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生島淳の映画と世界をあるいてみれば vol.5

洗練された街、サンフランシスコは橋が美しい。映画『ダーティハリー』、ゴールデンゲートブリッジ、「Anchor&Hope」

(スポーツジャーナリストとして活躍する生島淳さんが、「映画」を「街」と「スポーツ」からひもときます。洋画のシーンに登場する、街ごとの歴史やカルチャー、スポーツの意味を知ると、映画がもっとおもしろくなる! 生島さんを取材した連載「DVD棚、見せてください。」はこちら。)
スポーツジャーナリスト
生島淳
Jun Ikushima
1967年生まれ、宮城県気仙沼市出身。早稲田大学社会科学部卒業。スポーツジャーナリストとしてラグビー、駅伝、野球を中心に、国内から国外スポーツまで旬の話題を幅広く掘り下げる。歌舞伎や神田松之丞など、日本の伝統芸能にも造詣が深い。著書に『エディー・ウォーズ』『エディー・ジョーンズとの対話 コーチングとは信じること」』『気仙沼に消えた姉を追って』(文藝春秋)、『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』(文春文庫)、『箱根駅伝』『箱根駅伝 新ブランド校の時代』(幻冬舎新書)、『箱根駅伝 勝利の方程式』(講談社+α文庫)、『どんな男になんねん 関西学院大アメリカンフットボール部 鳥内流「人の育て方」』(ベースボール・マガジン社)など多数。

私が中学1年生のとき、「映画ノート」をつけ始めるきっかけになったのは、クリント・イーストウッドの『ダーティハリー』(1971)を見て衝撃を受けたからだった。
この興奮を、書き残さでおくべきか!
というわけで、B6判の小さなノートに映画のデータ、感想をつける習慣がこの時から始まった。いまもPCではなく、ノートにつけている。

そしてこの『ダーティハリー』の舞台は、サンフランシスコなのである。
冒頭、カフェテリアでホットドッグを食べるのは、イーストウッド扮する「ダーティハリー」こと、ハリー・キャラハン刑事。彼が突然、警報ベルを耳にする。銀行強盗だ。
現場から逃走しようとする犯人に向かい、「マグナム44」をぶっ放す。この武器は「世界一強力な拳銃」(劇中台詞)であり、ダーティハリーのトレードマークだ。
映画では、ハリー・キャラハンがスコルピオと呼ばれる凶悪犯と対峙する様が描かれる。その中でイーストウッドは人質を乗せたバスに飛び降りるなど、スタントなしの大活躍を見せる。
中学生だった私は、ツイードのジャケットを着こなし、ほとんど笑わないニヒルなイーストウッドがとんでもなくカッコいいと思った。この時の思いがあるからこそ、2019年3月に公開された最新作『運び屋』まで彼の作品を追いかけ続けているのだと思う。
そしてまた、映画のなかのサンフランシスコにも心惹かれた。街の規模は違うとはいえ、坂道の多いところが私の故郷・宮城県気仙沼に似ていたのだ。
いつか行って、ホットドッグを食べてみたい。大人になったら、ツイードのジャケットも着てみたい。
そんな単純な憧れを持った。

サンフランシスコは、私のなかでは「アクション映画の街」というイメージが強く、スティーブ・マックイーンが全盛期に出演した『ブリット』(1968)では、坂道をビュンビュン車で飛ばしていくシーンが忘れられない。
坂の頂上では勢いを駆ってそのままジャンプし、着地するとサスペンションが悲鳴を上げる。コーナーでは派手にカウンターを当てて斜めに抜けていくが、撮影で実際に車を運転していたのはマックイーン。彼は車好きが高じて、レースドライバーとしての顔も持っていたが、『ブリット』の運転は、彼の表現手段そのものだった。
この撮影で使用された車は、フォードのマスタング。公開から50年が経過した2018年、なんとデトロイトのモーターショーで実物が展示された。
2台の撮影車のうち、1台が長らく行方不明になっていたが、テネシー州のナッシュビルにある納屋で、ひっそりと保管されていたという。
愛車を長くいたわる人が多いアメリカらしいエピソードだと思った。

