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桃山商事のシネマで恋バナ 第6回

距離があるからうまくいく?
『ほつれる』に見る“半身”スタンスの功罪

桃山商事のシネマで恋バナ
1200人以上の恋愛相談を聞き、そこから見えてくる問題をコラムやPodcastなどで発信する「恋バナ収集ユニット 桃山商事」。メンバーの清田隆之さん、森田雄飛さん、ワッコさん(ときどき、佐藤さん)の3人が気になる映画をセレクトし、その作品から浮かび上がる恋愛やジェンダーの問題へ、自身の体験談も交えたおしゃべりを通して迫ります。
あなたの心に潜んでいるモヤモヤの正体を、桃山商事の皆さんと見つめてみませんか?
桃山商事
Momoyama Shoji
清田隆之、森田、ワッコ、佐藤を中心に活動するユニット。2001年の結成以来、人々の悩み相談や身の上話に耳を傾け、そこから見えるジェンダー、恋愛、人間関係、コミュニケーションなど様々な問題をコラムやPodcastで紹介している。著書に『生き抜くための恋愛相談』『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』『どうして男は恋人より男友達を優先しがちなのか』(すべてイースト・プレス)など。Podcast番組「桃山商事」「オトコの子育てよももやまばなし」も不定期更新中。

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※本稿にはセリフや展開にまつわる話も出てきますので、ネタバレを気にされる方はくれぐれもご注意くださいませ。

現実が破綻していくプロセスのスリリングさ

清田桃山商事の映画連載、今回は岸田國士戯曲賞や読売演劇大賞など、これまで演劇界の主要な賞を次々獲得し、2022年に発表した初監督作品『わたし達はおとな』も話題となった加藤拓也監督の『ほつれる』を取り上げたいと思います。これはワッコがセレクトしてくれた作品だけど、きっかけはどういう?

映画『ほつれる』本ビジュアル
©「ほつれる」製作委員会& COMME DES CINÉMAS

ワッコ本作には、加藤監督が主宰を務める「劇団た組」で2023年5月に上演された『綿子はもつれる』という舞台版的な位置づけの演劇作品があって、それを先に観ていたんです。舞台が原作というわけではないんですが、同じ人間関係、同じシチュエーションから二つの作品をつくるという試みとのことで、映画のほうも気になっていて。

清田それは確かにおもしろそう。舞台版も観たかったな。

ワッコ映画で文則を演じた田村健太郎さんが、舞台のほうでも別の役で出ていたんですが、映画とはまた違った魅力を放ってて最高でした(笑)。

森田この映画では“不倫”がひとつのテーマになっていて、主人公の綿子(門脇麦)は文則という夫がいながら、同じく既婚者である木村(染谷将太)と恋愛関係にある。そして、一泊でグランピング旅行した帰り道に木村が交通事故に遭ってしまい……という事件から始まるわけだけど、清田はどうだった?

映画『ほつれる』
©「ほつれる」製作委員会& COMME DES CINÉMAS

清田自分としては、現実が破綻していくプロセスのスリリングさが印象的だった。綿子は最初、親友である英梨(黒木華)と一緒という設定で木村と不倫旅行に出かけていたわけだよね。小田急のロマンスカーで遠方のキャンプ場に行って、グランピングを楽しんで次の日に帰る。何ごともなければおそらくバレることはなかったと思うけど、都内でじゃあねって別れた直後に交通事故が起きてしまった。

ワッコ綿子は倒れる木村を遠巻きに目撃するんだけど、救急車を呼びかけたものの途中で電話を切って立ち去るという……究極的なシチュエーションでしたよね。

清田助けを呼びたいのはやまやまだけど、それをやってしまうと後々「なぜそこにいたの?」って話になってしまいかねないわけだもんね。不倫してる人って、多かれ少なかれああやって現実に怪しまれない程度の嘘をまぶしながら時間を作ってるんだと思うけど、それは同時にジェンガの1ピースを抜いたら一瞬で崩壊するみたいな危ういバランスで成り立っている。バレないようにあえて絡み合わせておいた虚実がほどかれていくプロセスというか……もしかしたら『ほつれる』ってタイトルもそれに関係してるのかもなって。

ワッコわたしは英梨の存在が気になりました。彼女は木村の元同僚で、そこつながりで綿子と木村は出会っている。でも、英梨は綿子から不倫について知らされてないんですよね(おそらく気づいてはいたものの……)。そういう中で綿子にいろいろ振り回されていく英梨に超感情移入してしまって。

映画『ほつれる』
©「ほつれる」製作委員会& COMME DES CINÉMAS

森田いきなり山梨まで車を運転させられたり。

ワッコ不倫旅行の嘘設定に利用されたり、浮気を疑った夫と電話で話させられたり。さらにはサービスエリアでお茶してたとき、子どもの習いごとにまつわる悩みを話す英梨に対し、綿子は明らかにどうでもよさそうな反応だったりで……こっちの話は聞かないんかい!みたいな。わたしだったら「こいつ、まじ自分のことしか考えてねえな、くそ!」って気持ちになっちゃうと思うんですよね。

