目次
「真実」は見えるのか?
●『バーニング 劇場版』(2018)
わたしは映画の中に、どこか“正解”を求めてしまうところがあります。「謎が解けた」「私はここに共感した」「すっきりした」。鑑賞後をそんな感覚で終えたくなってしまうんです。でも、そんな期待をことごとく裏切るのに、いや裏切るからか記憶に残り続けて、ふとしたときになぜか頭をよぎる一本の映画があります。第71回カンヌ国際映画祭で『万引き家族』とパルム・ドールを争った『バーニング 劇場版』(2018)です。
村上春樹の短編小説『納屋を焼く』を原作に、イ・チャンドン監督が大胆なアレンジを加え「若者たちについての物語」として映画化。映画『ベテラン』のユ・アイン、ドラマ『ウォーキング・デッド』のスティーブン・ユァン、オーディションを勝ち抜いた新人俳優チョン・ジョンソがメインキャストを演じました。
物語は、フリーターの青年ジョンス(ユ・アイン)が幼馴染のヘミ(チョン・ジョンソ)に街で偶然再会するところから始まります。ヘミはジョンスに飼い猫の面倒を見てほしいと頼み、アフリカへ旅に出ます。旅から戻ったヘミは、ジョンスに旅先で出会ったミステリアスな青年ベン(スティーブン・ユァン)を紹介。ベンは秘密の趣味を持っていることをジョンスに打ち明けます。そしてある日、ヘミは姿を消してしまうのです…。
「真実を知りたい」と思わせるような物語でありながら、あまり多くのことは語られません。美しいカットの数々とは裏腹に、ぬぐうことのできない、どんよりとした違和感が終始つきまといます。結末もはっきりいって「すっきりした」とはいいがたいです。
結局真実は何だったのか? 正解を求めているのに、いつまでも答えにたどり着けないような奇妙さのせいか、この一本はずっと私の記憶に残り続けています。そして、「あなたには何が見えるのか?」と、ずっと問いかけられている気がするのです。
(大槻菜奈)
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主人公は流れ者のドライバー
●『ドライヴ』(2011)
家にばかりいるのは嫌だけど、遠出もままならない日々。そこで、僕は「カーシェア」に登録して夜な夜なドライブをするようになりました。行く先で楽しむことはできないけれど、ただ夜の街を走ることで、どこかへ行く気分を味わうことはできるのです。
第64回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したニコラス・ウィンディング・レフン監督の『ドライヴ』(2011)の主人公(ライアン・ゴズリング)は、昼はハリウッドのカースタントマンで整備工、夜は強盗を逃す運転手をこなす寡黙なドライバー。彼があることをきっかけに裏社会の陰謀に巻き込まれ、愛する女性を守るために立ち向かう様が描かれます。
主人公が警察から逃げるカーチェイスで幕を開けるのですが、そこに”カーチェイス”の言葉からイメージされる激しさはありません。彼は、知り尽くしたロサンゼルスの街を絶妙なタイミングで加減速を繰り返して次々と車を抜き去り、と思えばパトカーやヘリコプターの死角にスッと車を潜り込ませて息を潜め、また走り出す。淡々とした的確なハンドルさばきから、主人公の性質が炙り出されていくのです。
ドライブ中の主人公の横顔は、誰かといる時と違いどこか憂いがあり、夜の街に浸ることで孤独を埋めているようにも見えます。僕も、彼のようなハンドルさばきで車を抜き去ることはもちろんできませんが、同じように夜の街に浸り、家にこもって凝り固まった意識をじんわり解きほぐすことはできる。映画を観たあと、すぐに車に乗り込み、映画のじっとりした余韻を反芻するように夜の街をドライブしたくなるような、蒸し暑い夏の夜にぴったりの映画です。
(鈴木健太)
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原作と映画の熱い関係
●『ワイルド・アット・ハート』(1990)
