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cineca 土谷未央のバースデーケーキショップ vol.6

黒と白のバースデーケーキ
『ベンジャミン・バトン』

cineca’s バースデーケーキショップ
映画を題材に物語性のある菓子を制作する菓子作家「cineca」の土谷未央(つちや・みお)さんが、独自の視点でセレクトし、誰にでもある誕生日という特別な日に、様々な意味をもって映画に登場するバースデーケーキを紹介します。「味わってみたい!」と思ったら、文末のお店情報をチェックしてみてください。
菓子作家
土谷未央
Mio Tsuchiya
東京都生まれ。グラフィックデザインの職に就いたのちに都内製菓学校で製菓を学ぶ。2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作する「cineca」を創める。製菓において、日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法をオリジナルのものとする。2017年頃からは企画や菓子監修、アートワーク制作、執筆業なども手がける。2022年春には、間が表象する造形、概念に焦点をあてた「あわいもん」を立ち上げ、店主として製菓と店づくりを行う。著書に『She watches films. She tastes films.』(aptp books)、『空気のお菓子』(BON BOOK)。
Instagram: @cineca

最初と最後の誕生日

cineca 土谷未央のバースデーケーキショップ

年齢を重ねれば重ねるほど愛おしくなる映画がある。
若い頃はあんなに夢中だったのに、今はもう同じような気持ちで観られなくなってしまった映画も数多くある中、私の成長に付き合ってくれるかのように、いくつになって観ても新しく心に響く作品というのは、なかなか稀有なもので。映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』もそんな映画の一つとして、私のそばに置いている。

映画の主人公は、老人のように皺だらけの見た目というだけでなく、白内障や難聴などの疾患を数多く持ってこの世に生を受けたベンジャミンという白人男性。老人のような姿で産まれたベンジャミンは、まるで時計が逆さまに時を刻むかのように月日とともに若返ってゆく運命だ。

あまりに醜悪な見た目の赤ん坊に恐れを感じたベンジャミンの父親は、老人施設の玄関前に毛布と18ドルと共に子供を捨ててしまう。そんなベンジャミンを拾ったのは、施設を切り盛りするクイニーというアフリカ系アメリカ人の女性。子供が産めない体と言われ、自分の子供を持つことを諦めていた彼女は、ベンジャミンを自分の子供として育てていくことを決める。

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人生の黄昏時を迎えた老人たちと共に育ったベンジャミンは、若さゆえの悩みや諍いや欲とは無縁に、沈む夕日やお風呂の湯加減を穏やかに楽しむ日々を過ごしていた。死が迎えに来ては、新しい人が訪れる、人の循環の早いその施設では、しょっちゅう誰かの誕生日が祝われている。そこで登場するバースデーケーキは、大きなホールのチョコレートケーキに蝋燭を一本立てることがお決まり。飾り気はないけれど美味しそうなあのケーキは、クイニーが焼いたものなのだろうか。私はこのシーンを見るたびにケーキの作り手について想いを馳せるのが好きだ。

ある年の感謝祭の日、入所者の孫娘デイジーと12歳のベンジャミンは運命的な出会いを果たす。デイジーの美しい赤毛と青い瞳にとらわれたベンジャミンと、ベンジャミンの風変わりな人生に強く惹かれたデイジーは、お互いに無二の出会いを実感しながらも多くのすれ違いを重ね、何年も経ってようやく結ばれて家族になる。授かった一人娘が一歳になったときには、友人家族をたくさん招き、誕生日パーティーを開催。そこで振る舞われたバースデーケーキは、2段に重ねられて、てっぺんにはバレリーナがちょこんと飾られた可愛らしい白いクリームのケーキだった。三人家族としての生活はいよいよこれから始まるはずだったが、若返っていく運命を抱えた自分に父親が務まらないことを恐れたベンジャミンは、二人の前から姿を消してしまう。

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デイジーとベンジャミンの関係は、誰もが羨むような巡り合わせの糸が見えるものであるにも関わらず、常にさびしさとせつなさが付き纏う。ベンジャミンにとっても、そばにいるデイジーにとっても、一緒に歳を重ねられない二人が過ごす時間は、喜びであると同時に苦しみでもあるからだろう。
遠くから家族を想うことを決めたベンジャミンにとっての支えは、幼き頃に出会った人が教えてくれた「人は誰でも皆 孤独」という考えなのかもしれない。誰かに寄り添って生きられない彼は、その孤独を埋めるように、さまざまな価値観に触れ、新しい驚きを求めて、世界中を旅した。旅の行き着く先には、皆と同じ死という孤独があることをお守りにして。