清田そっか。ワッコも去年、友人関係でいろいろつらいことがあったもんね……。

ワッコそうなんですよ! 何人かの女友達から恋愛の相談をされていたのですが、自分なりに真剣に考えてリアクションやアドバイスをしていたのに無視され、そうこうしている間に事態が最悪な感じになり……。友情関係に疲れてしまったので、綿子に付き合ってあげている英梨は偉いなーって余計に感じてしまったというか。

映画『ほつれる』
©「ほつれる」製作委員会& COMME DES CINÉMAS

文則のサイボーグみたいな詰め方

ワッコ森田さんはどうでしたか?

森田個人的には文則が印象的だった。綿子を問い詰めていくところとかモラハラみを感じるし、態度や振る舞いがちょっと気持ち悪くもあったんだけど……。

映画『ほつれる』
©「ほつれる」製作委員会& COMME DES CINÉMAS

ワッコ「とりあえず謝ろうか」とか、サイボーグみたいな詰め方もしてましたね(笑)。

森田あの一言は最高だった! とにかく田村さんの演技すごかったよね。その一方で、綿子に歩み寄ってるのに拒まれたり、約束していた不動産の内見をすっぽかされたりと、文則ってちょっとかわいそうでもあって。さらには自分が抱えている母親の過干渉という問題を言語化するところとか、「俺も正直離婚を考えたことあるよ」みたいに切り込んでいこうとするところとか、そこまで嫌いになれない感じもあったんだよね。内容だけ見ると、意外とサイボーグではないというか。

清田確かに。綿子から蔑ろにされたり、詰めてる途中で開き直られたり、キレてもおかしくなさそうな場面もたくさんあったけど、あくまで対話重視の姿勢だった。

森田詰め方に怖さはあったものの、「納得いくまで話そうよ」って、ちゃんとコミュニケーションを取ろうという意思は感じられたよね。

清田それで言うとさ、なんというか「リベラル夫の限界」みたいな問題も見えた気がする。暴力やモラハラに走ることなく、話し合いによって乗り越えていこうとする文則の姿勢は本当に大事だと思うけど、綿子のほうはすでに冷め切っていたじゃない? いくら理性的に振る舞い、粘り強くコミュニケーションを取ろうとしても、相手に関係を続けていこうというモチベーションがない状態だと、対話ってあんなにも空転するんだって、ちょっと恐ろしくもあったわ。

映画『ほつれる』
©「ほつれる」製作委員会& COMME DES CINÉMAS

ワッコ結局はエモが勝つ、みたいな。綿子は本当にどうでもいいと思っている感じでしたもんね。嘘のツメが甘かったり、詰め寄られたときも黙っちゃったり……文則ですら「もう少しちゃんと設定考えろよ」って感じでイライラしてたし。

清田そうそう。かと言って、木村に対する綿子の思いもそこまで熱いものには感じなかったんだよな……。いろいろリスクを冒して不倫してるわりに、熱量や説得力をもって描かれているわけではなかったというか、そこが不思議な手触りだったけど。

森田全体を通して秘密や嘘が幾重にも重なっていて、それが物語を駆動していくんだけど、テーマとしては「打ち明ける/打ち明けない」ということに焦点が当てられているように感じられた。嘘や秘密を抱える続けることの苦しみとか、誰かにそれを打ち明けたときのスッキリ感やカタルシスとか。それこそ綿子が英梨に不倫のことを話してなさそうなのもそうだし、木村の父・哲也(古館寛治)が不倫の関係に気づいたとき、綿子に対して「知らないふりをしておくのが気持ち悪い」「僕だけがこのことを抱えていたくはない」みたいに言ったシーンなんかも象徴的だなって。

映画『ほつれる』
©「ほつれる」製作委員会& COMME DES CINÉMAS

怖くて聞けなかったことが
タブーじゃなくなる瞬間

ワッコ綿子がSNSの裏アカウントで木村との匂わせ写真をアップしていたのもそのテーマに関係してそうですよね。

森田確かにそうだね。秘密が明るみになったあとなんかは、木村の妻・依子(安藤聖)と二人きりで会うシーンがあったし、結局は文則にもバレて、それまで隠してきたことをいろいろ打ち明けることになって。

映画『ほつれる』
©「ほつれる」製作委員会& COMME DES CINÉMAS

清田依子も文則も、綿子にとっては本来最も不倫の事実を隠さなきゃいけない相手だったわけだけど、そこから一転し、亡くなった木村について最も話せる存在になったところがすごかったよね。