思春期の頃は、なかなか自由に映画が観られないもの。90年代に青春をおくった私も、もちろんその一人。おこずかいから捻出するには映画のチケットは高く、年に一回行けば万々歳。レンタルビデオショップで借りてきたとしても、テレビは居間に一台。家族の目を気にせず、一人で堪能することはできませんでした。「いつか自由に映画が観れるようになったときのため…」と、雑誌の映画特集から観たい映画をリストアップし、それらの原作があれば図書館で借りて読み、「映画ではどんな風に表現されているのだろう」と空想し心躍らせたものです。
そんな私が切り抜いて取っていたのは「名作映画の原作特集」。ライオネル・ホワイト『逃走と死と』(スタンリー・キューブリック監督『現金に体を張れ』原作)、ミッキー・スピレイン『燃える接吻』(ロバート・アルドリッチ『キッスで殺せ』原作)などと出会うことができたのは、そのおかげです。中でも、バリー・ギフォードの原作を映画化したデイヴィッド・リンチ監督『ワイルド・アット・ハート』(1990)は、原作を読んだ後、観るのをとても楽しみにしていました。
第43回カンヌ国際映画祭でパルム・ドール受賞した今作は、ニコラス・ケイジ演じるセイラー・リプリーとローラ・ダーン演じるルーラ・ペース・フォーチューンの逃避行を描いたロード・ムービー。
私を一番熱くさせたのは、デイヴィッド・リンチ監督が今作では原作を劇的に改作しているのですが、バリー・ギフォードは続編を書く際、そのイメージを入れ込んだということ。創造が想像を刺激し、また新たな創造を導いたということが、私に深く響いたのです。
親元を離れ、自由に映画を観ることができるようになった私が『ワイルド・アット・ハート』を観たときの衝撃といったら! それ以来、デイヴィッド・リンチ監督作品のファンになったのは言うまでもありません。その雑誌の切り抜きは、幾度かの引越しによる断捨離をくぐり抜け、いまでも私の手元に残っているのです。
(小原明子)
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苦しみと向き合う私たちに寄り添う
●『ドライブ・マイ・カー』(2021)
今年(2021年)の第74回カンヌ国際映画祭で、日本映画として史上初の脚本賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』。村上春樹の同名短編小説を、濱口竜介監督と大江崇允氏が共同で脚本を執筆し映画化した本作は、濱口監督が小説『女のいない男たち』に収められた一編にほれ込み、自ら映像化を熱望したことで実現したそうです。映画祭での公式上映後に沸き起こった、約5分間のスタンディングオベーションとその際の濱口監督の表情は、コロナ禍で鬱々としていた私の心に温かい風を吹かせてくれました。
舞台俳優であり演出家である家福(西島秀俊)は、最愛の妻・音(霧島れいか)と幸せな日々を送っていましたが、あるとき家福は、音がもつ「秘密」の存在を知ってしまいます。そして、その秘密の正体がわからないまま、音は突然この世を去ってしまうのです。
愛する人が急にいなくなってしまった喪失感と、その愛する人が残した秘密に縛られるように日々を過ごす家福。それから数年後、演劇祭の仕事のため向かった広島で、自分の専属ドライバーとなるみさき(三浦透子)と出会い、演劇祭のオーディションでは、かつて音に紹介された俳優の高槻(岡田将生)が参加している姿を見つけるのです。新たな場所での「新たな出会い」と「過去とつながる出会い」が重なることで、家福の心の奥にしまっていたわだかまりが、少しずつ解け出していきます。
高槻と交流するなかで分かってきたこと。みさきと車の中で過ごす時間をとおして明かしたお互いの過去について。家福は悩み、葛藤しながらも、時間をかけてゆっくりと自分の本当の気持ちに向き合っていきます。その様子は、誰しもが持つ古傷の痛みと向き合う苦しみに寄り添っているようにも見えました。
ネガティブな過去の経験も全て受け入れて、前に進むことだけが正解ではないのかもしれません。しかし、その辛さを乗り越えたほうが自分の人生にとっては良い、生きやすいかもしれない。そして、流れに身を任せながらならば、それができるかもしれない。偶然の出会いをとおして自分の気持ちと対峙し、その先にたどり着いた家福とみさきの姿が、そう思わせてくれました。
(鈴木隆子)
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