はじめてアメリカの土を踏んだ土地は、ワシントンDCだった。
大学の卒業旅行先に選んだのはワシントン、ボストン、ニューヨークという東海岸の3都市だったが(2月の寒い時期に、東部に旅行に行くのは決して賢明な選択とはいえない)、旅は始まりからトラブルが続出、サンフランシスコからワシントンの乗継便が、なんと5時間も遅延してしまった。
いまのように空港で暇をつぶす策を知るわけでもなく、時差ボケに苦しみながら、アメリカの首都に到着したのは夜中の2時過ぎだった。
「こんな遅くまでご苦労なことです」
そういって歓迎してくれたのは、現地ガイドのイトウさんだった。ユーモアがにじむ関西弁がいまも耳に残るが、ホテルにチェックインした後も、バスルームの扉を開けっぱなしにしてシャワーを浴びたら、室内の煙探知機が作動してひと騒動。
どうやら「トラブル・トラベラー」の素質は最初から備わっていたようである。
翌朝、睡眠もそこそこにワシントン観光に出かけたが、ひと言でいえば「威厳」があふれる街だった。
まずは、ホワイトハウスから観光をスタート。基本は外から眺めるだけだが、ビジターセンターで過去の大統領の業績をまとめた本を買い、30年経ったいまも大切に保存してある。
それから「キャピトル・ヒル」と呼ばれる国会議事堂、ワシントン・モニュメント(ここは『フォレスト・ガンプ』〈1994〉では、ベトナム帰りのガンプと、幼馴染のジェニーが再会する場所だ)などを見学した。
そして、私がもっとも訪れたかった場所は、アーリントン国立墓地である。ワシントンから地下鉄に乗ってバージニア州に出向く。ここにはJFKこと、1963年に暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領の墓がある。
「永遠の炎」と呼ばれる火に見守られながら、ケネディの墓はある。手を合わせるのは場違いかとは思ったが、合掌をして冥福を祈った。
海外旅行といえば、名所旧跡を訪ねては気持ちを高ぶらせることが多いのだが、私ははじめての海外旅行で、荘厳なケネディ大統領の墓を前にして、とても厳粛な気持ちになった。海外でこういう心持ちになるのは、とても大切な気がする。
私が手を合わせたのは1990年のことなので、そのころはケネディ大統領夫人、「ジャッキー」こと、ジャクリーンはまだ存命中だった。
1994年、ジャッキーが亡くなると、JFKの隣に葬られることになった。
また、墓地のそばには星条旗を建てんとする「硫黄島メモリアル」の海兵隊員の銅像があり、日本人としてはいささか複雑な気持ちになった。とても、記念撮影するような場所ではない。
アーリントン国立墓地には、アメリカという若い国家の激しい歴史が凝縮されている気がした。
JFKを演じた俳優は数あれど、いちばんJFKっぽかったのは、『13デイズ』(2000)のブルース・グリーンウッドだ。
洒脱で、早口なJFK。
ぴったりの配役だったが、昨今の彼は政治映画には欠かせないバイ・プレーヤーになり、2017年にはウォーターゲート事件の情報ソース「ディープ・スロート」を描いた『ザ・シークレットマン』(2017)で「タイム」誌の記者、さらにはワシントン・ポストを舞台にしたスティーヴン・スピルバーグ監督の『ペンタゴン・ペーパーズ』(2017)では、国防長官ロバート・マクナマラを演じている。
ワシントンを舞台にした映画、ドラマは傑作ぞろいといってよく、テレビの連続シリーズとしては、『ザ・ホワイトハウス』が大統領執務室内の意思決定プロセスを丹念に描き、『ハウス・オブ・カード』は政治の裏表をダイナミックに表現していた。 映画ではロバート・レッドフォード、ダスティン・ホフマンの『大統領の陰謀』(1976)や、ブッシュ政権下で副大統領を務めたディック・チェイニーを描いた『バイス』(2018)がアメリカで公開されたばかりだ。
こうして眺めてみると、自分がいかにアメリカの政治やジャーナリズムに魅せられてきたかを改めて感じる。
1974年、ニクソン大統領はウォーターゲート事件の責任を取って辞任、その影響は長く続き、私が学生時代を過ごした1980年代は、ジャーナリズムの力が信じられていた。
私はワシントン観光の最終日に、大統領辞任のきっかけとなったウォーターゲート・ホテルとワシントン・ポストを見学に行ったほどだが、時を経て、映画館で『ペンタゴン・ペーパーズ』を観てもっとも美しいと感じたのは、巨大な輪転機が回り、新聞が次々に印刷されていくシーンだった。
ワシントンは政治の街であるが、私にとってはジャーナリズムの象徴の街でもある。
そしてワシントンはスポーツの街でもある。
『ザ・シークレットマン』を観ていたら、ラジオのニュースで流れてくるのが、メジャーリーグのニュースだった。
リーアム・ニーソン扮する主人公が「タイム」誌の記者と待ち合わせしたダイナーでは、当時、ボルチモア・オリオールズの大スターだったブルックス・ロビンソンのニュースが流れる。
そして映画の中盤では、不振に喘いでいたフィラデルフィア・フィリーズの新監督に、ダニー・オザークが就任したというニュースがラジオから流れてくる。
この時代、首都ワシントンにはアイスホッケー、バスケットボール、アメリカンフットボールのプロチームはフランチャイズを置いていたが、野球については空白地帯だったので、近隣のオリオールズとフィリーズのニュースが流れていたわけである。
しかし2005年、首都に球音が戻ってきた。
ワシントン・ナショナルズが誕生し、当初は「RFKスタジアム」を本拠地にした。RFKとはJFKの弟で、1968年の大統領予備選挙の最中に凶弾に倒れたロバート・ケネディの名を冠にした球場だった。
数年前、私はスプリングトレーニングの取材で、ナショナルズの選手たちに話を聞いた。
自分の「アメリカ歴」がスタートした街の選手にインタビューするのは、なんだかとてもうれしい気がした。
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