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櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和 第5回

コンビーフみたいに可愛い君。
『マイ・プレシャス・リスト』

櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和
映画といえば、ジェイソン・ステイサムが出演する映画しか観ないという演出家・脚本家 櫻井智也さんが、普段自分では絶対選ばない「恋愛映画」を観てみるという実験コラム。さて恋愛映画を観ると、どんな記憶がよみがえって来るのか!?
演出家・脚本家
櫻井智也
Tomonari Sakurai
MCR主宰。
MCRに於いて脚本・演出、出演。
映像作品では、テレビ朝日「相棒」や
NHK「ただいま、母さん」,「越谷サイコー」,「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」
映画「ここは退屈迎えに来て」、テレビ朝日系列ドラマ「破天荒フェニックス」の脚本を担当。
平成24年度 文化庁芸術祭賞ラジオ部門にて優秀賞(作品名「ヘブンズコール」)受賞。

皆さんも普段、周りの人から「好きな食べ物はなんですか?」という質問をされると思うんですけど、あれって難しくないですか?
そもそも食材なのか料理名なのかで迷うし、その時の気分もあるし。
なので僕がその質問をされた時には「質問者が後悔するぐらい熟考」しちゃうんですけど、今回、ある映画を見ている時に、ふと、その質問に対する答えが見つかったような気がしまして、その答えというのは「コンビーフ」なんですけど、そんな、世の中に溢れかえる食べ物の中からわざわざコンビーフを選んじゃう僕が鑑賞した恋愛映画はこちら。

『マイ・プレシャス・リスト』

ハーバード大学に飛び級で入学しちゃうような超天才の女の子、なのにコミュニケーション能力が0に近い女の子、キャリーがこの映画の主人公です。
ニューヨークで一人暮らし、読書ばっかりしてて友達もおらず、父親の紹介でセラピーに通っているのですが、そこでセラピストから「今年中にすることのリストを作り、それを達成すること」を勧められる、というお話なんですけど、細かい事はどうでもいいんです。
とにかく、主役のキャリーが可愛いんだか可愛くないんだか全然分かんない!
あ、それは性格的な意味合いではなくて、単純に、顔が、顔がもう、可愛いと思った次の瞬間、信じられないぐらい可愛くない顔でそこに座っていたりして、
「君は可愛いのか、可愛くないのか! どっちなのか!」
と、そっちに気が行っちゃって忙しくてたまんない。
いや、多分ね、キャリーの内面として、I.Qが高くて頭の中が情報で溢れかえり、それを言葉にしようとした時に整理しきれず上手く伝わらない、と言うような、
「根本的に難しいタイプの女の子」
を演じていると言う一面もあるんでしょうが、それにしても、それにしてもだ。
頭が良すぎて周囲がバカに見えてしまい、それに対して諦めつつも憤り、天才だからやれる事は山ほどあるのにやりたい事が見つからないという精神状態、そこから来る表情だとは理解しているんですが、それにしても、それにしてもだ、多分もう演技がどうとかそんな問題じゃない、単純にルックスなんだ、可愛いのか可愛くないのか分からないんだ!

だけど、だけどですよ。

言葉を選ばず言うと、単純に「ブスだなこの子」って思う瞬間も多々あるんですけど、いつの間にか僕はもう、キャリーが気になっちゃって気になっちゃって、ぶっちゃけ話の展開とかそっちのけで「キャリーの顔だけ見ていたい」と言う精神状態に陥ってしまいまして、いや、話の展開も面白いし、超天才なのにクズ野郎を見極められず深みにハマってしまうキャリーの可笑しさとか、そう言う要素もあるんですよ? あるんですけど、それはそれとして、とりあえず僕は「この子が好きで好きで仕方ないモード」に入ってしまい、いや、ブスなんですよ? たまにとんでもなくブスな瞬間とかあるんですけど、それすらも可愛くて仕方ない状態になってしまい、多分ね、多分ですけど、キャリー役のベル・パウリーという女性は、世界で一番可愛い女性だと思います。

そんなことはないんだ。

ごめんなさい、そうなんです、絶対世界で一番ではないし、繰り返しになりますが、時折「どうしたんだお前は」と声が出るほどブスな瞬間もありますし、世の中で「美人」と呼ばれている人の麗しさもきちんと理解できている僕ですから、キャリーが「可愛い」なんていうのは概念として有り得ないんですけど、きっと、きっとね、錚々たる美人を並べた中にキャリーがいたとして、おい、そこの、そこのキャリーさん、そこは美人の列ですよ、あなたそこに並んでいてはいけませんよと、思うのでしょうが、しかし僕は美人の列という概念にキャリーを組み込んだ上で

