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櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和 第3回

夏目雅子だから仕方ない。
『時代屋の女房』

櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和
映画といえば、ジェイソン・ステイサムが出演する映画しか観ないという演出家・脚本家 櫻井智也さんが、普段自分では絶対選ばない「恋愛映画」を観てみるという実験コラム。さて恋愛映画を観ると、どんな記憶がよみがえって来るのか!?
演出家・脚本家
櫻井智也
Tomonari Sakurai
MCR主宰。
MCRに於いて脚本・演出、出演。
映像作品では、テレビ朝日「相棒」や
NHK「ただいま、母さん」,「越谷サイコー」,「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」
映画「ここは退屈迎えに来て」、テレビ朝日系列ドラマ「破天荒フェニックス」の脚本を担当。
平成24年度 文化庁芸術祭賞ラジオ部門にて優秀賞(作品名「ヘブンズコール」)受賞。

私事で恐縮なのですが、僕は猫アレルギーのくせに猫2匹と暮らしておりまして、おかげさまで月に約1万円の医療費が僕にかかるんですけど、猫がどんどん可愛くなっていくのと反比例するように懐がどんどん寒くなっていくんですね、なので、せめて薬の種類を減らせないかとお医者さんに相談してみたら、
「じゃあもう1回櫻井さんのアレルギーの数値を計ってみて、前よりも改善していたら薬を減らしましょうか」
という話になり、血液検査をしてみたら、170以下が正常な数値であるところ、しっかり4700ありまして余計に薬を増やされました、地獄です。 そんな、大好きな猫の為に1日12錠の薬を飲み続ける、しかし猫にはあまり好かれていない僕が鑑賞した今回の恋愛映画はこちら。

『時代屋の女房』

思うところは多々あれど、とにかく夏目雅子が綺麗すぎる、可愛すぎる、下手すりゃそこ1点に感想が集約されてしまうほど夏目雅子が綺麗で可愛すぎます。
物語は「時代屋」という骨董品店を一人で営む「安さん」(35歳独身)の元に、日傘をクルクル回しつつ途中で拾った野良猫を抱いた「真弓」という女がやってくるところから始まります。
安さん演じる渡瀬恒彦から透けて見える「顔は笑ってるけど、お前なんかいつでもすぐに殺せるぜ」という雰囲気をものともせずに、夏目雅子演じる真弓は「そこで猫拾ったからお前預かれ」「名前はもう決めてある」「お前はさしずめポップな古道具屋」などと、初対面にも関わらず次元の違う場所から矢継ぎ早に言葉を浴びせ、渡瀬恒彦の殺気を受けつけない。
…なんか怖い、怒られちゃう、これ絶対夏目雅子怒られちゃう、怒らないであげて欲しい、可愛いから、イタイけど、イタイけど可愛いから怒られるところ見たくない、そしたらどうだ、相変わらず目の奥に殺し屋の風情を携えながらも渡瀬さんが一言
「悪くないね、この猫」
さすがの渡瀬さんも奇妙な状況を受け入れるしかない夏目雅子の美しさよ、ああ、夏目雅子、恐ろしい子!!

