目次
ひとりでは抱えきれない「終わり」の切なさ
●『ブルーバレンタイン』(2010)
『レボリューショナリーロード 燃え尽きるまで』(2008)や『ふたりの5つの分かれ路』(2004)など、夫婦間の倦怠期を描いた名作は数あれど、私にとって『ブルーバレンタイン』以上に心をえぐってくる映画はありません。
ライアン・ゴズリングとミシェル・ウィリアムズ演じる一組の夫婦の、恋に落ちて結婚を決めていく幸せ絶頂期と、5年後に決定的な終わりを迎えるある1日を、交互に見せていく今作。一緒にいても視線は合わず、口を開けば喧嘩ばかりの現在と、「この出会いが正解なんだ」とばかりにキラキラ輝く5年前の姿が交互に映されることで、観ているこちらの気持ちもアップダウンを繰り返し、切ないやら苦しいやらで情緒はボロボロ。「あの時どうしていたら良かったのか…」と、取り戻せなくなった二人の関係に思いを馳せてしまうのです。
たった少しの希望も描かれず、容赦無く「関係の終わり」を突きつけるラスト。永遠だと思っていた相手への気持ちは間違いだったのか。そもそも出会わない方が良かったのか。ぐるぐると考えて答えを求めても、映画の中では、実人生に活かすべく教訓も希望も描かれません。
二度と見返したくないほどにつらい。それでも、この映画がずっと私の心に残り続けて時々顔を出すのはなぜなのか。それはきっと、誰の人生にも起こりうる、他人同士を結ぶ「不確かな愛」が失われていく過程を、ふわっとした希望に逃げず、真正面から描いているから。そして同時に、「不確かな愛」が永遠じゃなくても、その瞬間が人生の中で輝いていたことだけは確かなのだと、ラストの美しい打ち上げ花火が肯定してくれている気がするのです。
結婚を考えている人にも、家庭を持つ人にもこの映画は勧められない。でも、ひとりではとても抱えきれない…! そんな胸が張り裂けるような切なさから、結局いつも人に勧めてしまう一本です。
(安達友絵)
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ふたを開けたらレア・セドゥのデビュー作!
現地フランスで観た、愛と信念のドラマ
●『美しいひと』(2008)
大学3年生の夏休み、フランスのスイス国境近くにあるブザンソンという街に留学していました。ある日の夕方、授業が終わってから映画を観ようと、ブザンソン生まれの文豪、ヴィクトル・ユゴーの名前がついたミニシアターへ向かいました。
お目当ては、クリストフ・オノレ監督の新作『La Belle Personne』。前にもオノレ監督の作品を観て、魅了されたことがあったからです。それは、思想家ジョルジュ・バタイユが近親相姦をテーマに書き上げた小説を映画化した『ママン』(2004)。イザベル・ユペール演じる色っぽくもイカれた母と、ルイ・ガレル演じるギリシャ彫刻のような美男ぶりの息子の間で情動が揺らめく、なんとも魅惑的な問題作でした。
さて上映開始。もちろん字幕はないので、舞台が現代のパリのリセ(※フランスの中等学校)というくらいはわかるものの、細かい筋がよく理解できない部分もありました。でも、主人公のリセエンヌも、彼女と惹かれ合う教師(またもルイ・ガレル! )も、ほかの若者たちも、恋したり、嫉妬したりした挙句、恋人をナイフで切りつけようとしたり、自らの命を絶ったり……、恋愛というものに、まさに命を賭けているかのよう。リアルかどうかはさておき、これほど真摯な恋愛映画は観たことがありませんでした。
特にイタリア語の授業のシーンが見事で、レコードから流れるオペラ歌手、マリア・カラスの悲痛な歌声に聴き入る、何人もの生徒たちのクローズアップが順々に映るのですが、表情や視線から一人一人の、愛の思惑、苦悩が伝わってきて、ギュッと胸を掴まれました。
この映画はのちに、日本でも『美しいひと』というタイトルでDVDが発売され、もちろん購入しました。あとからわかったことといえば、本作で女優デビューした主役の彼女は、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのレア・セドゥであること。
また原作が、ラファイエット夫人による17世紀末の小説『クレーヴの奥方』であること。16世紀フランスの宮廷の恋模様を描き、史上初めて「生きた人間の恋愛感情が表現された」といわれる名作です。
実は『美しいひと』は、当時のサルコジ大統領が、公務員の国家試験で『クレーヴの奥方』が出題されたことをばかげているとした発言に対する、監督なりの抗議だったそうです。つまり「16世紀の宮廷を現代のリセに置き換えれば、この小説がどれだけ普遍的な価値を持っているかわかるだろう」と。元大統領の、文学という芸術をばかにする態度が許せなかったんですね。
登場人物たちは「愛」に生き、監督自身は「信念」に生きた映画、『美しいひと』。10年以上、心に残り続ける1作です。
(川口ミリ)
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「スペシャル」な人
●『わたしはロランス』(2012)
約4年前に、近所のミニシアターでのグザヴィエ・ドラン監督特集上映で観た『わたしはロランス』。上映開始ギリギリにゲットした最後の一席で、私は悲しさや切なさなど様々な感情に揺さぶられ、上映後はなかなか座席から立ち上がれませんでした。