「この中でお前が一番可愛い」

と言っちゃうと思うので、僕のそれはもう、本物だと思うし、つまり、僕にとってキャリー役のベル・パウリーは「コンビーフ」なのだと思うのです。
ここで唐突にコンビーフが出てきてビックリする人もいるでしょうから説明しますと、例えばスーパーに買い物に行くじゃないですか、いろんな食材とかありますよね、その隙間にコンビーフが目に入ると、しばらくコンビーフを見つめちゃうぐらい僕はコンビーフが好きなんですよ。
普段はコンビーフのことなんて気にもとめてませんし、コンビーフを見るまではコンビーフが好きだったことも忘れちゃうぐらいなんですけど、コンビーフが目に映った瞬間

「俺が好きなのはお前だ」

と自覚しちゃうような感じなんですよね。
でも、コンビーフってなにが美味しいのか分からなくないですか?
世の中にはコンビーフより美味しいものなんて溢れているし、例えば「刺身」とか「ステーキ」とかの列にコンビーフが並んでいたら

「そこはお前が並んで良い場所じゃないよ」

と注意を受けると思います、それは分かってるんです、分かってるし、きっとこの先 「食べ物の中でなにが一番好きなの?」
と聞かれた時に「コンビーフ」は思い浮かべないと思います、だって、あれってなにが美味しいのか分からないし、つまりは「美味しいもの」として思い浮かべることはないと思うんですけど、きっと僕が一番好きなのはコンビーフであり、それと一緒で

「櫻井さんはどんな顔の女性が好きなの?」

と聞かれた時、頭の中に並ぶ美人の列の中にはキャリーは居ないと思うんですけど、おそらく、いや、間違いなく、わたしはキャリーの顔した女が一番好きです。
あまりにも好きになってしまったので、劇中、鬱々としているキャリーに向かって

「君は、君が望めばそこに行けるような、特別な人間だよ」

と声をかけたくなり、でもきっとそれを言ったら「その根拠は?」「根拠も無しに適当な事言わないで」と怒られそうだな、と思いつつ、でも実際、何故だかそう思っちゃうし、その通りになるという確信がある、と僕は答えるんだろうな、と思っていたら、見事に僕以外の奴がそれっぽい事を言ったので、それ以降は僕の思いをそいつに託すことにしました。

キャリーはきっと、幸せになるでしょう。
キャリーには幸せになる権利があります。
でもきっと、それはキャリーに限ったことではなく、誰にでもその権利はあって、それを自分で掴みに行くか傍観するかで変わるのですよ、という部分がこの映画の根幹であろうとは思いつつ、僕はちょっと、それどころじゃないぐらいキャリーが好きになっちゃいました。

なんか、顔のことしか言ってなくて申し訳なくなってきましたけど、でも、皆さんにも「もっと良いものがある事を知っているのに、それが一番である」と言う物事とか人物とかいると思うんですよね。

「なんであの人なの?」
「なんでその仕事を続けてるの?」
「なんでそこに住んでいるの?」

もっと良い人がいるのに、もっと良い仕事があるのに、もっと良い場所があるのに、あなたには「それは分かっているけど、自分はそれが良い」と思う事がある筈です。
それで良いじゃないですか、誰もが太陽だと思う太陽だけが世界を明るくする訳じゃない、あなたにとってのみの、他の人からは太陽に見えない太陽でも、それがあなたの世界を明るくすれば、あなたにとってそこは、幸せな居場所なのですから。

【注意】
散々書きましたが、たまに恐ろしくブスな瞬間があるだけで、基本的には可愛い女優さんです。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督:スーザン・ジョンソン(ドラマ「好きだった君へのラブレター」)
キャスト:ベル・パウリー(『メアリーの総て』) ガブリエル・バーン(「へレディタリー/継承」)、ネイサン・レイン(『プロデューサーズ』) 
発売日:2019/5/22
発売元:松竹
販売元:松竹
©2016 CARRIE PILBY PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
ニューヨークのマンハッタンで暮らすキャリー(ベル・パウリー)はIQ185、ハーバード大学を飛び級で卒業した天才だが、友達も仕事も持たず、読書ばかりしている【コミュ力】ゼロの屈折女子。話し相手はセラピストのペトロフ(ネイサン・レイン)だけ。ある日彼はキャリーにリストを渡し、そこに書かれた6つの課題をクリアするように告げる。「何のために?」「それで問題はすべて解決するの?」半信半疑ながらも、まずは金魚を2匹飼い始め、昔好きだったチェリーソーダを飲み、新聞の出会い広告でデート相手を探し…と1つずつ項目を実行していくキャリー。そして、人と関わり打ち解けたり傷ついたりする中で、徐々に自分の変化に気づいていく。キャリーは果たしてリストを全てクリアして、幸せを手にすることができるのか——?
PROFILE
演出家・脚本家
櫻井智也
Tomonari Sakurai
MCR主宰。
MCRに於いて脚本・演出、出演。
映像作品では、テレビ朝日「相棒」や
NHK「ただいま、母さん」,「越谷サイコー」,「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」
映画「ここは退屈迎えに来て」、テレビ朝日系列ドラマ「破天荒フェニックス」の脚本を担当。
平成24年度 文化庁芸術祭賞ラジオ部門にて優秀賞(作品名「ヘブンズコール」)受賞。
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