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「実在しないもの」を、想像して、創り出す
― miletさんは、以前ラジオ番組で、「自身のルーツを音楽や映画音楽から探る」をテーマに、たくさんの映画と映画音楽をご紹介されていました。名作から新作まで幅広く映画に触れられているなと、番組を聴いていて感じたのですが、普段どんな風に映画をご覧になっているんですか?
milet : 映画館で公開されている新作映画はもちろんですが、最近は古い映画をたくさん配信している動画配信サービスへ新たに入会したので、名作映画を観まくっています(笑)。配信は、好きなシーンを何度も観ることができるので、映画好きにとってはとてもありがたいです。
― やはり、新旧問わずご覧になっているのですね。観る映画はどのように決めていらっしゃるのですか?
milet : 好きな監督や出演者で決めるということもありますが、歌詞をつくるようになってから、映画のキャッチコピーに惹かれて観ることも増えました。あとは、ポスタービジュアルも。例えば、スモーキーな色合いがいいなとか、ノイジーな質感がいいなと思ったら、内容を知らなくても観に行くことがあります。
milet : どんな映画も食わず嫌いせず、たとえそれが「続編」で一本目を観ていなかったとしても、「わかるようになってるかな?」と、あえて観に行ったり(笑)。色んな映画の楽しみ方を入り口にしていますね。
― 映画は、いつ頃からお好きなんですか?
milet : 意識して観るようになったのは大学に入ってからなんですが、家族が映画好きだった影響で、友達と遊んでないときや家でお留守番しているときなどは映画を観て過ごしているような幼少期でした。
― そのときは、主にどんな映画をご覧になっていたのでしょう。
milet : ゾンビ映画を(笑)。親がジョージ・A・ロメロ監督作品を好きだったので、ゾンビ映画の英才教育を受けていました。
― 『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』(1968)、『ゾンビ』(1978)、『死霊のえじき』(1985)などをご覧になってたんですか! ロメロ監督は、「ゾンビ映画」というジャンルを生み出したホラー映画の巨匠です。
milet : ゾンビやモンスターなど、ホラー映画は「実在しないもの」を描くので、観る側の想像力をかきたてるところが好きなんです。映画の中の音も、「実在しないもの」をイメージして表現しているので、すごく面白いんですよね。
幼いながらに、「想像力で、音を創造する」というのはすごいエネルギーが必要なことだなと感じていました。「映画の中の音」は、よりその音らしく表現するために、本来とは異なる音で表すことも多いので、「映画の音」をそういう点から興味を持ったというのはあると思います。
― 「映画好きな家族」ということでしたが、miletさんのご家族はクラシック音楽一家でもあり、 miletさんご自身もフルートを演奏されていたそうですね。映画と音楽が、自然と日常の中にあったと。
milet : 確かに、私と映画を結ぶものとして、「クラシック音楽」は大きかったかもしれません。「昔の名作映画」と聞くと、「取っつきにくい」印象を受ける人が多いかもしれませんが、クラシック音楽、中でも交響曲が用いられている作品が多かったので、私にとってそれは慣れ親しんだ音だったんです。
ヒッチコック監督の作品は音楽から入りましたし、キューブリック監督の作品もそうですね。中学生の頃に初めて観た『2001年宇宙の旅』(1968)は、クラシック音楽が好きだったので、そこを入り口に惹かれていったところもあります。
― アーサー・C・クラーク脚本、スタンリー・キューブリック監督のSF映画ですね。劇中、たくさんのクラシック音楽が使われていることでも有名ですが、特に「ツァラトゥストラはかく語りき」(リヒャルト・シュトラウス)は、多くの人が一度はこの名シーンと共に耳にしたことがあるのではないでしょうか。
milet : 映画を観ながら、「なぜこの音楽をキューブリックは使ったのだろう?」と考えるのも好きなんですが、それと同じぐらい、映画監督や音楽監督のインタビューを読んで、「そういう意図だったのか!」と制作の背景を知ることも好きなんです。役に立つと思って取り組んでいたわけではないのですが、今、映画音楽に携わるようになって、彼らの言葉の意味がより深く理解できるようになってきたと思います。
― 『2001年宇宙の旅』を、中学生の頃に初めてご覧になったということでしたが、その頃から作品の魅力に気づかれていたというのは、すごいですね! 私は、最初に観たとき「意味がわからない…」となりました。
milet : いや、私も最初に観たときはわからなかったですよ。観終えるまでに、3回は寝てしまったと思います(笑)。最後まで観てもよくわからないし、「原作の小説を読むとよく理解できるよ」と言われて読んでも、「…いやいや、読んでもよくわからない!」ってなりました。だから、クラシック音楽という接点がなければ、この映画とコネクトできていなかったというのはあるかもしれません。
あと、私は「映画の無音」について勉強していたこともあったのですが、『2001年宇宙の旅』は、クラシック音楽以外に、「無音」の使われ方も面白くて。観るたびに新たな発見があることも、大好きな映画である理由のひとつです。
映画の「エンドロール」を担う
― これまで、映画・ドラマ・アニメーションと、miletさんの歌が主題歌や挿入歌として多くの作品を彩ってきました。2018年から本格的に音楽活動をスタートされましたが、その頃から映画音楽に携わりたいという思いはあったのでしょうか?
