目次
自分の「心の声」に耳をすませるとき
― 今作でお二人は、主人公が恋をする天沢聖司というキャラクターの、15歳と25歳をそれぞれ演じられました。劇中、お二人の姿が似ていると思う瞬間がいくつもあったのですが、事前に相談されたりしていたんですか。
松坂 : 監督から言われていたんだよね。「松坂桃李の癖を盗め」みたいな(笑)。
中川 : そうなんです。撮影現場で、一度だけ松坂さんに会える日があったんですが、チェロを弾いている松坂さんの姿から、何個盗めるかの勝負というか(笑)。松坂さんが演奏する時の目線の動きを真似したら、撮影の中山(光一)さんに「いま松坂桃李に見えたよ」って言ってもらえました。
松坂 : 翼君の努力のたまものです。
― 夢を追う決意を真っ先に雫に告げる15歳の聖司や、大人になり、イタリアで一人暮らす部屋に雫の写真をたくさん飾る25歳の聖司の姿から、聖司にとって雫がとても特別な存在であることが伝わってきます。
中川 : 聖司にとって雫は、毎日が楽しみになるような存在なのかなと思います。会えるのが嬉しくてドキドキしたり、学校に行くのが楽しみになったり。雫がいるから頑張ろうと思えるし、一緒にいられたら幸せ。そういう、自分自身を引っ張っていってくれるような人だと思います。
松坂 : 大人になった聖司にとっては、出会った頃の、まだ素直に自分自身の「心の声」が聞こえていた、そのときの気持ちを思い起こさせてくれるような存在だと思いますね。一緒にいることによって自分をちゃんと保てるし、自分もこの人の心の支えになりたいと思えるような、そういう存在なのかなと思います。
― 聖司にとっての雫のように、お二人にとって自身の「心の声」がよく聞こえる、自分自身と向き合える場所や存在、時間などはありますか。
松坂 : 僕は台本かもしれないです。役を演じるうえで、「自分だったらどうだろうか」と自身と照らし合わせて考えることもあります。そういうところで、向き合う瞬間というのはありますね。
― 共感するだけじゃなくて、「全然理解できないな」と感じることもありますか。
松坂 : そうですね。役柄の置かれた境遇や性格などが自分とは大きくかけ離れていたりしても、その理解できなさを、自分を頼りに少しずつ探っていくというか。例えば殺人鬼の役で、「なぜこんなに人を殺すんだ?」とその行動が全然理解できなくても、「あ、そういう衝動に駆られることがあるんだったら、もしかしたら自分にもつながるところがあるのかもしれない」と接点を考えたりしますね。
中川 : 向き合う…。
松坂 : ある?
中川 : ちょっと松坂さんみたいに深くはないんですけど…。
松坂 : いや、俺のも深くはないから大丈夫(笑)。
中川 : 一人でいるとき、トイレなどにいるときですね。密室や、狭い空間で考えることをよくします。リラックスしているというか、気を抜くことができて。
松坂 : トイレで考え事するの?
中川 : はい (笑)。あと撮影後の帰り道にわざと遠回りして、40分くらい歩いて家まで帰ることもあります。周りに人がいないときはぶつぶつ喋りながら、頭の中を整理しながら歩きます。ストレス発散にもなるし、自分を見つめ直せる時間になっていますね。心がスッキリします。
松坂 : リセットするような感じなのかな。
中川 : そうですね。散歩の時間にも、いろいろ考えるかもしれないです。
「うまくいかないとき」の自分との向き合い方
― 中川さんは今作の撮影時、演じられた聖司と同い歳だったそうですね。
中川 : はい、聖司と同じ15歳の中学三年生でした。小学生で初めてアニメーション映画で「耳をすませば」を観たときは、中学生の恋愛というのがあまりわからなかったのですが、中学生になって改めて観ると「青春の甘酸っぱさ」みたいなものにときめいて。そこから何回も観ました。
松坂 : ときめくよね。
― 同い年ということで、ご自身と共通する部分はありましたか。
中川 : 聖司は堂々とした雰囲気を持ちながらも、裏で努力する人だなと思います。雫の前では強がって、なんでも平気だよって顔をしているんですけど、裏ですごく努力している。そういうところは、自分と少し似ているなと。
松坂 : 翼君は、裏で努力するタイプなんだ。
中川 : 表面上は全然頑張ってないですよって言っちゃうタイプなんです(笑)。
松坂 : 僕はアニメーション映画を観ているときから、ちょっと変わった人だなと思っていました。かっこよくて優しいけど、独特な、言葉では説明しづらい浮世離れした空気感があって。そこが魅力の一つかなと。
加えて10年後の聖司には、またそれとは違う一面も垣間見えればと思っていて。
― それは、どんな面でしょうか?
