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理想に追いつかずに大人になっていく。
そんな自分も受け入れなきゃ
― 夏帆さん演じた『ブルーアワーにぶっ飛ばす』の主人公・砂田は30歳のCMディレクター。箱田優子監督はこの脚本を書きながら、「幸せなのに、なぜかさみしい」と感じていたそうですね。
夏帆 : この映画の出演のお話をいただいた際、脚本と一緒に監督からお手紙をいただいたんです。そこには、なぜ砂田役を私に依頼したのかや、この作品で何を描きたいのかが綴られていました。その手紙を読んだ後に、脚本を読んで納得したんです。「10代から俳優という仕事に携わり、撮影時に27歳の私」だからこそ、この役を演じられる、私じゃないときっと演じられないと。
― 夏帆さんは、15歳のときに映画『天然コケッコー』(2007)で初主演されていますね。
夏帆 : この映画は過去の自分と今の自分が向き合う、時間の物語です。時が流れていってしまうことへの寂しさってありますよね。私が演じた砂田は、止められない時間のなかで、どんどん変化していく環境に心が追いつかなくて「この先、どうやって生きたらいいの?」と戸惑い悩んでいる女性でした。その姿は、この作品のオファーをいただいた27歳の私が抱える葛藤とすごく重なる部分があったんです
― それはどのような葛藤でしょう?
夏帆 : この世界に飛び込んでから、私は16年いまの仕事を続けています。子供から大人になっていく中で、10代の頃の自分にとらわれている私が、どこかでいました。そこを超えたいけれど、なかなか超えられなくてもがいていたり…。これからも仕事を続ける上で、そこを「どう乗り越えるのか」と悩んでいたタイミングでした。
― ちょうど、砂田の葛藤と、夏帆さんがシンクロしていたと。
夏帆 : 箱田監督からも「芝居からはみ出た夏帆の人間性を、この作品の中で観たい、感じたい」と言われました。だから、私が感じてきたことを、この役に反映できたらいいなと思って。砂田は箱田監督が投影された役でもあるけれど、私が自分自身をさらけ出した役でもあるんです。
― とはいえ、「自分をさらけ出す」ってとても難しいことだと思うのですが、怖くはなかったですか?
夏帆 : いきなり「自分をさらけ出してください!」と言われても、「えっ、どうしたらいいの?」と、その方法がわからなかったと思います。でも、今回は半年前から撮影の準備をしっかり進めてきました。撮影前に監督とは作品の話はもちろん、お互いが今何を思っているのかなど個人的な話も含めたくさんしました。
― 箱田監督が「全裸になっていく私に全裸で付き合ってくれた」とおしゃっています。撮影期間は12日間だったそうですが、準備期間も含めて濃密だったんですね。
夏帆 : 実質撮影していたのは11日間だったんです! 始まってしまったら駆け抜けるように終わって、気づいたら「もう、クラックアップか…」という感じでした。でも、短い期間だったからこそ、役者、スタッフとも、多くのコミュニケーションを丁寧に取ることができました。
夏帆 : 砂田の友人・清浦を演じた(シム・)ウンギョンちゃんとも、撮影前に食事をしたり、話したりする機会をたくさん作っていただきましたし。現場に入る頃には、砂田を演じるための関係性が築き上げられていました。
― シムさんが演じた清浦は、「『アナと雪の女王』でいうオラフ」とシムさんは捉えたそうです。砂田にとっての清浦は、現実世界と折り合うための手段のひとつでもあると。箱田監督は、「物語が具体的になってくると、己と向き合わなければならず、辛かった」と語っています。
夏帆 : 脚本の時点で、監督が“人には見せたくない”部分や“知られたくない”部分を美化せず表現していたので、「だったら、私もやるしかない」って。「舞台は完全に整えたから、夏帆さんどうぞ!」という環境だったから、私も「自分をさらけだすしかない! 」と腹をくくる部分がありましたね。
仲のいい友達がこの作品を観て「夏帆の根底にある、表には出さない迷いとか葛藤とかが、すごく出ていた」と言ってくれて。もちろん、お芝居をしていると自分の持っているものが役に滲み出るものだと思いますが、ここまで等身大の自分が役に出たのは、初めてなんじゃないかな。
― 等身大の夏帆さんが、砂田にあらわれていると。
夏帆 : でも、この作品ができあがってスクリーンで観たとき、箱田さんっぽいし、私っぽいし、そのどちらでもないって感じました。だから、観た人が自分を重ね合わせられる“みんなの物語”になったのだと思っているんです。
夏帆の「心の一本」の映画
― 砂田にとっての清浦のように、夏帆さんにとって自分だけでは見えなかった自身や周りの風景が見えるようになった出会いはありますか?
夏帆 : この映画とこの役に出会ったことかもしれませんね。大きく変わったかどうかは、まだわからないけれど、自分に変化をもたらしたことは間違いありません。
― どんな変化でしょうか?
夏帆 : 映画のラストで砂田は「こんな大人になりたい」「こんな風に生きていたい」という憧れに別れを告げ、進んでいきます。そういう彼女を演じながら、私自身も励まされていたんです。
色々と理想はある。でも、昔思い描いていたようにはなれていない…そういう自分も全部受け入れて、私も砂田みたいにカッコ悪くてもダサくてもいいから、前を向いて歩いて行ければいいなって思えるようになりました。
― 映画を通して等身大の自分を受け入れた今、思うことはありますか?
夏帆 : 次、何をしようかな、って思いました(笑)。どんな作品に出会えるのかな、って。こういう大きな変化をいただけた後の作品は、どんな作品に携わればいいのか難しく考えてしまう面もあるけれど、この映画と出会えたからこそ、経験を次に繋げていきたいなと考えています。
― 最後に、夏帆さんの心の一本の映画を教えてください。
夏帆 : 難しいな…、映画は好きでよく観るんですけど…。あ、10代の頃に観た『17歳のカルテ』(1999)は当時衝撃を受けた記憶があります。
― ウィノナ・ライダーやアンジェリーナ・ジョリー、若手俳優二人の競演が注目された作品ですね。精神療養施設を舞台に、心の病を抱えた少女たちの人間模様から、10代が抱える様々な不安を描いています。
夏帆 : とにかく「は!」って衝撃を受けた作品でした。登場人物に自分自身を投影したわけではないのですが、揺れ動く感情が繊細に描かれていて…役者のエネルギーがすごく伝わってくる。何度も観返している映画ですね。
― 普段からよく映画を観られるということですが、どんな時に観たくなりますか?
夏帆 : 私は映画館で観ることが多いのですが、ちょうど最近「登場人物の人生を疑似体験できる映画ってすごい!」と、映画館からの帰り道で感じたところなんです(笑)。私自身はその物語を生きているわけじゃないのに、登場人物たちの人生が自分の中に入ってくるというか。
いい作品を観たあとに、すごくいい気分で帰れることも映画の素敵なところだと思います。観終わると自分の心が豊かになるような気分になって、少なからず人生に影響を受ける。「いつもの日常が違ってみえる」体験を、簡単にできる映画ってすごい存在ですよね。