milet : ずっと、ありました。映画に限らず、「作品の一部となる曲」をつくるのが好きなんです。あと、私は頭の中にあるショートムービーに、サウンドトラックをつくるようなイメージで、メロディーや歌詞を生み出していくことが多いので、この方法なら私の音楽はきっと映画にあうと思っていたんです。もちろん、いざ携わってみると、想像していたのとは違うことや難しいことがたくさんあったんですけど。
― 「頭の中のショートムービーに音楽をつけていく」んですか!?
milet : 頭の中にイメージされた映像の世界に、私がお邪魔するような感覚、です。そこに入っていって、景色だったり、匂いや湿度だったりを体感するんです。地面を踏んだときの足音とか、歩いたときの匂いとかを感じて、つくりあげていきます。
例えば、その空間が乾燥していたら「冬のような音」になったり、湿度が高ったら「リバーブ(※)が広がるような音」になったり。自分の頭の中にあるビジョンを頼りに、音づくりをしています。
― 自分が観た映画や本、音楽などのカルチャーから、曲づくりのインスピレーションを受けることはありますか。
milet : はい、あります。この小説のワンシーンで曲をつくってみよう、というときもありますし、映画の中で聴いた「音」がずっと頭に残っていて、そこから曲に展開されることもあります。ひとつのセリフが自分の中で長い時間をかけて咀嚼され、歌詞となることも。すごく影響されていると思います。
― 10月3日よりデジタルシングルとしてリリースされた「Final Call」は、映画『七人の秘書 THE MOVIE』(公開中)の主題歌ですね。2020年に放送され大ヒットとなったドラマ『七人の秘書』から、主題歌を担当されています。
milet : ドラマからということと、脚本もいただいていたということもあり、ドラマの真髄にあるテーマを理解できていたので、自分の中でしっかりビジョンを描くことができました。また、ドラマのときの主題歌「Who I Am」とリンクさせたいという思いがあったので、「who I am」はどこかに必ず入れたいなと思っていました。
milet : あと、ドラマから映画になることで、私の想像の遥かに超えるスケールアップがあり、また、恋愛模様も描かれることで奥行きもぐっと深まり、それを曲に反映させたいと思ったので、たくましさと、ポジティブなメッセージを曲に込めました。
― 力強いサウンドと、「エンドロールじゃまだ終われない」「Who says? I say!」という歌詞が、とても印象的です。
milet : 自ら勝負に出て、自らで人生を勝ち取りにいくような、どんなときも「今が始まり」という曲になったと思います。
― 「Who I Am」と同じく、ONE OK ROCKのToruさんプロデュースとなりますね。
milet : デビュー曲「inside you」から、本当に多くの曲をToruさんと一緒につくってきたので、私のつくりたいものを明確に理解していただいていると感じています。「Final Call」も、私が「こういう曲にしたい、こういうメッセージを込めたい」と伝えたら、「オッケー」という返信とともに、素晴らしいトラックが送られてきたんです。
久しぶりの激しいロックナンバーでもあったので、私も楽しくなってメロディーと歌詞をつくる手が止まらずに、完成まで流れるように進みました。
― Toruさんとは、セッションするように曲が出来上がっていくのですね!
milet : 私は最後に歌詞を書くので、トラックやメロディーの力強さに導かれて、言葉が出てくるんです。だから、今回の歌詞は、本当にトラックあってこそのもので。Toruさんは「ライブで映えるような曲」ということも考えてくださっているので、この曲も歌う度にどんどん変化していく曲になると思います。
― 10月14日から「milet livehouse tour 2022“UNZEPP”」が始まり、「Final Call」はこれからライブで披露されることになると思いますが、やはり作品がパフォーマンスにも影響してくるのでしょうか。
milet : はい、歌っているときに、作品が持っているメッセージや印象的だったシーンなどが浮かび上がってきます。そのことで、歌に込める気持ちも変わってくるんです。ドラマ『七人の秘書』では、「The Hardest」というバラードの曲も歌っているのですが、この曲を歌うときは、曲が流れていたシーンを思い出してライブで歌うことが多かったです。
― 「エンドロールこそが本当のスタート」ということで、観客の皆さんも映画の余韻を持ち帰って、それぞれの人生を踏み出していくと思いますが、miletさんは映画館での余韻をどんな風に楽しんでいらっしゃいますか?
