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先の見えない風景に心が軋んで、テレビから流れてくる悲しい音に身を切り刻まれる毎日を過ごしている昨今、皆様、ご健勝でありますでしょうか、私はいよいよお金もトイレットペーパーも底を尽きそうで、明けない夜はありません、なんて言葉に対しても
「明けない夜は無いかもしれないけど、今日を生き抜く糧がねえ」
って感じですけど、それでも笑っていたい、笑わせたい、笑顔こそ人間に与えられた特権じゃないですか、我慢我慢の毎日の中、笑顔だけは奪い奪われてなるものかと奮闘しておりまして、ああ、そうか、そういえば僕がまだ子供の頃、プールに飛び込んだら顎がプールの底に激突し、顎が切り裂かれ血がダラダラダラダラ出てしまい、文字通りプールを血に染めた事があったんですけど、その時も僕はニコニコ笑ってたんですよね、いや、すげえ痛いんですよ? すげえ痛いし血の量が尋常じゃないんで「これは死ぬのかもしれない」という不安が全身をブルブル震わせているんですけど、そんな状況でも子供心に
①「心配させちゃいけない(普通に心配だけど子供だからよく分かってない)」
②「迷惑かけちゃいけない(プールが赤い水になっている時点で大迷惑なのは子供でも分かっていた)」
③「なんだか恥ずかしい(大人も子供もみんな見てくるので)」
④「まだまだ遊びたいので異常事態ではないと提示したい(切実)」
という複数の要素が絡まってですね、とりあえず顎からダラダラ流れる血を両方の掌に塗りたくり、心配して駆け寄ってきた母親に見せつけた上で
「どうだい、血がこんなに出ちゃって面白いね!」
と破顔一笑した訳ですよ、ねえ、どうですか、面白い訳ねえんだ、面白い訳ねえんですけど、僕のキラキラ光る笑顔を見た母親が
「笑ってるから大丈夫か」
と言ったので、僕は「よし、役目は終わった」と思って気絶しました。
何が言いたいかっていうと、笑ってれば大丈夫なんですよ、全然大丈夫じゃなくても笑ってれば大丈夫なんです、気休めにしかならないかもしれないけど、あなたの気休めになれるのであれば血なんか幾らでも流しますよ、前置きが超長くなりましたけど、今さっき銀行口座を確認したら残高が20円だった僕から送る、あれやこれやに張り詰めて千切れそうになっているあなたの気休めになるべく鑑賞した恋愛映画はこちら!
『あの頃ペニー・レインと』
15歳の少年ウィリアムは厳格な母親に育てられた素直ないい子。
ある日、家を出る奔放な姉からロックのレコードを大量に貰い、それを聞いているうちにロックに傾倒して地元紙にロックの記事を書き、それを目にした雑誌社から記事の執筆を依頼されてコンサート会場の楽屋を訪ね、そこで売り出し中の人気バンド「スティルウォーター」と、バンドのグルーピーの中でも特に目立つ女性、ペニー・レインと出会う。
とまあ、こんな感じのお話なんですけど、とにかくもう、ペニー・レインがメーテルなんですよね、分かります? 『銀河鉄道999』のメーテルいるじゃないですか、美しさもさることながら、ミステリアスな雰囲気、妖艶な仕草、若者を手玉にとる感じ、時に感じさせる哀愁、その全てがメーテルでありまして、特にこのお話、少年の背伸びした恋を描いているもんで、ペニー・レインはまさにメーテルよろしく「若者にしか見えない時の流れを旅する女」な訳ですよ、まあ、メーテルよりもうちょっと若くてもうちょっと性にだらしない感じですけど。
とは言うものの、特にペニー・レインがウィリアムを惑わしてどうこう、みたいなのは無くって、ツアーに同行したバンドメンバーが見せる「大人の汚らしさ」「大人の弱さ」「大人の惨めさ」に触れ、それと同時にペニー・レインへの恋愛感情にも揺れつつ成長していく「少年が大人になる旅」がメインであり、ああヤキモキ! モヤモヤするう!
みたいなものはあまり無いんですが、少年が「手の届かない恋愛」をする様子を見ているとですね、ああ、俺にも確かにそういうのあったな、と遠い目で温かく見守ってしまう訳ですよ。
誰にでもかつてはそれぞれのメーテルが存在していたと思うんですけど、僕の場合はあれです、おばあちゃんが海の家を経営していたもんで、小学生の時、夏の間はずっと海の家で過ごしていたんですけど、そこにバイトでやってくる地元の女子高校生が僕のメーテルでして、優しいし、可愛いし、もしかして俺のこと好きなんじゃねえのかっていうぐらいくっついてきたりするんですけど、バイト終わりには彼氏(気持ち良いぐらいヤンキー)が改造バイクで迎えに来るんですよね、だからもう、僕的には毎朝恋して毎晩フラれる、みたいな感じですよ。
「あのお姉ちゃんのことでソワソワするのはやめよう」
そう思っても、なんだかどうしようもないんですよね、相手はメーテルなんで、メーテル相手にソワつかないでいられる奴なんかいますか?
