ちょうど、最終電車が過ぎた頃、友達の山内くんから電話がきた。
「今から、会わせたい人がいるから来て欲しい。」
「誰!?」
「シモダさんっておっさん!」
僕はまさに家に着いたばかりで少し行くかどうか考えた。だけど、最終電車が過ぎた時にこそ何かいい出会いがあるのだ。浪漫があるのだ。これは上京してから僕が学んだ事の一つでもある。僕はそう思い、スニーカーを履いて、もう一度外に出た。
呼ばれた居酒屋に着くと、山内くんとその正面には、何やらニコニコしたおっさんがいた。 僕はその日、シモダさんというおっさんの話を一晩中聞いて、涙が流れるほど笑い、感動した。
これが僕とシモダテツヤさんの出会いだ。
それから、僕らはよくお酒を飲むようになった。
最近『いまを生きる』(1989)という映画を見た。
ウェルトン・アカデミーという学校に、新学期から、英語教師ジョン・キーティング(ロビン・ウィリアムズ)が赴任してきた。厳しい規則のもと、過ごしてきた生徒達は、変わった授業をするキーティングに対して、最初は戸惑い、笑っていた。
ある日、キーティングは授業で、一人の生徒に教科書の詩の概論のページを朗読させた。そこには、「詩の完成度と詩の重要性の二つがわかれば、詩の偉大さはごく簡単に測れる」と書かれていた。
生徒が朗読を終えると、キーティングが「クソだ」と言う。
そして、「そのページを丸ごと破り捨てなさい。」「これは戦いだ。君たちの心と魂を懸けた。敵は学者ども。」と言う。そして生徒達はキーティングに感化されて概論のページを破り捨てるのだ。
大好きなシーンだ。
それから、キーティング先生の話を聞く生徒達の目はいつも輝いていた。
僕もシモダさんの話を聞く時、そんな生徒達と同じ目をしているのだと思う。
シモダさんは誰よりも、自分の話を楽しんでいる。その時の感情に戻ったかのように興奮していて、息はいつも荒い。それを一晩中聞くと、何冊も本を読んだ気になれる。いつも忘れてしまうのが怖くて、僕はトイレに行く度、メモをしていた。その、お酒のせいで訳の分からなくなったメモを次の日読むのが楽しい。
生徒達は、キーティング先生が、学生時代に夜な夜な洞穴に集まって詩を朗読しあう「死せる詩人の会」というものを開いていた事を知り、真似をしてそのクラブを再開させるのであった。
生徒達が真似する気持ちがよく分かる。僕もシモダさんの生き方に憧れて、真似をしたくなった事がある。
シモダさんがある夜に、親孝行について話してくれた事があった。父親が還暦を迎えた時に、近所のコンビニの前にリムジンでお迎えにあがり、温泉旅行に連れて行ったらしい。
「なんでリムジンなんですか?」と聞いたら、
「両親、リムジンに乗せたいやん」と言っていた。
シモダさんは、「色んな人にドッキリみたいな事をするのが楽しい。」と言っていた。シモダさんは誰かがビックリして笑っている顔が好きなんだと思う。
自分も、いつか両親にとんでもないサプライズをしよう。
僕には、シモダさんが、たまに世界平和の実現を願う革命軍の一人に見える瞬間がある。何を言ってるんだと思う人もいるだろうけれど、これは本当にそう思うんだ。
僕の友達に、最近色んな事を考え過ぎて少し落ち込んでいる人がいた。僕は、そんな彼にシモダさんと会って欲しくなって、紹介をした。
今でも、あの時の彼のみるみる変わっていく表情を覚えている。多分、僕と同じようにシモダさんと会って、衝撃を受けたのだと思う。次の日、彼は僕に、「凄い人だった。もっと色んな出会いを経験して、シモダさんにまた話してみたい。」と言っていた。
シモダさんといる人達はみんな、笑っている。きっと笑いというもので、気付かぬうちに、かなりの人達を救ってきたのだと思う。
僕も救われた1人だ。
書いてみたが、やはり、シモダさんのことを言葉で説明するのは難しい。
シモダさんと会っていると、死ぬまで思いっきり笑って生きたい、と思う。会うとエネルギーが湧いてくるし、いつも自分を鼓舞してくれる。
キーティング先生、もっと言えばこの作品からも同じエネルギーを感じる。
そして僕は、何かを伝えようとしている人の声が物凄く好きだ。
シモダさんとキーティングの声は、真っ直ぐで、勢いよく、僕の心臓に突き刺さる。
2人から、僕はいまを生きるエネルギーを感じるのだ。
まあ、エネルギーだのなんだのおいといて、簡単に言うと、今度はこのおっさんに僕の話で死ぬほど笑わせたいなと思うようになったのだ。
シモダさんは、10月から1年間ほど、タイに移住するらしい。
なんで移住するんですか? と聞いたところ、
「そりゃ、日本に居たいよー。けど、ずっとおもろいことしたいねんな。」と言っていた。
「一生ついていきます。」と、僕は思った。
シモダさんと一晩中飲んだ朝、こんな夢を見た事がある。
前を見ると、シモダさんが、笑いながら走っていた。僕も、笑いながら、追いつこうと必死に走る。周りには色んな人達がいて、その人達もみんな笑っていた。