『ベンジャミン・バトン』には2度ほど誕生日会が描かれる。それぞれの会で振る舞われた、チョコレートケーキと白いクリームのケーキ。それはまるで、白人の入所者ばかりの老人施設でクイニーに育てられたベンジャミンを語るもののように私は思える。2種類のケーキを食べたベンジャミンは、どちらの方がおいしかったなんて野暮なことは言わない。その代わりに、黒でも白でもない、どの色にも染まらない生き方を見せてくれる。彼の人生は孤独だけれど優しく、この映画を観る人の心にそっと寄り添うように描かれるのだ。大きな悲しみを誇りに変える勇気について語りながら。

cineca 土谷未央のバースデーケーキショップ

◯今回ご紹介したバースデーケーキ:
「グーテ・ド・ママン」のチョコレートケーキ・ベークドチーズケーキ

cineca 土谷未央のバースデーケーキショップ

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おまけの話

「グーテ・ド・ママン」は、「母のおやつ」という意味。美味しいお菓子を子供に食べさせてあげたいという、まるで母の気持ちを代弁するような、シンプルで素直な毎日でも食べたい味のグーテ・ド・ママンのケーキたち。いろいろなことに疲れてしまったときは、グーテ・ド・ママンのホームページを開いて、チョコレートケーキを注文する。それはもうびっくりするくらい無意識に。

5mmくらいの厚さのちょうどよく柔らかいチョコレートのガナッシュにフォークをきゅっと差し込んでパクッと口に含むと、その控えめな甘さが、一気に疲れを吹き飛ばす。そして、さあまたがんばろうという気持ちにさせてくれるから不思議なものだ。私は何度もこのケーキに助けられた。

私が住む街にもこんな味のケーキをつくるお店があったらいいのにと、何度思ったことだろう。グーテ・ド・ママンはうちからはすこし遠いから、足を運んだのは2回ほど。だけど、チルド便で大切に届いたそのケーキの箱にかけられたリボンを解くときは、いつも、お店の扉へ向かうあの小さな階段を登る気持ちになっている。

そうそう、すっかり忘れていましたが、黒いチョコレートケーキとほとんど同じ大きさ、重さの白いチーズケーキも開店当時から愛されるこのお店の看板メニューの一つ。こちらは冬だけに味わえるケーキですが、2つ一緒に購入して、黒と白を行き来させながら味わうこともまたおすすめなのです。

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「チョコレートケーキ」
¥2,250+税(税込¥2,430)/本(箱入り)
「ベークドチーズケーキ」<冬季限定>
¥2,250+税(税込¥2,430)/本(箱入り)
開店した1983年から続く定番人気商品で、シンプルだからこそ素材の味がしっかり伝わる一品。リボンとレースペーパーでラッピングされた白く細長い箱に心躍る。店頭では1ピースから購入可能。
また、マドレーヌやクッキーなどの焼き菓子のほか、犬用のおやつのケーキやクッキーも作られている。

◯店舗情報

グーテ・ド・ママン
グーテ・ド・ママン
グーテ・ド・ママン
外観
cineca 土谷未央のバースデーケーキショップ
チョコレートケーキ、ベークドチーズケーキのラッピング
▽「グーテ・ド・ママン」
住所:東京都港区三田2-17-29 グランデ三田1F
電話番号:03-3456-3205
営業時間:11:00~19:00
定休日:日曜日、月曜不定休

※2023年2月時点での情報です。
※新型コロナウイルス感染拡大により、営業時間・定休日が記載と異なる場合がございます。ご来店時は事前に店舗にご確認ください。

◯『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(字幕版)をAmazon Prime Videoで観る【30日間無料】

FEATURED FILM
監督:デビッド・フィンチャー
出演:ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、タラジ・P・ヘンソン、ジュリア・オーモンド、ジェイソン・フレミング、ティルダ・スウィントン
一生に一度の出逢い― 生涯、心に残る感動作の誕生。
それは、80歳で生まれ、年を取るごとに若返っていく数奇な運命の下に生まれた、ベンジャミン・バトンの物語。
一瞬、一瞬を、大切に生きていますか―?
全ての出逢いを、胸に刻んでいますか―?
これは、そうせずには生きていけない、特別な人生を送った男の物語。彼の名は、ベンジャミン・バトン。80歳で生まれ、若返っていった男。20世紀から21世紀にかけて、変わりゆく世界を旅した男。どれだけ心を通わせても、どれほど深く愛しても、出逢った人々と、同じ歳月を共に生きることができない、その運命。
―それでも、人生は素晴らしい―
主演はブラッド・ピットとケイト・ブランシェット。「グレート・ギャッツビー」のF・スコット・フィッツジェラルドの短編小説を『セブン』『ファイト・クラブ』のデビッド・フィンチャー監督が映画化。
あなたも、ベンジャミンの瞳で世界を見れば、人生を愛さずにはいられない。
PROFILE
菓子作家
土谷未央
Mio Tsuchiya
東京都生まれ。グラフィックデザインの職に就いたのちに都内製菓学校で製菓を学ぶ。2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を制作する「cineca」を創める。製菓において、日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込む手法をオリジナルのものとする。2017年頃からは企画や菓子監修、アートワーク制作、執筆業なども手がける。2022年春には、間が表象する造形、概念に焦点をあてた「あわいもん」を立ち上げ、店主として製菓と店づくりを行う。著書に『She watches films. She tastes films.』(aptp books)、『空気のお菓子』(BON BOOK)。
Instagram: @cineca
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