分の映像製作会社「A Band Apart Films」の名前は、『はなればなれに』の原題から引用したんだとか。僕はこの映画をきっかけにゴダール・アレルギーを克服し、『女は女である』(1961)、『女と男のいる舗道』(1962)、『アルファヴィル』(1965)と、遅まきながら彼の作品を追いかけ始めました。同級生の彼女は、僕に新しい世界の扉…既存の表現に縛られない、どこまでも自由な映画の扉を開いてくれたのです。
思い返してみれば僕があの娘に惹かれていたのも、その自由奔放なキャラクターにありました。枠にハマった考え方しかできない自分にとって、憧れの存在でもありました。今でもアンナ・カリーナを見るたびに、僕は大学生だった頃の彼女の姿を重ね合わせてしまうのです。
※1:映画通、映画狂を意味するフランス語「cinéphile」の事。
※2:フランスの映画監督。長編映画デビュー作となった『勝手にしやがれ』(1960)が、1960年にベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を受賞し、ヌーヴェルヴァーグを代表する監督として世界的に有名になる。他に代表作として、『気狂いピエロ』(1965)などがある。
※3:フランスで1950年代後半から始まった、古くからある硬直化した映画システムの批判的な存在として誕生した新しい映画づくりの動き。「新しい波」を意味する。
- 介護の中、夢を捨てずにいられたのは、あいつの「ただいま」が希望に向かわせてくれたから。映画『大脱走』
- 眠れない夜に私を救ってくれたのは、70年前の名作ミュージカル映画だった 『雨に唄えば』
- ままならない家族への感情……それでも確かに愛してる。『シング・ストリート 未来へのうた』で描く私の夢
- 嘘の中の紛れもない「リアル」。 いつまでも彼の踊る姿を観たいと思った 『リトル・ダンサー』
- 「どんな自分も愛してあげよう」 肩の力を抜くことができた『HOMESTAY(ホームステイ)』
- 映画って、こんなに自由でいいんだ。そんなことを気づかせてくれた『はなればなれに』
- 日々の選択を、愛ある方へ。自分を大切にするための映画『パパが遺した物語』
- 大丈夫。あなたが私を忘れても、私があなたを思い出すから 『43年後のアイ・ラブ・ユー』
- どうしたら色気を醸し出せるのか!?核心を隠すことで見えてくる、エロティックな世界『江戸川乱歩の陰獣』
- 幸せになるには、まず「幸せに気づく」こと。こんな2020年を希望にかえて締めくくる『食堂かたつむり』
- 仕事も休めばいい、恋もなんとだってなる。人生の舵は、自分が握っているのだ『嗤う分身』
- 号泣したワンシーンが、思いを届けるきっかけになる『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』
- 「私の人生、まんざらでもないのかも」見過ごしていた“当たり前”に魔法がかかる『顔たち、ところどころ』
- 東京という大きな「生き物」が、 人生の岐路に立つ人を静かにつつんでくれる『珈琲時光』
- 狂気を殺さない!愛してみる。生きていく『逆噴射家族』
- 動き出さない夜を積み重ねて、たどり着く場所がきっとある『ナイト・オン・ザ・プラネット』
- 時代の寵児バンクシーの喜怒哀楽や煩悶を追体験!?観賞後スカッとするかしないかは自分次第… 『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』
- 「帰省」を疑似体験。離れて暮らす父親の素っ気なくも確かな愛情『息子』
- 90分でパリの100年を駆け抜ける!物足りない“現在”を笑って肯定しよう!!『ミッドナイト・イン・パリ』
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- 慣れない「新しい生活」のなかでも、人生に思いきり「イエス!」と言おう!『イエスマン “YES”は人生のパスワード』
- 夢や希望、生きる意味を見失った時、再び立ち上がる力をくれた映画『ライムライト』
- 人の目ばかり気にする日々にさようなら。ありのままの自分が歩む、第二の人生。 『キッズ・リターン』
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