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映画を観るだけではなく、
家族でその世界を「体験」する
緑豊かな小山田緑地にもほど近い静かな住宅街に、「small Village」と書かれた真っ白な建物が並んでいます。ここは、町田市にある「しぜんの国保育園」。美術館やカフェのような佇まいの園舎からは、子どもたちだけではなく、保育者である大人たちの楽しそうな声も聞こえてきます。
その保育園から少し坂を下ると、見えてきたのは木々に囲まれた白いお家。心地よい鐘の音を鳴らしてドアを開けると、目の前に広がるのは、リビングの半分を占める大きなカウンターキッチン。その棚の一角に、DVD棚が並んでいました。
今回ご紹介するのは、「しぜんの国保育園」を運営する、社会福祉法人東香会の理事長・齋藤紘良さんと、町田にある「しぜんの国保育園 small village」の園長・齋藤美和さんご夫妻の、自宅兼アトリエにあるDVD棚です。なぜ「アトリエ」かというと、ふたりとも保育の仕事と両立しながら、また別の分野でも活動を行っており、この場所は家族が暮らす家であると同時に、その創作を生み出す場所でもあるからなのです。紘良さんは子どもから大人まで楽しむことができる“チルドレンミュージックバンド・COINN”などで活躍をする音楽家、美和さんは絵本の翻訳や子育てをテーマにした執筆活動などを行っておりここは時により人が集まる音楽スタジオや打ち合わせスペースになります。
キッチンの隣には書類やパソコンが置かれた仕事机、壁際の本棚には保育や教育に関する資料、小説や画集などが並び、紘良さんと息子の晴都くんが弾くというギターも立てかけられています。食べることや働くこと、大切な人とのおしゃべりや趣味を楽しむ時間、すべてに境界がなく、ひとつの日常として混ざり合っている。そんな齋藤家の暮らしが感じられる空間の一部に、DVDも並んでいました。
「私は、女の子のサクセスストーリーのような、女性が頑張る映画を観るのが昔から好きなんですけど、一方で、イギリスの湖水地方を延々と映しているような、ドキュメンタリーも好きなんです。息子が小さい頃は旅行に出ることも難しかったから、いろんな国の景色を映像で観ることで、家にいても、遠いどこかに気持ちを馳せることで心をリラックスさせていました」
棚を眺め、そう話してくれた美和さん。ロシア、ハンガリー、スウェーデン、アルゼンチン…背表紙のタイトルを追っているだけでも、世界各国を旅しているような気分になってくる齋藤家のDVD棚。キッチンカウンターの下という、まさに暮らしの中心に置かれているDVDたちは、家族の日常の中でどのような存在なのでしょうか?
「息子が小さい頃ここから選んだDVDの映像を無音状態で映して、自分たちの好きな音楽をその映像に合わせて流す、という遊びをしていました。最近では、『ヤノマミ〜奥アマゾン 原初の森に生きる〜』(2010)という、アマゾンの奥地で、一万年以上独自の文化を続けてきた部族の人たちを追ったドキュメンタリー映画に合わせて、電子音楽を流すのに僕がはまっていました。学生の頃から、僕はよく野球中継に合わせてクラシック音楽を流す、という遊びをしていたんです。音楽はすごく壮大で盛り上がる場面でも、その瞬間の試合は空振り三振していたり。そういうミスマッチな組み合わせをすることで、昔から知っていた映像や音楽も新しい視点で楽しむことができるし、自分が携わっている音楽創作にフィードバックできる時もあります」
小学生の息子・晴都くんと一緒に映画を観ることも多いと話す紘良さん。夢中になった歴代作品の多くは、アメリカの特撮映画監督、レイ・ハリーハウゼン製作による特撮映画『シンドバッド黄金の航海』(1974)や、安彦良和監督のロボットアニメーション『巨神ゴーグ』(1984)などの冒険活劇が多く、その度に、晴都くんは映画の世界に深く入り込んでいたと言います。そんな時、紘良さんがいつも大切にしていることがありました。
「映画の世界を体験することを、親子の楽しみとして大切にしています。親子で『ロード・オブ・ザ・リング』(2002)に夢中だった時は、魔法の杖を息子と僕で手作りしました。彼が山で拾ってきた木の枝がすごくいい形だったので、それをナイフで削って、ヤスリやオイルで磨いて、綺麗な水晶をはめたんです。水晶がよく外れるので、その度にボンドで直しながら遊んでいました。『スタンド・バイ・ミー』(1986)を観た時はツリーハウスがほしいと言われましたが、さすがにそれは作れなかったので、木材を買って、彼の好きな冒険活劇で主人公が持つことも多い剣を作りました」