憧れだったサンフランシスコは、仕事で何度も通うようになってから、「アメリカでもっとも美しい街」と感じるようになった。
まず、橋が美しい。
この街の顔とも呼べるのが、「ゴールデンゲートブリッジ」。その姿は昼、夜ともに美しいが、実際に現地に行くと、歩いて橋を渡ることが出来る。
全長は2737mで、橋の中央の高さは67m。歩き出してみると……下半身がなんだかザワザワしてきて引き返すことに。私、高所恐怖症なのであります。ゴールデンゲートブリッジは遠くから見るものだと実感したのでありました。

そして私が仕事で使ったのは、「ベイブリッジ」だ。
バスケットボールのNBAの取材で、対岸のオークランドにあるゴールデンステート・ウォーリアーズの本拠地「オラクル・アリーナ」での試合に行くには、この橋を通る。オークランドはお世辞にも治安がよくないので、サンフランシスコから車でベイブリッジを使って”通勤“していたのである。
この橋は渋滞も激しいのだが、夕方になるとそれぞれの車に赤いテールランプが灯り、それを後方から眺めると、とても美しい。
夕方のベイブリッジだけは、渋滞が許せる。

また、『ブリット』で印象的だった坂道だが、観光名所もある。映画のタイトルにもなっている「パシフィック・ハイツ」は高級住宅街であり、サンフランシスコの街を見下ろすことが出来る。撮影スポットにたくさんの観光客が詰めかけている中、この坂を車で下っていくと、豪壮な邸宅を見ることが出来るが、勾配が急なのと道が曲がりくねっているので、なかなかスリリング。

サンフランシスコは湾岸の街だから、食文化も豊かだ。
エスニックがかなり充実していて、特にフォーは全米でもトップレベルの店が集まっている。市内に3軒ある「タートル・タワー」は鶏肉、牛肉など何を乗せてもおいしい。日本の味が恋しくなったら、なぜがベトナム・レストランに足を運ぶのが定番になっている。
また、ダウンタウンの観光名所、「ユニオン・スクエア」の近くにある「Anchor & Hope」は素晴らしいレストランだ。シーフード中心のお店だが、ここで特に驚いたのは、日本ではあまり見かけない種類のシードルが置いてあり、大変な美味だったこと。イングランドの「Henny’s」というブランドだったが、さわやかでとても上品な味わい。こんなセンスのいいシードルが置いてあるなら、ワインも間違いないと思ってリストを吟味してみると、とにかく洗練されていた。

洗練、という単語がサンフランシスコのひとつのキーワードかもしれない。
食、ビルディング、橋。どれをとっても洗練されている。また、ノースビーチという地区には「City Lights」という書店があり、全米、いや世界中からお客さんを集めている。品ぞろえもリベラルなものが多く、村上春樹の英訳本もたくさん置かれている。
アメリカの良識が、この街にはある。

『ダーティハリー』から始まった私の映画遍歴だが、サンフランシスコのダウンタウンでホットドッグを食べる夢も叶えることが出来た。
そして、憧れのクリント・イーストウッドにインタビューすることも出来た。彼が主演の『人生の特等席』(2012)のプロモーションで、場所はサンフランシスコではなくロサンゼルスではあったが、直接話を聞いた。
「『ダーティハリー』で、私はあなたに憧れたんですよ」
と話すと、
「それはまた……。ずいぶんと昔の話じゃないか」
とイーストウッドは笑った。
ニヒルだと思っていたが、彼の笑顔はとてもチャーミングだった。

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PROFILE
スポーツジャーナリスト
生島淳
Jun Ikushima
1967年生まれ、宮城県気仙沼市出身。早稲田大学社会科学部卒業。スポーツジャーナリストとしてラグビー、駅伝、野球を中心に、国内から国外スポーツまで旬の話題を幅広く掘り下げる。歌舞伎や神田松之丞など、日本の伝統芸能にも造詣が深い。著書に『エディー・ウォーズ』『エディー・ジョーンズとの対話 コーチングとは信じること」』『気仙沼に消えた姉を追って』(文藝春秋)、『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』(文春文庫)、『箱根駅伝』『箱根駅伝 新ブランド校の時代』(幻冬舎新書)、『箱根駅伝 勝利の方程式』(講談社+α文庫)、『どんな男になんねん 関西学院大アメリカンフットボール部 鳥内流「人の育て方」』(ベースボール・マガジン社)など多数。
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