松坂 : チェリストとして活躍することを雫に約束してイタリアに渡ったんですけど、プロとして活動していくなかで、壁にぶち当たる。そういうときに出てくる内面的な弱さというか、人間味も肉付けできればと。
夢に向かっていくなかでは、うまくいかない歯がゆい思いも、絶対に出てくるだろうなと考えていましたね。
― お二人はそういう「うまくいかないとき」を、どのようにして乗り越えてこられましたか。
松坂 : 波はありますよね。「絶好調!」っていうときと、「あれ?」っていうときと。「あれ?っていう時期」は、絶好調になるまでの「バネを縮めている期間」だと思うようにしています。次にまたビヨーンと跳ねるまでの準備期間だと思って、無理やり良くしようとはしないで、その状態を保つということですかね。
― 跳び箱の踏み切りみたいですね。一度深く沈んで、力をためて高く跳ぶような。
松坂 : そうですね。なので調子がよくないと思ったら、それ以上落ち込み過ぎないように好きなゲームをしたり友達とご飯に行ったり、悩んでいることとは全然違うことをして、なにも考えない時間を作ることで、落ち込む時間をなるべく減らすようにします。
中川 : 僕は耐えて耐えて、一回「どん底」まで落ちる、という感じです。僕は、人生では悪いことがあれば、良いことも絶対あると思っているんです。「悪いこと」と「良いこと」はトントンだなって。
松坂 : 本当!?(笑)
― 16歳でそういう風に思えるのはすごいですね。
中川 : ついこの前も、嫌なことがあった後に良いポケモンカードがあたって(笑)。
松坂 : なるほどね。
中川 : 悪いことがあっても、このあと良いことが起きるんだって、そういう風にポジティブに考えています。もちろん、落ち込んじゃう自分もいるんですけど…。
― 落ち込んでしまったときの解決方法はありますか。
中川 : 最近は、トイレでクラシック音楽を聴いています。
松坂 : すごい(笑)。やっぱり狭い空間が大事なんだね。
中川 : 自分の部屋で聴くのとは、やっぱりちょっと違うっていうか。なにかをするスペースがない空間が良いんです。
松坂 : 余計なものがないところがいいよね。
中川 : そうなんです。最近は、グリーグというノルウェーの作曲家の「朝」っていう、有名なクラシックの曲を流してリセットしています。
― 反対に、調子が悪くならないよう、なるべく良い状態の自分でいるため、普段から大切にされている習慣や心がけていることなどはありますか。
松坂 : 一日に一回以上「笑うこと」ですかね。口角が上がることで、気分が無意識的にあがると聞いてから、心がけています。テレビや映画を観てでもいいですし、人との会話でもなんでもいいと思うんですけど、笑うことは大事だなと。
― 一日中「笑わなかったな」っていう日もありませんか…!?
松坂 : 全然ありますね! そういうときは、「一日中、笑わなかったな」ということで笑います。「誰とも喋んなかったなー(笑)」って。そうすると、そういう日もあってもいいなと思えるんです。
中川 : 僕はそのときどきを全力で楽しんで、後悔しないようにするのことを意識しています。それは、迷ったときの基準にもしていて。ちょうど『耳をすませば』の撮影のときに、進学先を迷っていたんですけど、ひとつの学校は、朝6時くらいに起きなきゃいけなくて。
松坂 : そんな早いの!?
中川 : そうなんです。朝6時半とかの電車に乗らないと間に合わなかったので。
松坂 : 家から遠かったの?
