夏が来るのがわかる。それをいつも感じるのは梅雨だ。夏が来る前にはいつも雨が降る。
僕は、雨がそんなに好きではない。毎年、梅雨の時期になると、何処からともなくやってくる不安のせいで気持ちが落ちてしまい、部屋から出たくなくなる。しかし、今年は違った。今年の梅雨は僕の今までの人生の中で一番役者の仕事をしていた。雨なんて気にしてなかった。外に出て、仕事に行ける事が幸せでしょうがなかった。。
夏が来るのがわかる
仕事がひと段落して、映画を借りに近所のDVDレンタルショップに行った。
借りる映画は、ほとんどラブストーリーだった。夏になると、ラブストーリーが見たくなる。僕だってたまには、いわゆる‥‥胸キュンがしたいのだ。どこかで、胸キュンというものは学生時代特有のものだと思ってしまっていて、21歳になった僕は胸キュンの存在を既に忘れかけている。今の僕がたまに感じる胸キュンは、電車の中とかで学生時代に好きだった女の子のシャンプーの匂いとか、柔軟剤の匂いに遭遇する時だけだ。
しかし、その胸キュンは、持続性が全くない。2秒後には、その胸キュンは、最悪の虚無感に変わるのだ。(まあその虚無感も結構好きなのだが)
やはり、気持ちのいい胸キュンがしたい。
だからこそ僕は夏になると作品に救いを求めるのだ。
久しぶりに、借りてきた『ゴースト/ニューヨークの幻』を観ようと思った。
なんと言ってもモリー・ジェンセン役のデミ・ムーアがめちゃくちゃ可愛い。
まあ正直、ショートカットのデミ・ムーアに再会したくなったから、この映画を選んだ節もある。
映画を観ようとしたその時、家のインターホンが鳴った。
ああ、そうだった。今日は西尾君が家に来るんだった。
西尾君とは高校の同級生で、今は東京で鍼灸師をやっている友達だ。
最近、僕は立ち上がるのにもうめき声を出さなければ立てないくらいに腰を痛めていた。
そんな時、西尾君の顔が浮かんで4日前に連絡していたのだ。
部屋に入ってくる西尾君に「今日だったっけ?こっちはラブストーリーモードなんだぞ!」と言うと「お前が呼んだんだろ!」と正論を言われ、マッサージをしてもらった。
西尾君のマッサージは本当に凄くて、腰の痛みなんてすぐに消えていった。「ありがとう。楽になったよ」と伝えると嬉しそうに、「いつでも呼んでな!」と言っていた。
それから、なかなか西尾君は帰ってくれなくて、結局2人で『ゴースト/ニューヨークの幻』を観た。
西尾君とは高校時代に『LIFE!/ライフ』という映画を、地元の小さな映画館に観に行った事があるのだが、あの時は最悪だった。映画の中で何か起こる度に「ヒロト、やばくね?」「これってどういう事?」などと小声で話しかけてくる。集中なんてできたもんじゃない。今回はデミ・ムーアと久しぶりの再会なのだ。「一言も口を開かないでくれ!」としっかり念を押した。
モリーは、銀行で働く恋人のサムと幸せに暮らしていた。2人は結婚目前だったのだが、ある夜、強盗に襲われサムは亡くなってしまう。亡くなったサムはゴーストとなって、モリーに会いに行く。しかし、もちろんモリーにはサムの姿が見えない。そんな時、サムはモリーに危険が近付いてるのを知る。サムは、自分が殺されたのが、親友でもあったカールの計画だったと知る。
サムは、なぜか自分の声が聞こえるインチキ霊媒師のオダメイと協力して、モリーに「危険が迫ってる」と伝言を伝えるが、信じてもらえるはずがなかった。モリーが呆れてその場を去って行こうとする時、サムはオダメイに「『愛してる!』と言ってくれ!」と言う。言われた通りに、オダメイはモリーに「愛してる!」と伝えるが「彼は愛してるなんて言わないわ」と言われてしまう。焦ったサムは自分の口癖である「同じく」という言葉を言ってくれとオダメイに頼む。その言葉を聞いて、モリーはやっとゴーストになったサムの存在を信じたのであった。素晴らしいシーンだ。
僕の場合どうだろう。自分の口癖を考えたところ、テレビドラマ『野ブタ。をプロデュース』に憧れてよく使っている「まじのすけ?」しかない気がする。オダメイに「『まじのすけ!』と言ってくれ」と言うのも恥ずかしいし、まじのすけに反応した彼女が僕の存在に気付くなんて、なんともロマンティックではない。新たなロマンティックな口癖を考えようと思う。
映画を観終わった後、最初に思ったのは「めっちゃ陶芸したい」だった。
モリーとサムが夜な夜な2人で指を絡め合いながら陶芸をするシーンがあるのだが、本当に最高。これを見て陶芸を始めた人だって絶対にいるはずだ。僕は普段から手汗の量がひどいのだが、夏になるとそれが5倍くらいになる。だから夏に女の子と手を繋ぐなんてのは、緊張含め、手汗が普段の10倍くらいになる。しかし、女の子と陶芸をすれば、そのベチョベチョが手汗なのか土なのか分からなくなるだろう。だけど、まあ普通に考えたら陶芸セットが家にある人なんて陶芸家の方しかいないから、いつかもし陶芸家の彼女が出来たらゴーストの名シーンを再現しようと思う。
この映画はやはり、素晴らしい映画だ。僕にも、いつかこんなに人を愛せる時が来るのだろうか。そんな人に出会えるのだろうか。そんな事を考えれば、胸が苦しくなる。
胸キュンだ。これが胸キュンだ!!
と思ったら、ラストシーンでもあるライチャス・ブラザーズ「Unchained Melody」が流れてくる1番いいシーンのところで、隣にいる西尾君のスピースピーという鼻息がうるさくて胸キュンどころではなくなってしまった。
やはり、この映画は男2人で見るのもではないと確信した。
消えていってしまった。さようなら。僕の胸キュン。
六畳の僕の部屋には、西尾君の鼻息だけが残っていた。