手に持つとずしりとした木の重みがあり、プラスチックのおもちゃにはない風格と佇まいがある手作りの杖と剣は、10歳になった今でも晴都くんの宝物。映画から広がった空想の世界は、まだ続いているようです。
「材料を選んで、設計図を書いて、作ってる間もずっと映画のことを話したりできるし、そういう時間は大人も楽しいんです。“こうすればもっと本物に似てくるね”と工夫したり、壊れたら修理しながら遊んだり。映画の世界に浸っているから、大人も子どもも本気になりますね」
「小さな村」のような保育園
理念を支えた、大切な映画
齋藤ご夫妻が開くしぜんの国保育園は、保育者である大人も、スポーツや芸術、音楽など、自分の人生で培ってきた得意分野を活かして、目の前の子どもたちと真剣に向き合ってほしいという二人の想いが根底にあります。美和さんが園長をつとめる「町田しぜんの国保育園」は、2014年に新しく建て替えた新園舎となり、その時に「small Village」と名付けられました。「小さな村」を意味するその名前には、二人がずっと大切にしている、ひとつの映画につながる想いがありました。
「夫婦で一番たくさん観た映画は、『やかまし村の子どもたち』(1986)です。ラッセ・ハルストレム監督の撮り方も、子どもたちが演技に見えないほど自然体ですごく良いんです。3家族だけが住んでいる小さな村を舞台にした映画なんですけど、大人と子どもがお互いを必要とし関わり合いながら、緑豊かな環境の中でのびのびと暮らしている。僕たちは、この映画を観て、ここに描かれた小さな村のような保育園が作りたいと思いました」
紘良さんは、保育園を運営するお寺に生まれ育ち、その仕事を引き継ぎました。音楽学校を卒業してから保育の道へと進んだ紘良さんは、園歌を作詞作曲したり、親子で楽しめる音楽イベント「サウンド園庭」を保育園で開催したりと、まさに、自分の人生で培ってきた「音楽」という得意分野を活かして、子どもたちと向き合っています。
そして、紘良さんと結婚後に保育園で働き始めた美和さんも、子どもたちの保育記録や写真展の開催など、「編集者」として培ってきた視点を、保育の現場で活かしているのです。
2018年から、紘良さんが作り上げてきた保育園への想いを引き継ぐ形で、園長となった美和さん。その中で大切にしているのは、家族である夫への「探究心」だと言います。
「紘良さんは、保育や教育という視点だけではなく、地域の人たちと大切に積み重ねてきた文化や自然を活かしていたり、ヨーロッパの福祉を長い期間視察していたりと、様々な分野から影響を受けて、今の保育園を作ってきました。園で働いたり、子どもたちと接したりしていると、そういう想いの歴史を感じることができるし、私も園長としてそれを守っていきたい。だから、紘良さんがどんな文化に惹かれてきたのか、今はどんなことに興味を持っているのか、いつももっと知りたいと思っているんです」
「そういう時、彼の好きな映画やアニメーションを観ることが、ひとつのヒントになるんです。紘良さんは本だと、すごく難しい学術書のようなものを読んでいるので、私が読んで理解するまでに時間がかかってしまうけど、映画なら、そこには人生や物語が描かれているので、もっと気軽に観れるし、“今はこういう気持ちなんだ”と、感情の部分で理解することができるんです」
家族であり、理事長である紘良さんを知ることが、今自分が働いている職場や、保育園の子どもたちに向き合うことにもつながっていく。そのためのヒントが、このDVD棚には詰まっているのです。ここにまた新しいDVDが追加された時は、家族の新しい一面を、誰かが見つける時なのかもしれません。
最後に、すぐ近くにある保育園を、美和さんが見学させてくれました。「ここが私の通勤路なんです」と案内してくれたのは、自宅のそばに広がる雑木林。落ち葉を踏み、木々の間を抜けて坂を上って歩いていくと、「small Village」と書かれた真っ白な建物が見えてきました。
行き交う子どもたちと保育者の方々の表情、園内に飾られた切り絵や布を使った色とりどりの作品。そこからは、「こどもとおとなが自然にかかわり合う」日々の営みが見えてくるようで、ここに来るまでの緑豊かな雑木林も含め、映画『やかまし村の子どもたち』の世界を自然と思い出しました。
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