目次
インドのオールドデリーと
『オズの魔法使』
インド・オールドデリーのとある道端で僕は、5時間もの間、ずっと立ち続けていた。この街でおそらく最も人気のあるニハリ(ムスリム式煮込み料理)専門店の店頭、視線の先には何人かの男たちがせっせと仕込みをしている。通りに面した目立つ場所に大きな窯があり、大鍋が設置されているから全てを目に焼き付けることができる。料理長らしき男が黙々と鍋中をかき混ぜ、周囲にいるスタッフがサポートをしていた。
初めて見る光景でヒントになる手法がいくつもあったし、手際のよさに目を見張ったが、何よりも印象的だったのは、彼らが5時間ものあいだ、互いにひと言も会話を交わさずに調理していることだった。毎日決まった仕込みだからかもしれないが、何も言わずそれぞれが持ち場の仕事をこなし、ひと品ができあがっていく。その連係プレーにため息が漏れる。羨ましいほど格好いいチームだった。
映画『オズの魔法使』を観たのが、インドからの帰国後で本当によかったと思う。“チーム”とか“仲間”とかいったものに対してセンサーを敏感にしたまま楽しむことができたからだ。
正直言って、僕はこの超有名な映画のあらすじをあまりよく知らなかった。ハリケーンに巻き込まれ、家ごと飛ばされた少女ドロシーが、嵐がおさまって外へ出てみると、不思議な世界が開かれている。魔女に狙われながらドロシーは、自分の願いを叶えてくれる魔法使いのオズを探す旅に出た。
途中で共に旅する仲間と出会っていく。脳みそのないカカシ、心のないロボット。そういえばと頭をよぎった。確かもう一人、誰かを仲間にする話だったような気がするな。“何”のない誰だろう? 頭脳と心と、人間にとって次に大切なもの……。思いつかないまま最後の仲間が登場してしまった。3人目は勇気を持たないライオンだった。なるほど、勇気かぁ。
4人で旅を続けるドロシーたちを見ながら、変なことを考え始めてしまった。もしかしたら、何かしらのチームを組むなら4人という人数がちょうどいいのかもしれない。桃太郎はイヌとサル、キジを引き連れているし、三蔵法師には、悟空と猪八戒、沙悟浄がお供する。あのルパン三世だって、次元と五右衛門だけかと思いきや、目的を果たすときには決まって不二子ちゃ~んがいて、4人一組になるじゃないか! なるほど、だからドロシーとカカシ、ロボット、ライオンの4人はずいぶんといいチームだということになる。
そういえば、自分自身のことを思い起こしても、偶然にも過去に結成してきたグループは多くが4人でスタートしたものだ。結成20年を超えた出張料理集団「東京カリ~番長」は4人組(リーダー、おしょう、SHINGO、水野)から始まった。そこからスピンアウトし、最近レシピ本を出した「カレー将軍」も4人組(緑川、伊東、野口、水野)。毎年インドへ行っている「東京スパイス番長」も4人組(シャンカール、ナイル、バラッツ、水野)。最近、本格的に活動を開始した「カリーソルジャー」も前身となるグループは4人組(関根、佐藤、渡辺、水野)でスタートしたものだ。僕には誰かと何かをやろうとすると3人の仲間を探し出す癖があるのかもしれない。
いかん、いかん。映画の最中に変なことを思い出してしまった。カレー活動を一緒にやっているメンバーたちの顔がちらつくと映画の登場人物と重なって変な気持ちになる。僕がドロシーだとしたら、ええと、心のないメンバーは誰だろう? とか頭脳の足りないメンバーは? とか失礼なことを考え始めてしまいそうだ。
それにしても、ミュージカルというのは、いい。好きだなぁ。途中、途中で歌い始めるから、全体が章立てされている感じで気持ちの整理がついていい。悲劇的なミュージカルもあるけれど、『オズの魔法使』のように愉快なストーリーのものは気楽に観られる。
♪Somewhere over the rainbow♪ から始まるあの有名な歌は、さすがの僕でも知っている。「どこか虹の彼方へ、羽ばたく青い鳥のように」なんて願っていたはずのドロシーだが、実際には意外にも「家に帰りたい」という素朴な気持ちで冒険をしているというのが面白い。
黄色い石畳の道路を進んでいった4人組は、ついにオズの魔法使いに会う。結果、カカシは脳みそを、ロボットは心を、ライオンは勇気を授かる。ドロシーは家に帰ることができた。という夢だった、という予想通りのオチがつく。夢から覚めたドロシーをおばさんとおじさんが見つめている。そして、彼女は気づくのだ。希望を叶えるためにそばにいて共に旅してくれた仲間たちは、すべて現実世界で彼女の身近にいる存在(近所のおじさんたち)じゃないか、と。あの魔法使いのオズでさえも!
