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一体感から生まれた喜びは、世代を超える
― 今作で阿部さんは、警察音楽隊に移動となり、ドラム奏者に任命される刑事を演じられました。阿部さん自身も主人公同様、ドラムを触るのは初めてだったそうですね。
阿部 : もともと音楽はすごく苦手意識があったので、「これは大変なことになるな」と思いましたね。…できたらやりたくないって(笑)。イチから始めることになりますから。「仕方ない、役だからな」…と、初めは自分に言い聞かせてたんです。
― 演奏シーンがたくさん登場する音楽映画でもありますが、演奏の吹替は一切ないと伺い、驚きました。
阿部 : 音の鳴らないドラムを購入して、部屋で練習していたんですが、なかなか進歩が見えてこなかったんです。でも2カ月くらい練習を続けたのちに、スタジオで本物のドラムを叩いてみると、前とは違う感覚があって。
自分を追い込むことが好きだから、どんどん追い込みをかけて練習を続けていくと、それなりに楽しくなってきたんです(笑)。みんなと初めてセッションした時は、さらに「これは!?」という感覚を得ることができて。チームだからこその喜びを得ることができたんですよ。
― 初めての全体練習では、全曲の演奏を終えると、自然と周りから拍手が沸き起こったそうですね。
阿部 : さまざまな年齢の音楽隊のメンバーで、四苦八苦しながらひとつの目標に挑み、セッションを重ねる中で「うわー!」と歓喜する瞬間をみんなで味わえたのは、貴重な経験でした。この歳で「体育会系の新人」みたいな経験ができたのも面白かったです。
― 阿部さんは、内田監督と今作が初タッグとなりますが、「今までと違った自分が引き出されるのではないか」という期待があったとおっしゃっていました。
阿部 : 内田監督は『ミッドナイトスワン』と同じように、この映画もオリジナルの脚本で挑まれたんですけど、こういう一体感から生まれる喜びを見据えてつくり上げた作品だったんだなと。そのことに気づいた瞬間、すごく感動しました。
自分にとって挑戦の多い作品だったんですが、参加できてよかった、出会えてよかったと思える作品になりました。自分の自信に繋がったことは確かですね。
変化することに美学がある
― 阿部さんが演じた成瀬は、「犯罪捜査一筋30年の鬼刑事」だったことにアイデンティティを持っていたにも関わらず、音楽隊に異動となる人物でした。「これまで演じてきた刑事役とはまた一味違った役どころ」と、この役を表現されていましたね。
阿部 : これまで一匹狼的な役は多かったんですが、成瀬みたいに人間性が大きく変化していく役は演じたことがなかったんです。
― ドラマ『TRICK』(2000)の自称天才物理学者・上田次郎や、ドラマ『結婚できない男』(2006)の建築家・桑野信介など、確かにどこか堅物で考えを曲げない役どころを多く演じられている印象があります。
― 成瀬もワンマンプレイな行動から署内で浮いていましたが、音楽隊のメンバー・来島春子(清野菜名)との出会いによって少しずつ変化を見せるようになりますね。
阿部 : 来島をはじめとした音楽隊のメンバーはそれぞれに悩みを抱えながらも、いろんな事情があってここにいるんだと。自分だけが「特別」なわけではない。それを理解し出すところから、成瀬は少しずつ価値観や意識が変わっていったんだと思うんです。
― 内田監督は完成披露試写会で「時代の変化が激しいなか、時代に取り残された人たちを描き、考え方ひとつで変われるんだという思いを脚本にしたかった」とコメントされています。
― まさに成瀬がその思いを体現していましたが、その姿に自分を重ねた人も多いのではないでしょうか。経験を重ねるほど、変化することは難しくなるように思います。
阿部 : 確かにそうですよね。…でも、変わりたくないって言う人の気持ちが、よくわからないんだよな…(笑)。
― なるほど!
阿部 : 変化することが好きなんですよ。だから、役者として色んな役を演じることも好きですね。新しい役に挑むときに、その役の研究とかをして、自分なりに役をつくる作業に魅力を感じるんです。自分の美学がそこにあるので、同じような役柄を依頼されると最初はいい返事をしない(笑)。基本的には、毛色の異なる役をやりたいんです。
― 予想外の役が来る方が嬉しい?
