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1月の中旬、冬の尾道で開催されるライターズインレジデンスに参加し、1週間滞在することに。スクリーンの中で何度も出会ってきた尾道は、長らく訪れてみたいと思っていた町の一つでした。
古くから港町として栄えてきた尾道。そのうつくしい景観は小津安二郎監督の『東京物語』(1953)など、多くの小説や映画に登場しています。
『東京物語』の撮影現場を15歳の時に見学したという大林宣彦監督も、尾道の出身。旧・新尾道3部作など、この町を舞台に映画を撮り続け、私がもっとも好きな『ふたり』(1991)では四季を通じた尾道を描いてもいます。劇中に登場する、細い路地や坂の石段、瀬戸内の海といった風景を何度も夢に見てきました。
数多くの映画の舞台になってきた尾道は、移住者や旅行客にもひらかれた風通しのいい町です。町唯一の映画館・シネマ尾道をはじめ、若い世代の地元出身者や移住者がレトロな建物を活用して、喫茶店や古書店を営んでいるといいます。
せっかくなので滞在初日から、〈シネマ尾道〉やその周辺を巡ってみることにしました。
“映画の町“に息づく映画館 シネマ尾道
広島空港から三原駅行きのバスに乗り、三原駅で山陽本線に乗り換え、電車に揺られること約15分のあいだ、車窓にはずっと瀬戸内の海が広がります。
ついに尾道駅に到着。改札を出ると駅構内にさっそく、シネマ尾道のチラシが。上映スケジュールとイラストは手描きで温かみがあり、気持ちが和みます。
シネマ尾道は駅から歩いてすぐなのですが、映画の上映まで時間があったので、周辺の映画スポットを少し回ってみることに。
まず踏切を渡ってすぐにあるのが、大林監督の出身校の土堂小学校。近年では珍しいR型の窓が並びます。残念ながら2021年に閉校してしまいましたが、最上階にある音楽室からは海が一望できたそうです。
そのまま坂を登って進んでいくと、大林監督の『ふたり』に登場する電柱が。主人公・実加が壁と電柱の間の小道をひょいと抜けるのですが、想像以上の高さに少しびっくり!
歩くたびにうつくしい景観に出合う尾道の町ですが、映画の時間も迫ってきたので、映画スポット巡りは切り上げていざお目当ての映画館〈シネマ尾道〉へ。
港町に似合うブルーグレーのタイルの外観に、真っ白に浮かぶ「シネマ尾道」の文字。なんと俳優の満島真之介さんと絵本作家の長田真作さんが企画し、地元の小中学生と一緒に一文字ずつ木材をくりぬき、ペンキを塗ってつくったものだとか。
シネマ尾道の前身は、1947年に松竹が営業を始めた映画館・尾道松竹。2001年に閉館後、「このまま尾道から映画館がなくなってしまうのは寂しい!」と、尾道出身の当時20代の女性・河本清順さんが一念発起。2008年、7年の時を経て再びこの町に映画館が誕生したそうです。河本さんは今も支配人として活躍しています。
中へ入ってすぐ目に入ったのが、階段脇の物販コーナー。
さっそくお土産にオリジナルの手ぬぐいを一枚買うことに。イラストは尾道在住の漫画家・つるけんたろうさんによるもの。胸に刻みたい言葉「映画のある暮らし」のプリントがとても気に入りました。
ロビーにも、あちこちに手書きのイラストが。すべて尾道在住のアーティストによるものだそうで、市民と一緒に映画館を盛り上げているのが伺えます。
そして、奥には映画人たちのサインがずらり!
スクリーンは一つで、座席は112席とこぢんまり。前方にはピアノがあり、上映とピアノ演奏をセットにした企画も行われているそうです。
映画は『ONODA 一万夜を越えて』(2021)を鑑賞。上映時間は約3時間! 役者陣の熱演に唸りました。
余韻に浸りつつロビーへ戻ると、「お客さま交換日記」なるものを発見。
町の人々をはじめ全国津々浦々の来館者が、映画の感想やシネマ尾道への溢れる思いを書いていて、中にはこんなコメントも。
“ふと思い出した時に来れる 何もない金曜日の夜に映画の時間を与えてくれるこの空間をありがたく思います“
ここは町の人々の拠り所なのだなと、ひしひしと感じました。
毎年夏には『東京物語』を上映しているそう。この映画の中の季節でもあり、小津組が撮影のため尾道にやってきた夏に合わせているとのことです。
また必ず来ようと心に誓いながら、シネマ尾道を後にしました。
少し休憩したくなって、近くの商店街内にある〈香味喫茶ハライソ珈琲〉へ。隣の陸橋と、ログハウスのような外観が目印です。
いい香りに惹かれて店内へ入ると、まず目に飛び込んできたのは様々なアンティーク家具。アートブックなどの本も並んだ、心落ち着く空間です。
珈琲は、手回し焙煎機を使って少量ずつ焙煎した豆を挽き、ネル布で抽出して入れているそう。珈琲豆の通信販売も行っています。
この日はとても寒かったので、ホットのチャイときび砂糖のチーズケーキをいただきました。お皿やマグカップもやはりアンティークのもの。たっぷりサイズのチャイでほっと温まります。
窓からは商店街を行き来する人の姿が見えます。カウンター席では常連さんがマスターと談笑している様子。すっかり空間に魅了され、ついつい長居してしまいました。
今度は再び駅の方へ戻り、線路を越えて路地を抜け、〈三軒屋アパートメント〉へ。
以前は空きアパートだった建物に、アトリエや食堂、なんと卓球場も! そんな文化の集う場所でとりわけ気になっていたのが〈古書分室ミリバール〉。
靴を脱ぎ、小さな入り口をくぐり抜けて入店するスタイル。店主さんの知人の手づくりだという黄緑色の本棚がなんとも爽やかです。
所狭しと本が並んでいて、時間を忘れて本選びに夢中に。装丁に惹かれ、有吉佐和子の『女二人のニューギニア』と富田常雄の『君失うことなかれ』を購入しました。
なおミリバールの店主さんは、同じく尾道にある深夜営業の古書店〈古本屋 弐拾dB〉も営んでいて、この滞在中に行くことにしました。
後ろ髪を引かれつつ、そろそろ滞在先へ向かいます。夕暮れの尾道のうつくしさたるや。
喫茶店や文化スポットが集まった、寛容で居心地がいい町・尾道。歩いているだけで、まるで映画の中の世界にいるかのよう。大好きな町がまた増えました。
今回のさんぽコース
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