中川 : ちょっと遠くて。でも、もうひとつの学校だったら、近いのでゆっくり起きても間に合うんですよ。「全力で遊びたい」とも思っていたので、その学校を選びました。
松坂 : いいね、だいぶゆっくりできるね(笑)。
中川 : それでも朝は慌ただしいんですけど。
松坂 : 明日も学校なの?
中川 : 明日は土曜日なので休みですけど、部活がありますね。
松坂 : なにやってるの?
中川 : サッカーです。
松坂 : すごいじゃん! 試合でもバンバン得点を決めたりするの?
中川 : なかなか決められないです(笑)。『アオアシ』っていう漫画を読んで、チームスポーツをやってみたくなって、高校から始めたんです。中学のときは家庭科部でした。
松坂 : 家庭科部? それも楽しそうだね。
中川 : 裁縫をしたり、夏休みには料理をしたりしていました。
松坂桃李、中川翼の「心の一本」の映画
― 最後に、お二人にとっての「心の一本」の映画について教えてください。 松坂さんは以前、『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994)を挙げてくださいましたが、最近ご覧になったなかではいかがですか。
松坂 : 最近、ジブリのすべての作品が入ったBlu-rayを買ったんですよ。それで、製作された順に観てるんですけど、『おもひでぽろぽろ』(1991)を初めて観て、なんていい作品なんだろうと思いました。
― 高畑勲監督のアニメーション映画『おもひでぽろぽろ』は、自分の生き方に悩む女性が、一人旅に出かけた先で幼少期の思い出を振り返りながら、自分自身にとっての大切なものをみつけていく姿を描いた作品ですね。
松坂 : 今まで自分が観てきたジブリ作品とは少し違っていて、間の取り方や、テンポ感がすごく緩やかなんですよね。主人公の回想シーンのつなげ方や、声を演じられている俳優の皆さんの技術の高さにもびっくりして。
― 作り手の視点からも、発見がたくさんあったんですね。
松坂 : そうですね。そういうところでも響きましたね。なんて良い作品なんだ、なんで観ていなかったんだって思いました。
― 中川さんは、これまで観てきたなかで一番面白かった作品や、何度も繰り返しご覧になる作品はありますか。
中川 : 何回も観てしまうのは、洋画の『イエスマン “YES”は人生のパスワード』(2008)です。
― 『イエスマン “YES”は人生のパスワード』は、「ノー」が口癖の後ろ向きな主人公が、「イエス」と答えることをルールにしてから起こる、さまざまな出来事をユーモラスに描いた作品ですね。
中川 : ちょうど二年前くらいの、気分が落ち込んでいるときに初めて観て、ジム・キャリーさんのコミカルな技に心奪われました。そこから5、6回は観ています。
松坂 : 良い映画ですよね。何がきっかけで観ようと思ったの?
中川 : ちょうど映画配信サイトに加入したばかりの頃で、「おすすめ」に出てきたんです。なにげなく観たらすっごく面白くて。物事をポジティブに考えようと意識するようになりました。
― 落ち込んだときや、元気をもらいたいときにご覧になるんですか。
中川 : 凹んでいるときが多いかもしれないですけど、時間があるときも観ます。心から笑いたくなったときに観るかもしれないです。
― 松坂さんは、笑いたいときに観る作品や、笑って観た思い出のある作品はありますか。
松坂 : 最近、すごすぎて笑ってしまったのは『トップガン マーヴェリック』(2022)です。
― 1986年に公開されてヒットした『トップガン』の続編となる同作では、前作の主人公であるマーヴェリックが、パイロットの訓練学校“トップガン”に、教官として帰ってきます。
松坂 : クオリティが高すぎて、思わずにやけちゃうというか、男心をくすぐられますね。なによりあの役はもうトム・クルーズしかできないなと思って。観終わった後も、メイキングまで調べて観ちゃいました。
G(圧力)がかかるシーンは芝居でどう表現するんだろうとか思いながら観ていたので、メイキングを観て「あ、本当に操縦しているんだ」って驚きました。自分たちでカメラや照明のセッティングもできるようになるまで勉強したらしいんですよね。作り手の高い熱量があって、このクオリティの映画ができるんだと思いましたね。