国語教師のロランスは35歳の誕生日に、「間違った身体で生まれた。これは自分じゃない」「35年間男として生きることで、本当の自分の人生を否定してきた」と、恋人のフレッドに打ち明けました。それを聞いた彼女は、今まで過ごしてきた二人の時間を全否定され、裏切られたような気持ちになり、ロランスを激しく責め立てます。ロランスの告白をなかなか受け入れられず、葛藤するフレッドですが、ずっと愛し続けていたロランスを失いたくないと思い、これまでの関係ではいられないけれど、自分はロランスにとって一番の理解者になろうと、前と変わらずそばにいることを決意。ロランスにメイクの仕方を教え、ロランスが女性の服装で学校に出勤した初日をお祝いし、今までと変わらない日常を過ごせるように心を配りました。そんなふうにして二人はお互いを大切に思い、支え合いながら一緒に日々を送っていたのですが、周囲からの偏見や拒否反応によって、次第にそれを続けるのが難しいと気づいていくのです。
女性としての人生を歩み始めたロランスは、生徒の親などから理解を得られず職場から不当に解雇されてしまったり、たまたま居合わせた見知らぬ人から突然暴力を受けたりと、様々な困難に見舞われます。徐々に二人の未来に不安を抱きはじめていたフレッドは、ある人が興味本位でロランスにかけた失礼な言葉に、遂に感情を大爆発させてしまいます。
ロランスの生きづらさを一番近くで感じ、また、自分自身の身体や日常に起きはじめていた変化の影響も受け、様々な感情が混ざりあって苦悩するフレッド。その姿は本当に苦しくて悲しくて、見ているだけで胸が張り裂ける思いでした。しかしその一方で、フレッドのように、家族以外の誰かに対して、こんなにも感情を爆発させるほど大事に思うことがあっただろうか、そして、これからもそういうことはあるのだろうかと、こんなに悲しい場面なのに、二人のことを羨ましく思う自分がいたのです。
ロランスとフレッドは、恋人同士という関係を超え、心が繋がりお互いを想い合う「スペシャル」な関係をつくろうとしました。ここ数年、セクシュアリティについての理解や、多様性を受け入れるという意識が高まっていますが、その大元にある、シンプルに「大切な人」を大切にしたい、幸せになってほしいと思う気持ちについて、二人は教えてくれたような気がします。
(鈴木隆子)
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痛いのに、強烈に心惹かれる。
ビョークの“生の輝き”
●『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000)
「映画館で観て以来、ずっと引きずっている…」「心をあんなにえぐられた映画はない…」と、編集部のメンバーが“トラウマエピソード”とともに挙げた作品があります。私はその作品を「いつか観たいリスト」に入れていたのですが、口々に話されたエピソードに尻込みしてしまい、なかなか踏み出せずにいました。しかし、「4Kデジタルリマスター版」としてよみがえるという話を聞き、満を持してスクリーンで鑑賞することに。その映画こそ、第53回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを、アイスランドの歌姫ビョークが主演女優賞を受賞した『ダンサー・イン・ザ・ダーク』です。
ビョークが演じるのは、チェコからの移民であり、シングルマザーとして息子を育てる主人公・セルマ。遺伝性の病気で視力を失いつつある彼女は、貧乏ながらも友人にも恵まれ、趣味のミュージカルを楽しみながら息子と二人の生活を楽しんでいました。しかし、彼女にはある秘密が。同じ病を患う息子を失明から救うため、手術費用をコツコツ貯めていたのです。そのことをうっかりある人に話してしまい、お金をせびられるようになったセルマは、病の悪化から勤めていた工場を解雇されることに。セルマの人生は悪い方へと転がり続けます。
スクリーンに映し出される、壮絶で、救いのない彼女の人生をただ見つめるしかない状況に、どんどん追い詰められていく私の心。おかしくなりそうな自分を必死に保っていたのですが、ラストに向けて大きくなる客席からの鼻をすする音に、いよいよ堪え切れなくなり、嗚咽。そして、トドメとばかりに訪れるラストシーンで、心が完全に崩壊。館内が明るくなってもしばらく客席から動けず、同じように放心してる人や逃げるよう席を後にする観客の姿を眺めながら、心に焼きついた「痛み」に呆然と浸るしかありませんでした。
そこから数日間「痛み」が抜けないまま過ごしていたのですが、なぜかその「痛み」に「痛み」を重ねたい衝動にかられました。そこで、セルマが空想のミュージカル内で歌う楽曲が収録されたサウンドトラック『Selmasongs』を聴いてみることに。ビョークは今作で、主演だけでなく音楽も担当しており、主題歌「I’ve Seen It All」はトム・ヨークと共に歌いあげた名曲です(※本編ではピーター・ストーメアとのデュエット)。改めて歌声に浸っていると、心の内側で自由に歌声を響かせているセルマの姿が鮮明によみがえり、私はセルマの強烈な“生の輝き”にこそ魅せられていたのだと気づきました。それは、スクリーンの大画面と劇場の音響で、暗闇の中に浮かび上がるビョークの圧倒的パフォーマンスを体感できたからではないでしょうか。今作で私の心に焼きついたものは、「痛み」だけではなかったのです。
(鈴木健太)
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