目次
いっぱいいっぱいな心を焼き尽くす“熱”
●『宮本から君へ』(2019)
今から約2年前、新しい仕事や生活に忙殺され心がいっぱいいっぱいになっていた時、何かにすがるように入ったレイトショーでこの映画と出会いました。新井英樹の人気漫画を主演・池松壮亮、監督・真利子哲也で実写化した映画『宮本から君へ』です。
熱血営業マンが主人公ということで「青春映画かなぁ」と、軽い気持ちで最前列に座ったのですが、上映が始まるとスクリーンいっぱいに映画が発する“熱”を間近で浴びてしまい、館内が明るくなってもしばらく立ち上がれず放心状態になりました。自分は今何を観ていたのだろうと思うと同時に、最近の自分は「自分が見えなくなっていたな」と我に返ったような心地になったのです。
今作で、主人公のサラリーマン・宮本浩(池松壮亮)は、傷つけられた恋人の中野靖子(蒼井優)を守るため “絶対に勝たなきゃいけないケンカ”へ命がけで挑みます。不器用で、やることなすこと失敗の連続の宮本からは、一切余裕なんて感じられません。それでも真正面から全力で困難にぶつかる宮本が発する“熱”に、私のいっぱいいっぱいだった心が焼き尽くされ、リセットされた気がしたのです。「余裕がないなら、ないなりに頑張れよ!」と目の前のスクリーンにいる宮本から鼓舞され、心の余裕を取り戻したように感じました。
以来、この感覚が病みつきになり、いっぱいいっぱいになったと感じた時に自然と観返すようになりました。「本作を観たいと思う」=「心に余裕がない」と、自分を確かめる指標にもなるのです。そして、不思議なことに何度観ても初めて映画館で観た時の“熱”を感じ、心がリセットされます。『宮本から君へ』は、自分に闘魂を注入するエナジードリンクのような映画となりました。
(鈴木健太)
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フィンランドの宝「ヘヴィ・メタル」の魅力に開眼
●『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』(2018)
The Cardigans、ABBA、björk(ビョーク)、Sigur Rosなど、日本でも人気のあるミュージシャンを数多く生み出している北欧。その中でもフィンランドは、人口比率でいうと、世界で最も多くのヘヴィ・メタルバンドが存在している(人口10万人あたり53.2組)メタル大国だというのはご存知でしょうか。
そんなフィンランド北部の田舎を舞台に、ヘヴィ・メタルバンドのバンドマンたちの青春を描いた『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』(2018)。 メンバーはそれぞれ、介護施設職員、トナカイの解体業、図書館職員などの本業を持ちながらバンド活動を続けているのですが、結成12年になるにもかかわらず、バンド名とオリジナル曲は無し、ライブ経験も無し。村のヤンキーたちから長い髪をバカにされても言い返せず、メタル愛をこじらせている彼らですが、突然ひょんなことからノルウェーで開催される巨大メタルフェスへの出演チャンスが舞い降ります。
全員が知り合いと言ってもいい彼らの小さな村では、フェスへの出演が決まるとすぐに噂が広がり、みんなから大きな期待をかけられます。しかし、彼らが小さな失敗をした瞬間、今度は手のひらを返したように村人全員の態度が一変。その後バンドは様々なトラブルに見舞われるのですが、もう一度自分たちを奮い立たせ、フェスのステージに立つため突き進む決意をします。
私はヘヴィ・メタルの知識があまりないため、音楽性やビジュアルからどうしても近寄りがたいイメージを抱いてしまっていたのですが、彼らの素顔や純粋に目標を追いかける姿に感化され、気づけばすっかりバンドのファンに。 今まで触れる機会がなかったヘヴィ・メタルの魅力を味わい、劇中に登場する美しいフィヨルドの絶景や、バイキングなどの北欧名物で旅行気分も満たされて、観終わるころには身も心もフィンランドへトリップしていました。
(鈴木隆子)
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BGMのように映画を流せば、仲間の声が聞こえてくる
