目次
私には、移動できる自由が
●『かもめ食堂』(2005)
そろそろ旅行に出かけようかと思います。
と言うと、まん防も明けたしねーと共感してくださる人は多いかもしれませんが、そういう訳ではありません。私の人生において、そろそろ旅に出かけるタイミングになったと感じているのです。
私は、旅行というものが苦手です。移動時間が嫌いというのが大きい理由なのですが、その性質はそのままに、最近なぜか旅行へ興味が湧いてきたのです。コロナ禍で「閉じ込められている」感覚が続いたのも原因のひとつだと思うのですが、「今いる場所から移動をしたい」という気持ちが私の中でムクッと顔を出してきました。
それって、『かもめ食堂』で働く主人公のサチエ(小林聡美)とミドリ(片桐はいり)とマサコ(もたいまさこ)がフィンランドへ渡った心境と同じなのでは?と、久しぶり(十数年ぶり)に本作を観てドキっとしました。三人とも日本からの移住者や旅行者なのですが、「フィンランドという地に行きたい!」と強い希望があったわけではなく、なんとなく、たまたまフィンランドを選んだことが劇中語られています。食堂の店主であるサチエが、この地で店をオープンさせた理由を「何が何でも日本である必要ないかな」という言葉で表す姿を見て、自分の心のうちを言い当てられたような気持ちになりました。
私も、本作の3人も、自由に移動できる権利を使いたくなったのかもしれませんね。好きな街に長く住むことが好きで、旅行も嫌いだった私が、こんなことを思うようになるなんて驚きです。人間って、年齢に関わらず思いがけない変化を、思いがけないタイミングでするものなんですね。
人生も折り返し地点に来たし、場所に縛られないワークスタイルも普及したので、自分と街との相性みたいなものを感じる旅に出てみたいと思います。サチコが感じたように「ここだったらやっていけるかな」と思える街と、どのくらい出会えるのでしょう。という訳で、私はそろそろ旅行に出かけることへしたいと思います。
(小原明子)
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語り合うことで見えてきた、私の中の「決めつけ」
●『恋せぬふたり』(2022)
わたしはふと、自分の中にある「決めつけ」を、無意識に周りへ押し付けていないかと不安になるときがあります。誰かから自分の形を、「あなたはこうだから」と一方的に強要されるのは、自分にとって非常に苦痛なことです。だからこそ、私はしたくないと強く意識しているのですが、無意識の「決めつけ」に自ら気づくのは難しいとも感じています。
そんなことを考えていた頃に出会ったのが、岸井ゆきのさんと高橋一生さんがW主演したドラマ『恋せぬふたり』でした。PINTSCOPEで「シアタールームの窓から」を連載しているHomecomingsの福富優樹さんが、本作のことをTwitterやLIVEで話されているのを拝見し、思わず再生ボタンを押したのがきっかけです。
他者に恋愛感情を抱かないアロマンティック、そして他者に性的に惹かれないアセクシュアルは、それぞれ多様なセクシュアリティのひとつです。どちらの面でも他者に惹かれないアロマンティック・アセクシャルの兒玉咲子(岸井ゆきの)と高橋羽(高橋一生)が主人公。二人はあることをきっかけに出会い、恋愛感情抜きで家族になる「家族(仮)」として同じ家で暮らし始めます。
「普通に幸せになればいいんだ」という家族からの言葉に、“普通の幸せ”とは何なのかと咲子は苛立ちます。それは家族が考える咲子の幸せであって、咲子自身が求めるものではなかったのです。
「なんにも決めつけなくてよくないですか? 家族も 私たちも 全部(仮)で」
これは劇中の咲子の台詞です。自分や自分がいる状況を「決めつけられた形」にはめていく必要はひとつもなく、緩やかに変化していく「(仮)」にしていいという提案に、ハッとさせられました。やはり自分も「決めつけ」に当てはめることで、安心感を覚えていたところがあったのでしょう。
「決めつけ」をゼロにすることは、私にとって決して簡単なことではありません。それでも、常にそこへ向き合い、疑える自分でありたい。そのためにも、作品を誰かと共有し、考えたことを直接でも間接でも交換し合う時間は、欠かせない時間として大切にしていきたいと思いました。
(大槻菜奈)
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「正義」を背負った言葉は、暴力になる。
●『オールド・ボーイ』(2003)
「正しさ」という大義名分を背負った言葉は、時に暴力になる。匿名で気安く言葉を投げかけられるSNS上では、そのような光景をよく目にします。言葉の”力”に無自覚な人間にはなりたくないので、「私は正しいことを言っている」と思ったときこそ、「それは自己満足ではないか」と自問自答するようにしています。そこまで気をつけなくてもいいのではと思われるかもしれませんが、正義を振りかざした言葉がどれほど相手の尊厳を傷つける可能性があるのかを、ぜひこの映画を観て体感して欲しいです。
韓国の鬼才パク・チャヌク監督が日本の同名コミックを原作に手がけた映画『オールド・ボーイ』は、主人公の無自覚な言葉が生んだ哀しき復讐の連鎖が描かれた作品です。
