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櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和 第6回

あなただけには褒められたいけど、あなたしか褒めてくれないのは不幸だ。『天才作家の妻』

櫻井智也の恋愛映画ガブ飲み日和
(映画といえば、ジェイソン・ステイサムが出演する映画しか観ないという演出家・脚本家 櫻井智也さんが、普段自分では絶対選ばない「恋愛映画」を観てみるという実験コラム。さて恋愛映画を観ると、どんな記憶がよみがえって来るのか!? 隔月連載中です。)
演出家・脚本家
櫻井智也
Tomonari Sakurai
MCR主宰。
MCRに於いて脚本・演出、出演。
映像作品では、テレビ朝日「相棒」や
NHK「ただいま、母さん」,「越谷サイコー」,「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」
映画「ここは退屈迎えに来て」、テレビ朝日系列ドラマ「破天荒フェニックス」の脚本を担当。
平成24年度 文化庁芸術祭賞ラジオ部門にて優秀賞(作品名「ヘブンズコール」)受賞。

皆さん、頭皮にも神経痛があるって知ってます?
僕は悩んだりすると痒くもないのに頭を掻きむしる癖があるんですけど、最近もですね、執筆中に「ああああ」就寝中にも「ああああ」とバリボリやってたら、なんだか頭皮にビリビリした痛みが生じ始め、そのうちにしゃっくりが出るような感じで、不意にグッサリ、グッサリと針を刺すような痛みが続きまして(気まぐれに空気の読めない馬鹿野郎が針を刺してくる感じ)原因はきっと頭を掻きすぎて傷が出来てそこからバイ菌が入ったのだと心配していたら、そうじゃなくて、身体的精神的ストレスが原因の頭皮神経痛であり、主な治療法は「ない」という事がわかって絶望しました。
そんな、絶望に押し潰されつつも、取り敢えずの鎮痛剤と苦し紛れにビタミンB12を過剰摂取する僕が鑑賞した恋愛映画はこちら。

『天才作家の妻』

ノーベル文学賞を受賞する事になった作家と、そんな夫を支えてきた妻が授賞式に参加する過程に於いて浮き上がる真実と葛藤を描いた作品、なんですけど、なんでしょうね、皆さんが想像するところの作家って「厄介で」「扱いづらい」人間だったりすると思うんですけど、この映画に出てくる作家もまさにそんな「これは面倒くさいぞ」ってタイプの人間で、例えば、ウキウキしながら「率直な感想を聞かせてくれ」と小説の原稿を妻に読ませておきながら、妻からまさかのダメ出しを貰おうもんなら
「俺は、俺を尊敬できない人間と一緒にいたくない」
と言い放つような人間であり、妻からしたら
「だったら率直な意見が欲しいとか言わずに最初から、褒めてねって言えよ」
って感じなんだろうけど、僕からすると
「妻よ、面倒くさいだろうけど、そこは夫の気持ちを汲んでやれ」
って思うんですよね。
なぜなら、僕も付き合ってる女の子に対して全く同じ対応を取ったことがあるから。

僕も一応、脚本を執筆する「作家」として活動しているので、その視点から「面倒くさい夫」の言動を捉えると「わかるわかる、そうなるよね」と思ってしまうことが多々ありまして、いや、なんかそう書くと、自分で自分のことを
「俺って面倒くさいからさ、よろしく頼むヨ」
って言い放っちゃう、マウントの取り方を間違えている奴みたいで嫌なんですけど、実際に自分は面倒くさい人間だから仕方がないとも思うし、更に付け加えると「作家だから面倒くさいのは許容してくれ」とも思うんですよね。

どうですか、とてつもなくこざかしいでしょう。
でもね、それって、人のせいにする訳じゃないですけど、皆さんが思い描く
「作家とは、面倒くさい人間である」
というイメージが僕を甘やかしている、という側面もあると思うんですよ。

普通は許容できないような出来事でも、作家がそれをすると
「作家だから、色々としょうがないよね」
と思うことないですか?
立ち止まって説教してやりたくなるような事があっても、そいつが作家であれば
「作家さんは、そういうところある」
と、なんとなく諦めて通り過ぎようとは思いませんか?

だからさ、だからね、僕はそのイメージに乗っかって、自分の身勝手さが揉め事につながりそうになった時、実際言葉にしては出さないけれど、「作家って気難しいから、俺がこんな感じでも許すしかないよね?」と、作家であることを免罪符に「通常許されないことを許して貰おうとする」訳ですよ、ああ、許せない、許しちゃいけない、でも作家だからね、許さざるを得ないでしょ?
そうです、ハッキリ言います、私はそういう対応をしてくれる女の子としか付き合った事がないです。