●『魔女の宅急便』(1989)
東京での一人暮らしを始めて間もない頃にやってきたコロナ禍。テレワークで働くようになったため、部屋でひとり過ごすことが多くなりました。インドア派の私は、誰かに会えないことをさほど苦には感じなかったのですが、日常の中で感情の起伏がほとんどなくなってしまい、それには少し心細さを感じることもありました。今思うと、人に直接会う機会というのは、気持ちを高める貴重な時間だったのかもしれません。
一人暮らしの部屋で、パソコンに向かう毎日を過ごしていると、「なんかちょっと背中を押してほしいな」「もうひとふんばり、気持ちを入れなおしたいな」と思うことがあります。そういうときには、『魔女の宅急便』がどうしても観たくなるのです。私にとって、子供の頃から何度も繰り返し観ていた一本なのですが、上京の際には持ってこず、今の一人暮らしの部屋にはありませんでした。そこで、オンラインショップでBlu-rayを購入。我が家に新入りしたこの映画は、誰かに会って話すことに代わって、私の心強い仲間になりました。
ひとりで地元を離れて都会に来た主人公のキキに、あたたかいインスタントコーヒーを出してくれるパン屋のおソノさん。いつもキキのそばにいてくれる相棒の黒猫のジジ。BGMのように『魔女の宅急便』を流していると、登場するキャラクターたちの声が聞こえて、気持ちが高まり、仕事に集中できるように感じます。また、キキが独り立ちする日の声援「ゴーゴーキーキ!」をよく唱えていた幼い頃の自分や家族との光景が思い出され、ちょっと安心した気分になるのです。
今でも『魔女の宅急便』は、いつでも手に取れるようベッドのわきにそっと置いています。うまくいかないことがあったり不安を感じたら、BGMのようにお気に入りの映画を流してみませんか? あなたの背中をそっと押してくれる仲間のような存在になってくれるかもしれませんよ。
(大槻菜奈)
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300億円より大事なもん
●『ビリケン』(1996)
無性に大阪が舞台の映画を観たくなることがあります。18歳で大阪から上京してきた私は、東京の人と人との距離がちょうどよいと感じる反面、他人にあまり深く干渉しないところには物足りなさを感じることもあります。あれだけ「私のことはほっといて!」と思っていたのに、ないならないで恋しいだなんて、ちょっと都合が良すぎますかね?
映画『ビリケン』は、二代目通天閣40周年記念としてつくられた阪本順治監督による作品です。大阪・新世界を舞台に、通天閣に祀られた神様・ビリケン(杉本哲太)が、自分に願をかけた人々の願いを叶えるため奔走する人情ファンタジー。
落とした指をくっつけてほしいと願うチンピラや競馬で大穴を当てたいと願うホームレス(笑福亭松之助)、年甲斐もなく若い浮気相手によく思われたい通天閣観光社長(岸部一徳)、田舎へは戻れないと酔っ払ってビリケンにぼやくオッチャン(原田芳雄)など、ダメな大人が繰り広げる箸にも棒にもかからないような「しょーもない」会話の掛け合いがとにかく痛快。効率的とか、生産性が高いとかだけが大切なわけじゃない、無駄の豊かさを感じや〜と言われたような気がして心がほっこり温かくなるのです。
でも、今作で一番私の心を捉えるのは、ダメに見えた大人たちが、自分にとって本当に大切なものがわかっているところ。オリンピックの誘致による300億円もの経済効果をちらつかされても、住民たちは自分たちの居場所である街を守ります。「困ったときに来るところ」が、自分にとっても他人にとってもなくてはならないというのをみんなが理解している姿を見ていると、なんだか涙が…。この街の住人と同じく、ビリケンさんに心のうちを覗かれた気がしました。
「あかんくてもええから、自分にとって大事なもんは手放したらあかんで」 「ビリケンさん、ほんまやな。私、ちょっと考えてみるわ。ありがとうやで、また頼むわ」
(小原明子)
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