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『御法度』松田龍平演じる
加納惣三郎の”強烈な魅力”
世の中には、キャラクターの魅力だけで観る者をねじ伏せてしまう映画というものが存在します。中でも、美少女や美少年が周りの人々を狂わせていくといったタイプの作品は、特に強烈な印象を残すもの。10代のある一時期にだけ宿る、あどけなさの中に垣間見える大人の色気。大人になる直前のあの輝きは、なぜあんなにも魅力的なのでしょうか。『ロリータ』(1962)『ベニスに死す』(1971)など例はいくつも挙げられますが、私にはそのような映画を観るたびに思い浮かべる少年がいます。
あれは、大学に入学したばかりの頃。やや茶色がかった細い髪を少し伸ばし、切れ長の目をした少年が教室に入ってきました。色白の肌、すっと通った鼻筋、黙っていてもわずかに口角が上がった口元。こんなに綺麗な男の子がいるのかと、思わず目を奪われたあの瞬間の光景は、今でも脳裏に強く焼き付いています。
その後も何度か学内で彼を見かけたものの、不思議と彼と友達になりたいとは思いませんでした。もしかしたら、私にはある種の本能があるのかもしれません。自分を保てないほど心を奪われてしまいそうな相手には近づかない、という本能が。(まあ、仮にがんばっても近づけなかった可能性大ではありますが)
強烈な魅力を放つ美少年や美少女に心を奪われ囚われの身となるか、本能的に危険を感じて距離を置くか。この種の多くの作品では、これが運命の分かれ道になります。中でも、伝説的といえるインパクトを残したのが、『御法度』(1999)の松田龍平演じる加納惣三郎でしょう。
日本を代表する映画監督であり、大胆な表現手法や社会問題に積極的に挑戦した大島渚監督の遺作『御法度』は、新撰組を題材にした作品です。同性愛・少年愛を軸に、ファンタジックともいえる芸術的手法で新選組を描いた異色作で、加納惣三郎という美少年の出現によって、波状的に引き起こされる隊士たちの動揺や暴力事件を描いています。時代劇であり、恋愛映画であり、ミステリーでもあるのですが、様々な解釈を可能にする複雑な構成になっていて、今なお多くのファンを引き付ける名作です。
これがデビュー作となった松田龍平は、本作の中で圧倒的な存在感を放っています。まだあどけない頬、ぷっくりとした唇、涼しげでミステリアスな目元、白く透き通るような肌。入隊が決まって近藤と対面するシーンでは、土方の目線から加納の容姿のパーツパーツが丹念に映し出されていきます。セリフ回しこそまだ初々しさが目立つものの、その佇まいと表情は、誰もが目を離せない魅力を放っています。
ところで、先ほど触れたあの大学の彼は自分の魅力を最初から自覚していたのでしょうか? それとも、いつしか自覚するようになったのでしょうか? 学年が上がるに連れて段々と垢抜けていった彼の様子を思うと、後者だったような気がします。そしてそれは、『御法度』での加納にも当てはまります。
序盤では男に言い寄られることに強い拒絶を示していた加納でしたが、次第に自分の魅力に気づき、それを利用しはじめます。床を共にした男が嫉妬の感情を見せたとき、加納が含みを持たせた妖艶な笑みを浮かべるシーンがあります。ほんの数秒の表情ですが、ハッとせずにはいられません。加納の身に起こった出来事や、彼の謎に満ちた心情を瞬時に感じさせる、非常に印象的な微笑み。夜、雨、川、柳、うっすらと差し込む灯の光に浮かぶ怪しい微笑。すべてを狂わせるその微笑みに魅せられたら、誰しも自分を保ってはいられないでしょう。
大学を卒業してしばらくして、あの美少年を見かけたことがありました。大きい会社に就職した彼は、小粋なスーツ姿で相変わらずハンサムでしたが、あのときに感じたような強烈なインパクトはありませんでした。大学入学当時の彼は18歳か19歳。大人でも子供でもないあの年ごろだからこそ発する魅力は、既に消えてしまっていたのだと思います。
きっと、その少年期だけが放つ魅力の結晶が『御法度』の松田龍平なのでしょう。おそらくあなたも、松田龍平演じる加納惣三郎から目が離せなくなるはずです。彼に近づきたいと思うか、危険を感じて距離を置きたいと思うか。自分が持つ本能を確認してみてはいかがですか?
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