阿部 : そうですね。今までと同じことを要求されるのは嫌です。だけど僕もいい歳になったでしょ。だから、若い監督はなかなかそういう役でのオファーがしづらいんじゃないかなって、勝手に想像してるんですけど(笑)。
「この役を演じている阿部寛は想像がつかない」ってくらいの提案される方が好きだし、意外な役を演じる自分でありたい。だから、そういう発想を持ってもらえる存在になれるよう努めたいし、年齢を問わず誰にでも何でも言ってもらえる状況をつくるようにしています。
― これまでの経験に固執しないために、普段意識していることはありますか?
阿部 : 意識しているわけではないけれど、新しい発想や挑戦を探求している人とは、よくご飯を食べに行きますね。そういう人の姿を見て、常に刺激を受けています。「それ面白いね」って話を聞いて、「なるほどね」って自分の参考にする。古い考えの人とはあまり行かないかもしれないですね。
よくお酒を飲んで「それ違うんだよ」って自分の意見を押し付ける人はたくさんいるじゃないですか。それは絶対にしない。
― まさに、刑事時代の成瀬ですね。
阿部 : 若い人たちは、たくさんいいものを持っているから、それをいつも聞き出そうとしています。「こういう考えを持ってるんだな」とか「こういうことをやりたいんだな」って知ることは、どう考えても自分のプラスになることでしょ。
― 世代を問わず、さまざまな考えを受け入れることが、自身を柔軟に変えるコツなのかもしれません。
阿部 : みんながみんな、そうじゃないかもしれないけど、仕事に対しての僕はそういう姿勢ですね。もちろん自分が無意識に守っている部分はあるに違いないけど、できるだけ柔軟に受け入れていきたい。そこで自分を打ち破れることがあると思う。
例えば、司会業とか。トークは苦手なんだけれど、そういうことにも挑まないとなと思うわけです。
― 苦手だからこそ、やってみたいと!
阿部 : 挑むことで失うものもあると思うし、それを1回だけやったとしてもそう簡単に板にはつかない。でも、10年続ける覚悟があるのかどうかということなんだけど、そういうことがあったとしても、やっぱり自分としては、いろんなことをやってみたいですね。
阿部寛の「心の一本」の映画
― 阿部さんは成瀬のように、環境の変化や人との出会いで、自分の価値観が大きく変わった経験はありますか。
阿部 : ありますよ。僕は人とか映画とか、いろんな出会いに影響されて、その都度自分の価値観が変わっていく方だと思います。
― 阿部さんにとって、「自分の価値観を覆された映画」があれば教えてください。
阿部 : 価値観を覆された映画…結構あるんだよな。最近の作品だと、『トップガン マーヴェリック』(2022)。いやあ、すごかった。
― 映画『トップガン』(1986)の36年振りの続編にあたる作品ですね。トム・クルーズ演じる主人公・マーヴェリックが教官として帰還した、アメリカのエリートパイロットチーム“トップガン”で、過酷なミッションに挑む姿を描き、世界的ヒット作となっています。
阿部 : 周りの役者さんが興奮して「阿部さん、観た?」って声かけてくれて。そういうときって想像ばっかり膨らんで、予想を超えないことが多いんです。でも、この作品はそうじゃなかった。
エンターテインメントの力というものを見せつけられました。僕がトム・クルーズと同世代だから、共感するものが多いのかもしれないですけど。
― トム・クルーズは1962年生まれ、阿部さんは1964年生まれですね。
阿部 : トム・クルーズは60歳という年齢で脚本にもこだわって、自ら演じて、あそこまで突き詰めて…この映画は彼の過去最高作になったと思うんです。
もちろん感動もしましたけど、それ以上にトム・クルーズの「絶対に成功させるんだ」って姿勢が100%映像に表れている。あれを観たら価値観なんて変わりますよ。最近観た映画だと完全にこの作品ですね。