PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

生島淳の映画と世界をあるいてみれば vol.4

政治とジャーナリズムの街、ワシントンDCが舞台の映画たち。展開されるドラマは、最高のエンタテイメント!

(スポーツジャーナリストとして活躍する生島淳さんが、「映画」を「街」と「スポーツ」からひもときます。洋画のシーンに登場する、街ごとの歴史やカルチャー、スポーツの意味を知ると、映画がもっとおもしろくなる! 生島さんを取材した連載「DVD棚、見せてください。」はこちら。)
スポーツジャーナリスト
生島淳
Jun Ikushima
1967年生まれ、宮城県気仙沼市出身。早稲田大学社会科学部卒業。スポーツジャーナリストとしてラグビー、駅伝、野球を中心に、国内から国外スポーツまで旬の話題を幅広く掘り下げる。歌舞伎や神田松之丞など、日本の伝統芸能にも造詣が深い。著書に『エディー・ウォーズ』『エディー・ジョーンズとの対話 コーチングとは信じること」』『気仙沼に消えた姉を追って』(文藝春秋)、『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』(文春文庫)、『箱根駅伝』『箱根駅伝 新ブランド校の時代』(幻冬舎新書)、『箱根駅伝 勝利の方程式』(講談社+α文庫)、『どんな男になんねん 関西学院大アメリカンフットボール部 鳥内流「人の育て方」』(ベースボール・マガジン社)など多数。

はじめてアメリカの土を踏んだ土地は、ワシントンDCだった。
大学の卒業旅行先に選んだのはワシントン、ボストン、ニューヨークという東海岸の3都市だったが(2月の寒い時期に、東部に旅行に行くのは決して賢明な選択とはいえない)、旅は始まりからトラブルが続出、サンフランシスコからワシントンの乗継便が、なんと5時間も遅延してしまった。
いまのように空港で暇をつぶす策を知るわけでもなく、時差ボケに苦しみながら、アメリカの首都に到着したのは夜中の2時過ぎだった。

「こんな遅くまでご苦労なことです」

そういって歓迎してくれたのは、現地ガイドのイトウさんだった。ユーモアがにじむ関西弁がいまも耳に残るが、ホテルにチェックインした後も、バスルームの扉を開けっぱなしにしてシャワーを浴びたら、室内の煙探知機が作動してひと騒動。
どうやら「トラブル・トラベラー」の素質は最初から備わっていたようである。

翌朝、睡眠もそこそこにワシントン観光に出かけたが、ひと言でいえば「威厳」があふれる街だった。
まずは、ホワイトハウスから観光をスタート。基本は外から眺めるだけだが、ビジターセンターで過去の大統領の業績をまとめた本を買い、30年経ったいまも大切に保存してある。
それから「キャピトル・ヒル」と呼ばれる国会議事堂、ワシントン・モニュメント(ここは『フォレスト・ガンプ』〈1994〉では、ベトナム帰りのガンプと、幼馴染のジェニーが再会する場所だ)などを見学した。
そして、私がもっとも訪れたかった場所は、アーリントン国立墓地である。ワシントンから地下鉄に乗ってバージニア州に出向く。ここにはJFKこと、1963年に暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領の墓がある。
「永遠の炎」と呼ばれる火に見守られながら、ケネディの墓はある。手を合わせるのは場違いかとは思ったが、合掌をして冥福を祈った。
海外旅行といえば、名所旧跡を訪ねては気持ちを高ぶらせることが多いのだが、私ははじめての海外旅行で、荘厳なケネディ大統領の墓を前にして、とても厳粛な気持ちになった。海外でこういう心持ちになるのは、とても大切な気がする。
私が手を合わせたのは1990年のことなので、そのころはケネディ大統領夫人、「ジャッキー」こと、ジャクリーンはまだ存命中だった。
1994年、ジャッキーが亡くなると、JFKの隣に葬られることになった。

また、墓地のそばには星条旗を建てんとする「硫黄島メモリアル」の海兵隊員の銅像があり、日本人としてはいささか複雑な気持ちになった。とても、記念撮影するような場所ではない。
アーリントン国立墓地には、アメリカという若い国家の激しい歴史が凝縮されている気がした。

JFKを演じた俳優は数あれど、いちばんJFKっぽかったのは、『13デイズ』(2000)のブルース・グリーンウッドだ。 洒脱で、早口なJFK。
ぴったりの配役だったが、昨今の彼は政治映画には欠かせないバイ・プレーヤーになり、2017年にはウォーターゲート事件の情報ソース「ディープ・スロート」を描いた『ザ・シークレットマン』(2017)で「タイム」誌の記者、さらにはワシントン・ポストを舞台にしたスティーヴン・スピルバーグ監督の『ペンタゴン・ペーパーズ』(2017)では、国防長官ロバート・マクナマラを演じている。