ただですね、甘えてるのは事実なんですけど、それを許容されるっていうのも痛し痒しというか、だって、人間的な不具合を作品で補わないといけないという圧迫、作家である事で免罪符を得ている以上は作家であり続けなければならないという重圧、これはこれでなかなか厳しいものがありまして、いや、違うんですよ、今まで僕を甘やかしてくれた女の子って、世間的に僕が作家であるから大目に見てくれた訳じゃなくて、その子にとって僕が作家だったからなんですよね。
「まだ売れてないけど、私は面白いと思う」
「誰からも認められていないけど、私はあなたの才能を信じている」
そういった「個人的な感覚」で僕を作家扱いしているだけなので、僕は世間的に作家である必要はなく、その子にとってのみの作家であればいいのです。
そうなると僕としてはどんどん甘えたいもんですから、世間に響くような作品というよりは「その子に響く作品」に傾倒していく訳で、結果、どんどん世間から置き去りにされていく俺とお前という関係が出来上がりまして、それはそれでもう、極めて不幸な構図じゃないですか。
映画の中でも「作家なら本は書き続けなきゃダメだ」という作家の卵に対して、プロの作家が「作家なら本は読まれなきゃダメよ」と諭すシーンが出てくるんですけど、本当にその通りだと思うんですよね。
「俺を作家だと思っているのは、彼女だけである」
そんな世界で貯めた満足なんて、世間的に見れば一銭の価値もない訳ですよ。
だって、書いたものでお金を得られるようになった今だから思うことなんですけど、作家とは名乗る職業ではなく、世間から「そう認識される」職業だと思うから。

誰しもが「恋人同士として存在している世界」「夫婦として存在している世界」「会社の中で存在している世界」など、小さな世界を幾つも持っていて、その、幾つもある世界の中で、どこか一つだけでも幸福を感じられたらそれで良いと自分に言い聞かせるけれど、結局最後に自分が向かうのは「自分がいる世界」じゃなくて「みんながいる世間」であり、そこでの自分の立ち位置だったりするじゃないですか。

「あなただけには褒められたいけど、あなたしか褒めてくれないのは不幸だ」

それって言葉にするとなんだか冷たく感じるし、攻撃的な印象もするんですけど、作家とか、いわゆる面倒臭い人種だけではなく誰でも思う事で、この映画は
「そう思ってしまうことは当然で、それは非難されるべきことではない」
という赦し、そして
「それはあなただけが思うことではなく、あなたの横にいる人間も当然そう思っている」
と言う教訓を伝えてくれているような気がします。

映画を観て何かを改めるとか、今後の人生の指針にするとか、僕はそんなに純粋な人間でもないんですが、とりあえず「彼女にとって、俺と一緒にいる世界だけが彼女の世界ではない」と、あらためて思い知らされた今、
「外では彼女をこき下ろすけど、家に帰ったら優しくする」
みたいなことは辞めようと思いました。
かつての自分であれば「いいんだよ、家では優しいんだから」で済ませていたと思いますが、彼女が触れるかもしれない外の世界に彼女の悪評を撒き散らすのはリスクが高過ぎる、この映画のように、最後にとんでもないことになるのはマズイ、だから彼女のいないところで「彼女可愛いですね」とか言われたら、今までだったら「どこがだよ」と言ってたところを「そうでしょう?」と言っておこう、なんだか気恥ずかしいけれど、彼女が外の世界に触れた時に、俺が振りまいた迂闊な臭気で彼女が息苦しい思いをしないように(それでもって俺が責められないように)しようと思いました。
その結果、おかげさまで「プリン食わせとけば機嫌も良くなるだろうから、とりあえずプリン買うか」みたいな安易な決めつけができなくなり、思考を巡らせすぎて「何を与えれば機嫌が直るのか」わからなくなり、家への距離が異常に長くなった気がします。 本当に、恐ろしく困った映画を見せられたもんです。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督:ビョルン・ルンゲ
キャスト:グレン・クローズ(『危険な情事』)、ジョナサン・プライス(『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズ)、クリスチャン・スレーター(『ブロークン・アロー』)、マックス・アイアンズ、ハリー・ロイド、アニー・スターク、エリザベス・マクガヴァン
発売日:2019年8月28日
発売元:松竹
販売元:松竹
©META FILM LONDON LIMITED 2017
現代文学の巨匠ジョゼフと妻ジョーンのもとに、ノーベル文学賞受賞の吉報が届く。ふたりは息子を伴い授賞式が行われるストックホルムを訪れるが、ジョゼフの経歴に疑惑を持つ記者ナサニエルから夫婦の“秘密”について問われたジョーンは動揺を隠せない。実は若い頃から豊かな文才に恵まれていたジョーンだったが、あることがきっかけで作家になる夢を諦めた過去があった。そしてジョゼフとの結婚後、ジョーンは彼の“影”として、世界的な作家の成功を支えてきたのだ。
ずっと心の奥底に押しとどめていたジョゼフへの不満や怒りがジョーンの中でわき起こり、長年共に歩んできた夫婦の関係は崩壊へと向かう。そして授賞式当日、彼女はこれまで通り慎ましく完璧な“天才作家の妻”を装うのか。それとも本当の人生を取り戻すために、衝撃的な“真実”を世に知らしめるのか…
史上最大のスキャンダルの行方は―
PROFILE
演出家・脚本家
櫻井智也
Tomonari Sakurai
MCR主宰。
MCRに於いて脚本・演出、出演。
映像作品では、テレビ朝日「相棒」や
NHK「ただいま、母さん」,「越谷サイコー」,「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」
映画「ここは退屈迎えに来て」、テレビ朝日系列ドラマ「破天荒フェニックス」の脚本を担当。
平成24年度 文化庁芸術祭賞ラジオ部門にて優秀賞(作品名「ヘブンズコール」)受賞。
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