milet : 私は、映画が終わった後のお客さんの表情を見るのが好きなんです。上映されていた映画をどう観たのか、なんとなく席を立つお客さんの表情から読み取れるじゃないですか。例えば、すごく難解な映画が終わった後に、「?」が客席にたくさん浮いている雰囲気とかも、とても好きで。
自身が携わった映画も、公開されてから映画館に何度か観に行きます。今作もそうですが、作品の大事なエンドロールを担う一員として映画に参加しているので。この曲を余韻にスカッとした気持ちで映画館を出てくれたら嬉しいですね。映画館でお客さんの表情を観るのが、今から楽しみです。
miletの「心の一本」の映画
― では最後に、「心の一本」の映画を教えていただけますでしょうか。
milet : たくさんあるので、迷いますが…。
― もし、よろしければいくつか挙げていただけると嬉しいです。
milet : では、まず一本挙げるなら『シェルブールの雨傘』(1964)ですね。
― 『シェルブールの雨傘』は、フランスの港町シェルブールを舞台に、傘屋を手伝うジュヌヴィエーヴ(カトリーヌ・ドヌーヴ)と自動車整備士のギイ(ニーノ・カステルヌオーヴォ)が恋に落ちる姿を描いた、ジャック・ドゥミ監督のミュージカル映画ですね。第17回カンヌ国際映画祭にてグランプリを受賞しています。
milet : 私、雨が好きなんです。
― 雨がお好きなんですか。
milet : はい。だから、この映画を観ていると心が落ち着くというか、詩的なところも好きで。今、独学でフランス語も勉強しているというのもあるかもしれません。
― ミシェル・ルグランが音楽を担当し、全編セリフを音楽で表現しているところも特徴的ですよね。
milet : 映画の中で流れる音楽も好きなんですが、「テーマソングの使い方」も好きなんです。同じ曲が流れても、シーンによって違うように聞こえてくる。あと、登場人物の心の内をリボンの色で描くなど、そういう心情や色彩の描き方をひとつひとつ自身で紐解いた作品でもあって。私が初めて、音楽と映画を深くまで追求した思い出深い一本でもあるんです。
あと、いま、もう一本作品を挙げるなら『沈黙-サイレンス-』(2016)ですね。
― 遠藤周作の小説『沈黙』をマーティン・スコセッシ監督が実写映画化した『沈黙 -サイレンス-』ですね。江戸初期の隠れキリシタン弾圧下の日本を舞台に、来日した宣教師の体験を描き出した作品です。
milet : 遠藤周作さんの小説が大好きなんですけれど、その中でも『沈黙』は私のバイブルと言っても過言ではない一冊なんです。この作品が映画になったら、どんな景色になるんだろうとずっと思い描いていて、それを私が大好きなスコセッシ監督が映画化してくれたのが本当に嬉しかったんです。
― miletさんはスコセッシ監督の『タクシードライバー』(1976)も、好きな映画として公言されていますね。
milet : 自分の「信じているもの」を、「どこまで信じ続けられるのか?」と問いかけてくる作品だと思います。自分の中の「核」みたいなものが揺らいだときに、この小説を読んだり、映画を観たりします。
― 「信じているもの」ですか。
milet : 私は、『沈黙』の主人公のような「信じる力」、「信じ続ける強さ」っていうのが欲しい、とずっと思っていて。遠藤周作さんはそれを「信仰」という形で書きましたけれど、私は私なりの「信じるもの」を、人生をかけて見つけたい。そして、それを自分の「強さ」にしたいという思いがあります。それがあれば、何があっても「屈しない」でいられると思うんです。
― 現在、世界が大きい変化の中にあり、何を信じていいのか、多くの人が疑心暗鬼になっていると思います。PINTSCOPEは、これまで様々な人の映画体験を集める中で、映画は他人や自分を映し出す「鏡」になるのではないかと考えるようになりました。そして、揺らいでいるときこそ、自分を見つめる時間が必要とされているのではないかと。
milet : 私も、音楽は「自身を映し出す鏡」だと思っていて、それを提唱し続けているんです。音楽だけでなく、『沈黙』のように本や映画もそうだと思っています。
音楽を聴いたり、本を読んだり、映画を観たりすることで、初めて出会う「自分」ってあるじゃないですか。このシーンで私の心は動くのかとか、この考えには私は賛同できないとか、そういう「自分」を目の当たりにさせてくれるんです。
― はい。
milet : 私は、表現を受け取る側だけでなく、生み出す側でもあるので、作品の中で、絶対に嘘はつかない、絶対に信条に逸れたことや人を後ろ向きにさせる表現はしないと決めています。
― 自分が生み出す歌も「鏡」だということですね。先ほど「Final Call」もポジティブなメッセージを込めたとおっしゃっていましたが、それはどのような思いに繋がっているのでしょうか。
milet : コロナ禍を不安の中で過ごしたことは、私の中でとても大きい体験として残っています。でも、私にとって、どんなときも、私の音楽を聴いてくださってる皆さんが「光」だったので、もうその光だけは絶対に見失わないようにしようと思って、そこだけをずっと見つめてきました。
でも、たとえ目をそらしたとしても、皆さんから声をかけてくださるので、本当にありがくて。私は、その「光」を大切な道しるべとして曲をつくってきました。だから、私も皆さんに、何か希望になるものをお返したいという思いがあります。
― 『七人の秘書』の「闇の中にこそ、光る真がある」という言葉のようです。
milet : 自分さえ扉を閉ざさなかったら、暗闇の中でも希望の光はちゃんと見えるんだと思いますね。
※リバーブ:「残響」
- 自分を閉ざさなければ、 「光」は見える。 暗闇の中でも
- ものとして、記憶として、 残り続けるポスターやパンフレットをつくるために
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