ある日、こんな事がありました。
僕は何気なく貝殻を拾った。
お姉ちゃんは「綺麗な貝殻だね、ちょうだい」と言ってきた。
僕は「どうしようかな」と意地悪く言ってみた。
お姉ちゃんは「私の缶バッチ(矢沢永吉)と交換しよう」と顔を寄せてきた。
そこにパラリラパラリラ、改造バイクがけたたましい音でやってきて、お姉ちゃんは改造バイクの後ろに乗って僕に手を振って去って行った。
「貝殻あげればよかったな」
だって最初から、お姉ちゃんにあげるつもりで拾ったんだから。
僕の心象風景としてはそんな感じだったんですけど、そのお姉ちゃん、いわゆる僕のメーテルですね、その日を境にバイトに来なくなっちゃいまして、なんでかって言うと海の家の備品を万引きしてるのがバレてクビになったんですけど、ほんとにもう、悪いメーテルだよ、悪いメーテルだよ俺のメーテルは。
海の家の従業員一同、メーテルに対して非難轟々だったんですけど、僕はどうしてもその輪に加わる事ができなくてですね、拾った貝殻をポケットから出して
「これだけ取りに戻って来ねえかな」とか思って、でも、絶対に戻って来ない事は分かっていたし、だから、海に向かって投げて、来週から始まる新学期に向けて僕は歩き出しました。
ここで、劇場版『さよなら銀河鉄道999 -アンドロメダ終着駅-』のエンディングで流れるナレーションを振り返ってみましょう。
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少年の日が二度と帰らないように、メーテルもまた去って帰らない。 人は言う。
999は鉄郎の心の中を走った青春という名の列車だと。
今一度、万感の思いを込めて汽笛(パラリラパラリラ) が鳴る。
今一度、万感の思いを込めて汽車(改造バイク) がゆく。
さらばメーテル。
さらば銀河鉄道999
…そして少年は、大人になる。
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(劇場版『さよなら銀河鉄道999 -アンドロメダ終着駅-』より)
俺じゃねえかよ! 俺の話じゃねえか!
汽笛をパラリラに、汽車を改造バイクに都合よく脳内変換しちゃってますけど、これはもう、完全に俺の話だと言っても差し支えないし、どうですか、あなたも都合よく変換してみればこれはもう、あなたの話になりませんか。
そして内容が完全に『銀河鉄道999』になっちゃって、『あの頃ペニー・レインと』がどっか行っちゃったけど、大丈夫、どこにも行ってない、ウィリアムなら分かってくれる、その上で「俺じゃねえかよ!」と言ってくれるはずだ。
つまり誰にでもメーテル(若者にしか見えない時の流れを旅する奴)は居て、誰の中にも銀河鉄道999(青春という名の列車)が走ってるって事を思い出させてくれる映画が『あの頃ペニー・レインと』って事ですよ、そういう事です。
とはいえ、とはいえですよ、この映画は「少年だった時代を懐かしみ、あの頃は良かったなあと思いを馳せる」だけの映画じゃ無くてですね、過去の光を前方に向けて照らし、あなたは先に進みなさい、というメッセージが込められている、ような気もするんですよね。
それはまあ、2020年、今の現状が、先の見えない感じなので僕が都合よくそう受け取っちゃってるのかもしれないですけど、だけどね、だけど思うんです。
世の中が大変な事になってしまい、先が全く見えず、いつになったらあの頃に戻れるんだろう、ばっかり考えちゃってる今なんですけど、もしかしたら、もう二度とあの頃には戻れないような気もするんですよね。
これから先、例えば表向き元に戻ったとしても、根本の部分で「あの頃みたいには居られない」って事は絶対にあると思うし、それはでも、精神的な部分で言えば衰退じゃなくて進歩だと思うんですよね。
なんとなく思うんですけど、僕らはいろいろな面であまりにも子供だったんじゃないかと、これは大人になるための通過儀礼なのかもしれないと思う訳です。
ウィリアムがペニー・レインと過ごした時間、僕がメーテルと過ごした時間、それと同じで、僕らはもう、二度とあの頃には戻れないかもしれないけど、僕らには「誰もが過ごしたことのないこれから」が待ってるじゃないですか、かつての思い出を懐中電灯にしてこれから先を照らしましょう、そして、踏み出したのち、そこを「二度と失いたくない時間」にしましょう、しましょうっていうか、僕はもう20円しかないので死ぬかもしれませんけど、皆さんは楽しくやって下さい。
まあ、色々書きましたけど、頑張りましょう。
直接は会いに行けないけど、文字でなら抱きしめる事ができるぜ、と思って書きました、信じられないかもしれませんが、私は皆さんを愛しています。
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