平凡な人生を送っていた主人公のオ・デス(チェ・ミンシク)は、ある日突然何者かに拉致され、理由も告げられぬまま監禁部屋に閉ざされてしまいます。15年の月日が経ったある日、突如解放されたデスの目の前に謎の男イ・ウジン(ユ・ジテ)が現れ、監禁の理由を解き明かすよう告げられます。彼がその先で突きとめたものは、自分が無自覚に放った言葉が起こした過去の悲劇でした。そして、恨みを抱えたウジンによる復讐が彼を待ち構えていたのです。
反射的に投げかけた言葉でも、魂を殺すほど人を追い詰めることがある。そんな言葉の力を、本作はデスやウジンの哀しい姿を通して、観る者に痛々しいほど切実に投げかけてきます。物語の終盤、ウジンの復讐で地の底まで突き落とされたデスが自らの“舌”を切り落とそうとする姿は、過去にデスの言葉によって尊厳を踏みにじられた人の痛みと重なり、目を塞ぎたくなればなるほど、彼が背負った罪を感じずにはいられません。
匿名で顔も付き合わせることなく、不特定多数に言葉を発信できる現代は、言葉の“重み”に無自覚になりがちです。つい感情が昂り、正義心で反射的に投げかけた言葉が、相手の尊厳を傷つけるだけでなく、“排除”という力を持ち、取り返しのつかない悲劇を生むことがある。正義を振りかざした言葉がどれほどの暴力となるのか、そして楔のように深く心の中に打ち込まれるものなのかを、本作のデスとウジンの痛みを通して、多くの人と共有する機会にしていきたいです。
(鈴木健太)
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二度と戻らない日常を抱えて、それでも生きていく
●『ひまわり』(1970)
今年の2月24日に突如として始まり、現在も続くロシアのウクライナ侵攻。最低でも死亡者数は4.6万人、避難民は1273万人にのぼる(4月28日現在)と言われ、こうしている今もその数は増え続けているという現状に、心が休まる日はありません。
そんな中、日本の映画界でも数々のウクライナへの支援活動が行われており、そのひとつが1970年に公開された映画『ひまわり』(50周年HDレストア版)の緊急上映。収益の一部をウクライナの人道支援のための寄付に充てることを目的に、今こそ上映すべき作品だと本作の配給会社による映画館への呼びかけが徐々に広がり、現在も日本各地で上映館が増え続けています。
ジョバンナ(ソフィア・ローレン)とアントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)は、第二次世界大戦下のイタリア・ナポリで出会い、結婚。しかし幸せな時間は束の間に、アントニオは過酷なソ連の前線へ出兵することが決まってしまいます。
終戦後、行方不明のまま何年も戻らないアントニオの消息を求め、国の機関へ日々足を運ぶジョバンナは、ついに同じ部隊にいたという元兵士を見つけ出し、ソ連まで探しに行くことを決意。アントニオの写真だけを頼りに、言葉の通じない異国を探し回ります。そしてとある村で写真を手がかりにたどり着いた家には、一人の女性マーシャ(リュドミラ・サベリーエワ)と幼い子どもの姿がありました。マーシャは戦地でアントニオの命を助けた恩人であり、アントニオがソ連で築いた新しい家庭だったのです。
アントニオは今も生きて、自分のことを愛し続けてくれていると信じていたジョバンナにとって、それは想像を絶する出来事であっただろうと思います。しかし、彼女はアントニオを探す中で、彼が戦地でどのような体験をしたのかを、彼と同じ部隊で寒さ厳しいソ連前線にいた元兵士や、自分の素性を隠しながらソ連に住み続けなければいけなくなった元イタリア兵の存在を通して後追いしていました。アントニオの行動は生き続けるために選択した結果であって、ジョバンナを裏切りたかったわけではないということを痛みとともに理解できるのです。
戦争を生き抜けたとしても、もう二度とそれまでの日常は取り戻せないという現実を背負って生きていかなくてはいけない。それは、場合によっては死別より残酷なことなのかもしれません。ジョバンナがアントニオの現状を姑に泣き叫びながら「死んでいたほうがましだった」と伝えたように。
ジョバンナがアントニオを探す旅路で訪れた、本作のハイライトであり題名にもなっている広大な美しいひまわり畑は、現在のウクライナの首都キーウから南へ500kmほど離れたヘルソン州で撮影され、今その場所はロシア軍の侵攻を受け市民の犠牲が伝えられています。
現在、ウクライナで戦争の被害に遭っている人たちに対して、自分ひとりが直接できることは限られていますが、映画を観ることでその人たちの日常がどのように変わっていくのか、どんな思いをしているのかを想像することはできます。
戦争によって傷ついた人、今現在傷つけられている沢山の人がいるということ。私は戦争が人々に残したものを忘れないために、これからも世界各地の戦争や紛争を描いた映画を観ることで、人類の負の歴史に向き合っていきたいと思います。
(鈴木隆子)
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