「素性を全く語らない」ミステリアスな女と、「だったらそれでいい」と受け入れるマイペースを崩さない男、付かず離れずな関係性を続けていく中で、周囲はそれなりに二人を心配するけれど、渡瀬さんは
「何も言わず、何も言われずが好きだから、俺たち」
と、自分たちの関係性を肯定しますが、ぶっちゃけ、この言葉、僕から見ると、渡瀬さんが夏目雅子を失う時の為の準備をしている、とかしか思えないんですよね。
渡瀬さんからすると、「この女はいつか居なくなる」って分かってたんじゃないかなあ、と思うし、だったらお互いに踏み込まない関係性を保てば、苛立つことも傷つくことも最小限で抑えられる、ハマっちゃいけない、のめり込んじゃいけない、だってこいつは「いつか自分のそばからいなくなる女」なのだからと、自分を自制していたのではないかと思うのですよ。
ぶっちゃけ夏目雅子が夏目雅子じゃなかったら「こんな事にはなっていない」事柄のオンパレードなんですけど、うん、例えば、
「何の前触れもなく突然家出をした数日後に爽やかな顔で戻ってくる夏目雅子に対して何一つ事情を聞かない」とか
「旅先で見知らぬオヤジを横に置き、浴衣を猛烈に着崩してはしゃぐ夏目雅子に対して何も言えず一緒にはしゃぐ」とか
「自宅で一緒に夕ご飯を食べている最中に見知らぬ男がやって来たので夕ご飯を中断し、その男の元に向かう夏目雅子に対して何も言わずに鍋をつつく」などという事柄が頻繁に起きまして、見ているこっちがそわそわしっぱなし。
そんな、夏目雅子だから耐えられる、夏目雅子だから耐えられない、つまりは「悲しいかな特別である」相手を好きになった男の悲哀と、それでもやっぱり格好つけて「男と女は軽い関係が一番」とうそぶく滑稽さ、なんとも臆病で、甘え方を知らない、根っからの甘えん坊。
「渡瀬さん!お願いだから幸せになって!」
映画を見つつ無音の絶叫を繰り返しながら僕は、あれ、なんで俺はこんなに渡瀬さん寄りなのだろう、そして「こんな女は嫌だ」と思いつつ、なんで夏目雅子が嫌いになれないんだろう、と不思議になってきて、自分の中にある引っ掛かりを手繰り寄せてみたら、自分が夏目雅子のような女に振り回された感覚が蘇ってきて、その相手を映像化してみたら、その相手は、かつて一緒に住んでいた「マル」という名前の猫だったのです。

そもそもが野良猫だったからすぐ外に出たがり、仕方なく外に出してやると他の家に入り込んでご飯をご馳走になったりして、何もなかったような顔で僕の部屋に戻ってきて大あくび、額を僕にこすりつけてきて甘えてくるから抱きしめてやろうと思ったらそれは絶対に嫌がる。
気まぐれで自分勝手、手間はかかるし甘えさせてもくれないけど、めちゃくちゃ可愛くてそれがまた憎たらしい。
実は外でご飯をもらっているのを知っていたけど、ヤキモチを妬くのが嫌だったし、基本的には野良猫なんだと思うことで自分を落ち着けて、ほんとは少しも外に出したくなかったけど、家に閉じ込めたら嫌われる気がして、それができなかった。

ああ、そうか、夏目雅子はマルだったのだ!
そう思ったらもう、夏目雅子の理解不可能な行動の数々が「猫だから仕方ない」と思えてきて、渡瀬恒彦の悶々とする心情が「猫を愛したらそうなります」と理解でき、結局はいつものように、他人の恋愛模様を自分の物語にしつつ、超前のめりで眼前に繰り広げられる「自分の映画」を鑑賞し続け、結果、どうなったかというと、最後に「はああふうう」という、何色にも例えられない柔らかなため息がでました。

何言ってんのかよくわかんないかもしれないですけど、そもそもが、この映画、ぶっちゃけ「なんでか知らないけど夏目雅子だから仕方ない」に溢れた映画だと思うんですよね、うん、それはもう、どんな言葉よりも説得力のあるそれだと思うんですけど、そう思わせる圧倒的な魅力が夏目雅子にはあるし、かつて自分が出会った「お前だから仕方ない」人もあなたには絶対にいて、夏目雅子を通して見ることで、その人にもう一度触れるチャンスをくれる映画だと思うので、あの日のムカつきやトキメキを追体験したい人は渡瀬恒彦に憑依してみたらいいと思いますよ。

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PROFILE
演出家・脚本家
櫻井智也
Tomonari Sakurai
MCR主宰。
MCRに於いて脚本・演出、出演。
映像作品では、テレビ朝日「相棒」や
NHK「ただいま、母さん」,「越谷サイコー」,「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」
映画「ここは退屈迎えに来て」、テレビ朝日系列ドラマ「破天荒フェニックス」の脚本を担当。
平成24年度 文化庁芸術祭賞ラジオ部門にて優秀賞(作品名「ヘブンズコール」)受賞。
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