「ザ・シークレットマン」+©2017 Felt Film Holdings, LLC 

ワシントンを舞台にした映画、ドラマは傑作ぞろいといってよく、テレビの連続シリーズとしては、『ザ・ホワイトハウス』が大統領執務室内の意思決定プロセスを丹念に描き、『ハウス・オブ・カード』は政治の裏表をダイナミックに表現していた。 映画ではロバート・レッドフォード、ダスティン・ホフマンの『大統領の陰謀』(1976)や、ブッシュ政権下で副大統領を務めたディック・チェイニーを描いた『バイス』(2018)がアメリカで公開されたばかりだ。

こうして眺めてみると、自分がいかにアメリカの政治やジャーナリズムに魅せられてきたかを改めて感じる。
1974年、ニクソン大統領はウォーターゲート事件の責任を取って辞任、その影響は長く続き、私が学生時代を過ごした1980年代は、ジャーナリズムの力が信じられていた。
私はワシントン観光の最終日に、大統領辞任のきっかけとなったウォーターゲート・ホテルとワシントン・ポストを見学に行ったほどだが、時を経て、映画館で『ペンタゴン・ペーパーズ』を観てもっとも美しいと感じたのは、巨大な輪転機が回り、新聞が次々に印刷されていくシーンだった。
ワシントンは政治の街であるが、私にとってはジャーナリズムの象徴の街でもある。

そしてワシントンはスポーツの街でもある。
『ザ・シークレットマン』を観ていたら、ラジオのニュースで流れてくるのが、メジャーリーグのニュースだった。
リーアム・ニーソン扮する主人公が「タイム」誌の記者と待ち合わせしたダイナーでは、当時、ボルチモア・オリオールズの大スターだったブルックス・ロビンソンのニュースが流れる。
そして映画の中盤では、不振に喘いでいたフィラデルフィア・フィリーズの新監督に、ダニー・オザークが就任したというニュースがラジオから流れてくる。
この時代、首都ワシントンにはアイスホッケー、バスケットボール、アメリカンフットボールのプロチームはフランチャイズを置いていたが、野球については空白地帯だったので、近隣のオリオールズとフィリーズのニュースが流れていたわけである。
しかし2005年、首都に球音が戻ってきた。
ワシントン・ナショナルズが誕生し、当初は「RFKスタジアム」を本拠地にした。RFKとはJFKの弟で、1968年の大統領予備選挙の最中に凶弾に倒れたロバート・ケネディの名を冠にした球場だった。
数年前、私はスプリングトレーニングの取材で、ナショナルズの選手たちに話を聞いた。
自分の「アメリカ歴」がスタートした街の選手にインタビューするのは、なんだかとてもうれしい気がした。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督・脚本・製作:ピーター・ランデズマン
原作・共同製作:ジョン・D・オコナー
製作:リドリー・スコット
出演:リーアム・ニーソン、ダイアン・レイン、トム・サイズモア、マイカ・モンロー、トニー・ゴールドウィン
発売元:クロックワークス
販売元:松竹
©2017 Felt Film Holdings, LLC
アメリカ合衆国の歴史上初めて任期途中で辞任に追い込まれたリチャード・ニクソン大統領。その引き金となった=ウォーターゲート事件の全容を白日の元に晒し、「ディープ・スロート」と呼ばれた謎の内部告発者がいた。世界中で憶測と関心を呼び、30年以上に渡り正体が謎とされたその人物は、なんと「FBI捜査官の鑑」とまで称賛された当時のFBI副長官マーク・フェルトだった! 最高権力者=合衆国大統領を敵に回し、孤独な戦いを挑んだ一人の男の姿を、圧倒的な緊迫感とともに描きだす。フェルトを演じるのは主演最新作『トレイン・ミッション』も大ヒットのアクションスター、リーアム・ニーソン。妻オードリーには、代表作『運命の女』でアカデミー賞ほか錚々たる映画賞で主演女優賞ノミネートを総ナメにした名女優ダイアン・レイン。監督・脚本は『パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間』などで実録映画に定評のある俊英ピーター・ランデズマン。そして共同製作にリドリー・スコット、製作プロダクションにスコット率いるスコット・フリー・プロダクションが名を連ねている。
PROFILE
スポーツジャーナリスト
生島淳
Jun Ikushima
1967年生まれ、宮城県気仙沼市出身。早稲田大学社会科学部卒業。スポーツジャーナリストとしてラグビー、駅伝、野球を中心に、国内から国外スポーツまで旬の話題を幅広く掘り下げる。歌舞伎や神田松之丞など、日本の伝統芸能にも造詣が深い。著書に『エディー・ウォーズ』『エディー・ジョーンズとの対話 コーチングとは信じること」』『気仙沼に消えた姉を追って』(文藝春秋)、『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』(文春文庫)、『箱根駅伝』『箱根駅伝 新ブランド校の時代』(幻冬舎新書)、『箱根駅伝 勝利の方程式』(講談社+α文庫)、『どんな男になんねん 関西学院大アメリカンフットボール部 鳥内流「人の育て方」』(ベースボール・マガジン社)など多数。
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