希望は足元にあり、仲間はそばにいる。
シンプルなメッセージをこの映画から受け止めて、スッキリした気持ちになった。僕は僕自身について振り返る。僕にとって尊敬すべき人は会ったこともない偉人なんかではない。僕の目の前で呼吸をして、僕と会話をして、僕と一緒に行動を起こす身近な仲間たちである。彼らと共に楽しくやってきたし、彼らがいて僕は前を向くことができているのだ。
つい最近、旧知の仲である編集者から取材依頼が届いた。とある料理雑誌でカレーの特集をするから協力してほしいという。もう7年ほど前から僕はこの手の露出はできるだけお断りするようにしている。自分が派手な舞台に立つような気質でなかったことに、遅ればせながら気づいたからだ(遅すぎる……)。ところが彼からの依頼文面は、まるでラブレターのようで、まあ、優秀な編集者は得てして上手にこういう文章を書くのだけれど、珍しく僕は取材を受けてみることにした。
ただ、企画が少し不可解である。「カレーを特集する代わりに水野仁輔という人物を特集したい」というのである。水野仁輔で30ページ近くを構成する。そんな特集、いったい誰が読むと言うんだろう。悩んだ挙句、偉そうなことに僕は、取材を受けるにあたっていくつかの条件を出した。
A. 徹底して読者に有意義な情報を出したい
B. 何ごとにも批判や否定、評論はしたくない
C. 正解はないと思うし、僕は正解を知らない
D. 僕を過大評価、誇大表現しないでほしい
そして、5つ目に最も重視したいことを書いた。
E. 僕の周囲にいる優秀な仲間たちを巻き込みたい
よほど映画を観た影響が強かったのか、僕はすっかりドロシー気分に浸っていたのである。雑誌の特集は今の段階では制作進行中だから、最終的に誌面がどうなるのかはわからない。少なくとも、僕以外に5人の大切な仲間たちと一緒にカレーを作ってレシピを提案することだけは確定している。オールドデリーで見た、あの男たちのように僕たちは最高のパフォーマンスを披露することができるだろうか。
虹の彼方に想像を超えるような何かが存在しているわけではない。遠い先を見据えたりせず、今、ここにあることに全力を尽くす。そうやってきたし、これからもそうありたいと思う。そんな風に生きていくために大事なものは、「頭脳」と「心」と「勇気」なんだ、とこの映画は言っている(のだろう)。
そんな頭脳も心も勇気も足りない僕が、これからもカレーの世界で生き生きと活動していくためには、やはり仲間たちの存在が欠かせないのだ。感謝しなくちゃ。こんな恥ずかしいことは彼らに直接言えるはずもない。ましてや、「『オズの魔法使』を観てそう思ったんだよね」なんて言ったら、グループを脱退されかねないからな。この記事の中だけでとどめておくことにしよう。
- 夢かうつつか、カレーと向き合う日々/『WALK UP』
- なぜ絵を描くのか?なぜなのか?/『世界で一番ゴッホを描いた男』
- そこに到達するまでの旅が心に残る。/『アルピニスト』
- 若い頃にしたことやしなかったことの夢だ。/『ダゲール街の人々』
- 美しい光は危険なんだ。おいしいカレーもね。/『旅する写真家 レイモン・ドゥパルドンの愛したフランス』
- ケキッキは、ケキッキだ。それで、いいのだ。/『カメラが捉えたキューバ』
- 臆病なライダーが、カレーの脇道をひた走る。/『イージー・ライダー』
- 気を抜くんじゃないよ、あの男が見張っている。/『世界一美しい本を作る男〜シュタイデルとの旅〜』
- 失ったものもいつかは取り戻せる、 といいなぁ。 /『パリ、テキサス』
- 1つさ。 それに頼れば、ほかはどうでもいい /『シティ・スリッカーズ』
- 嘘でも言ってくれ 「見せかけなんかじゃない」 /『ペーパー・ムーン』
- 誰かにもらった正解よりも、自ら手にした不正解 /『80日間世界一周』
- 笑いの裏に苦悩が隠れ、 怒りの裏に孤独が潜む。/『スケアクロウ』
- 指した手が最善手。別の人生は歩めないのだから /『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』
- 希望はいつも足元にあり 仲間はすぐそばにいる /『オズの魔法使』
- 「何のため?」…なんて悩んでいるうちは、ひよっこだ。 /『さらば冬のかもめ』
- 独創性は生むより生まれるもの、なのかもなぁ。/『SUPER8』
- どうして探しモノは見つからないのだろう?/『オー・ブラザー!』
- 答えは見つからず、理由は説明できないのだ。/『ブロークン・フラワーズ』
- 寸胴鍋をグルグルとかき混ぜる、身勝手な男。/『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』
- チラ見せに魅せられて、魔都・上海。/『ラスト、コーション』
- スリルは続くよ、スリランカ。/『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』
- 普通だよね、好きだよ、ポルトガル。/『リスボン物語』