森田多分、綿子は誰かに話したかったんだと思うんだよね。木村との日々とか、木村に対する思いとかって、不倫関係という「密室」にいたときは誰にも話せなかったわけだから。でもそれがタブーではなくなって、ドアが開いて解放された。文則は自分のことをよく知っているし、依子は木村のことをよく知っているから、話す相手としては実は一番手応えを感じられる人たちだよね。

映画『ほつれる』
©「ほつれる」製作委員会& COMME DES CINÉMAS

清田文則も「この際だから聞くけど」みたいなモードになってたよね。こういうさ、堤防が決壊した瞬間、それまでずっと気になってたけど怖くて聞けなかったことがタブーじゃなくなる感じって結構ある気がする。

ワッコそういう現象ありそうですよね。わたしも元カレの浮気が明るみになったあと、気になってたことをいろいろゴン詰めしたことがありました(笑)。でもまあ、その元カレは保身しか考えていない感じで話し合っても意味はないなって思ったんですが、綿子と文則の会話はもうちょっとぶっちゃけ感ありましたよね。「木村くんに会いたい」とも言ってたし。

清田文則の気持ちを想像するとちょっと複雑だけど、誰かに罪や秘密を思い切り打ち明けることの効果って、馬鹿にできないものがあるもんね。

森田案外、英梨に話せていなかったことが重要なのかも。友達に話すというガス抜き的なことができていたら、ああいう展開にはならなかったかもしれない。

映画『ほつれる』
©「ほつれる」製作委員会& COMME DES CINÉMAS

ワッコそれで言うと、本人にその意図はなかったとは思いますが、英梨の距離感は絶妙だなって思いました。ちゃんと付き合ってあげるけど、そこまでぐいぐい行くわけでもない感じというか。さっき女友達をめぐる受難の話をしましたが、わたしは「別れなよ」「絶対こうしたほうがいいよ」とか言っちゃうタイプで、英梨みたいなスタンスをなかなか取れなくて。それでモヤモヤを募らせて「人間関係を全部リセットしたい!」ってなっちゃうことがよくあるんですが、ああいう“半身感”のある態度のほうがいいのかもなって。

森田仲良しだし、ケアもするけど、スタンスは半身か……なるほど。

ワッコガンガンに打ち明けられて、こっちもガンガンに突っ込むみたいに、全身で向き合っていくと嫌なことしかないから、やっぱり半身ぐらいがセーフティーって説もあるんですよ。綿子が言っていた「不倫関係だったときのほうがいい人でいられる」みたいなことともつながってくると思うのですが。もっとも、半身は半身で孤独感につながるという問題もあって、そのバランスが難しいところだなって思いました。

清田我々のポッドキャストでも孤独についての話はたびたび出るもんね。孤独という切り口で映画を語ってみるのもおもしろいかも!

映画『ほつれる』
©「ほつれる」製作委員会& COMME DES CINÉMAS
BACK NUMBER
INFORMATION
『ほつれる』
監督・脚本:加藤拓也(『わたし達はおとな』)
出演:門脇麦 田村健太郎 染谷将太 黒木華 古舘寛治 安藤聖 佐藤ケイ 金子岳憲 秋元龍太朗 安川まり
音楽:石橋英子
製作:映画『ほつれる』製作委員会、コム・デ・シネマ
製作幹事:メ~テレ ビターズ・エンド
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
制作プロダクション:フィルムメイカーズ
配給:ビターズ・エンド
2023年/日本・フランス/カラー/1:1.37/DCP/5.1ch/84分

豪華版Blu-ray(2枚組)&通常版DVD 4月3日発売
Blu-ray 6,000円(税抜)、DVD 4,000円(税抜)
発売元:日活株式会社
販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング
©「ほつれる」製作委員会& COMME DES CINÉMAS
平穏に見えた日々が静かに揺らぎ始めるとき、彼女の目に映るものとはーー。
人とのつながり、人生の在り方を見つめ直していくひとりの人間の歩みを追う。

綿子と夫・文則の関係は冷め切っていた。綿子は友人の紹介で知り合った木村とも頻繁に会うようになっていたが、あるとき木村は綿子の目の前で事故に遭い、帰らぬ人となってしまう。心の支えとなっていた木村の死を受け入れることができないまま変わらぬ日常を過ごす綿子は、木村との思い出の地をたどっていく…。
PROFILE
桃山商事
Momoyama Shoji
清田隆之、森田、ワッコ、佐藤を中心に活動するユニット。2001年の結成以来、人々の悩み相談や身の上話に耳を傾け、そこから見えるジェンダー、恋愛、人間関係、コミュニケーションなど様々な問題をコラムやPodcastで紹介している。著書に『生き抜くための恋愛相談』『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』『どうして男は恋人より男友達を優先しがちなのか』(すべてイースト・プレス)など。Podcast番組「桃山商事」「オトコの子育てよももやまばなし」も不定期更新中。

ロゴデザイン/美山有
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