閉じこもっていた長い時間、一歩踏み出すと、思いがけない出会いが待ち受けているのかもしれない。今回のテーマは「不思議な出会い」です。
いつも行くお店に入ったら、流れる音楽に合わせて太鼓を叩き、歌を歌っている海外の男性が2人いた。間の席しか空いてなくて2人の真ん中に座る。ずっと歌って踊っている2人。
聞いた事のない音楽。新しい音楽が今ここで生まれて、明日には消えている。AIには認識できない曲。椅子があるのに立っている僕ら。時間は過ぎる。永遠のように感じるのは、飲み放題の言葉に誘われて。
2人と目が合い話す。キューバ出身らしい。僕はキューバのタバコを吸っているので、それを見せると、パッケージに写っているとある人間を見て、暗い顔をする。そして、ゆっくりとした日本語で「新聞やテレビに騙されている。その人はいい事をしていない。洗脳なのだ」と言う。その言葉について考える。確かに、この人間に対して知ってる情報は表面的である気がした。もう少し調べてみようと心の中で思う。2人は笑顔で僕の目を見て、「気にしなくていいよ」と言う。そしてまた歌い始める。たったひと言だけど、本能で生きる人の言葉は体に入ってくる。僕は、何が本当かさらにわからなくなる。
ふらふらの状態でお店を出る。
朝の匂いがする空。もう少しで朝日がやってくる。僕は求めすぎだ。これでいいのだ。体の揺れが止まらないのは、記憶が踊っているから。
電車で帰りたいところだが、酔っ払っている僕には到底無理で、タクシーを拾った。
タクシーに乗り、家の方面を伝えても、タクシーの運転手さんは何も言わずにそこに止まり続けた。
運転手は、おじいちゃんだ。
「伝わっていますか?」と聞くと、想像していた声の高さより3倍くらい高い声で、そして棒読みで「全くわかりません」と言う。僕は道を口頭で説明する事にした。タクシーが動き出す。アクセルの踏み方やブレーキの踏み方の強弱がすごく不安だった。
無言が続く。運転手さんの顔は見えなかったけど、眠ってしまったら怖いなと思い話しかける。
「元気ですか?」
さっきと同じ声で言う。
「元気じゃないですーー。」
「眠いですか? 何かありましたか?」
「うーんー。そうですねえーー。股間が弱くなりましたーー。」
僕は物凄く不思議な気持ちになって、10秒くらい無言になってしまったのだ。
出会って2分も経ってない相手に話す事なのだろうか。
自分が思ってることを言う、素直な方なのか。
僕が笑うと思って、言っているのか。色々な考え方ができる。
「あ、そうなのですか。なるほど。はい。えー。そういう機会とかはあるんですか?」
「彼女がいましてねえ、あるのですがやはり弱くなりました。お客さんは何歳ですか?」
「24です」
そう答えると、おじさんは、想像の5倍くらいの声で「わけーーーーー! じゃあ元気ですねーーー!」と叫んだ。
結構恐ろしい体験だと思う。
なんとか話題を変えようと、映画の話をする。
僕は、タクシーの運転手さんに好きな映画を聞くのが好きだ。
そして、それを家に帰って観るのだ。
おじさんの最近好きだった映画を聞くと『リトル・ミス・サンシャイン』と答えた。
どうやらDVDをネットで買って、家でたくさん映画を観ている人らしい。
(エンニオ・)モリコーネ(※)の話をしていると、
「あの映画は観ましたか? 私の大好きな映画なんです。あの、ほら、西部劇の」
「『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』ですか?」
またもや大きい声で「そう、それーーー!!」
「僕も大好きな映画です。」
涙が出た。
なぜか理由がわからず涙が出ることが嫌だ。
何に浸っているのだろうか。理由がわからない。
この何かわからない感情を覚えておこうとメモ帳に文を書いてる間に、涙が止まった。
僕はエドワード・ヤンの『ヤンヤン 夏の想い出』をお薦めした。
1週間後、『リトル・ミス・サンシャイン』を観た。
映画は、それぞれに問題を抱えている崩壊寸前の家族が、娘のオリーヴのミスコン大会に行くためにアリゾナからカルフォルニアまでミニバスで移動するロードムービーだ。
自分勝手で感情的な家族。
気持ちをそのままぶつけ合う愛情に、痺れた。
ミスコンの前日の夜、不安になったオリーヴはおじいちゃんに気持ちを打ち明ける。
「負け犬は嫌」
お父さんが負け犬にはなるなという言葉が口癖で、それで勝負に負けることが怖くなっているのだ。おじいちゃんは言う。
「負け犬とは、負けるのが怖くて挑戦しない奴らの事だ」
物語はここからとんでもない展開になり、ラストシーンまで、黄色のバスを団結して全速力で走らせる家族を観て、元気をもらった。
観ながら、先週のタクシーの運転手の事を考える。
家族はいたのだろうか。
彼女さんとはうまくやってるのだろうか。
この映画のどんな所が好きだったのだろうか。
僕はなぜ涙を流したのだろうか。
まだ分からないことが多いけど、多分僕と運転手さんは同じだと思ったのだろう。全く交わらない二人が一瞬だけすれ違って、“映画”という同じ好きなものがある。それで救われている。
その感情は、物凄く弱いものかもしれないが、僕は嬉しかった。
※:イタリアの作曲家。1961年以来、500作品以上という驚異的な数の映画とTV作品の音楽を手掛けた。代表作に『太陽の下の18才』『荒野の用心棒』『続・夕陽のガンマン』『シシリアン』『死刑台のメロディ』など。