目次
建築は癒しの芸術
●『コロンバス』(2017)
私が17歳のときにオープンした東京・有楽町にある東京国際フォーラム。ラファエル・ヴィニオリが設計したこの建物は、特に「船」をイメージしたガラス棟の大胆なデザインが有名です。通学途中だったこともあり、私は学生時代によくこのガラス棟に立ち寄っていました。最上階のラウンジに行くと格子状になった全面ガラスから眼下に線路と東京の街を眺めることができて、なぜか心が落ち着いたのです。
『コロンバス』はインディアナ州コロンバスという小さな街を舞台にした作品。この街には数多くの歴史的なモダニズム建築があります。建築に魅せられながら、薬物中毒だった母親と離れられずにいる若い女性と、コロンバスで倒れた高名な建築学者の父を看病するためにやってきた男性との交流が描かれています。
建築を愛している彼女と、建築に複雑な想いを抱える彼は、さまざまな建築物を訪れて色々な話をします。それぞれ親との関わりに悩み、次の一歩が踏み出せないでいるふたり。そんな彼らを、優美かつ繊細でありながらどっしりとしたモダニズム建築の数々がゆったりと見守ります。
ふたりの背後に次々と現れる見事な建築物を眺めながら、私はいつしか青春時代に通った現代建築(東京国際フォーラム)に想いを馳せていました。『コロンバス』の中に「建築は癒しの芸術」という言葉が出てきます。主役のふたりがこれに同意しているのかは実際に映画を観ていただくとして、私は建築が持つ癒しの力・心を落ち着かせる力を信じています。
(八巻綾)
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「静」の奥に感じる、幼少期の記憶
●『ミツバチのささやき』(1973)
小学生の頃に鍵っ子だった私は、放課後から夕暮れまで、多くの時間をひとりで過ごしていました。習い事の帰り道、友だちと自転車で通る雑木林の闇や、親が不在の家で感じるしんとした廊下の空気。そうした「静」の気配が、私の子どもの頃の記憶にはどこか存在しています。
それが寂しかったかというと、実はそうでもなく、「早朝や深夜、この雑木林には誰か来ているのか」「一度も越えたことのないこの踏切の向こうに、いつか友だちと行ってみたい」と、想像を膨らませる時間は楽しかったし、今思うとそれが、物語や映画を好きになった自分につながっている気がします。
そうした子どもの頃の原体験をいつも思い出させてくれるのが、ビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』です。内戦の記憶が暗い影を落とすスペインを舞台に、アナとイザベルという小さな姉妹の姿を映したこの作品は、「子どもの目線から見た世界」を徹底して描いています。
映画で観たフランケンシュタインを暗い森の中で探す。どこにつながっているかわからない長い線路に佇む。怪我をした脱走兵と出会う。アナとイザベルは、私が鍵っ子だった小学生時代よりもさらに幼少期ですが、その静かでたくましい目線からは、自然に対して抱いていた畏怖や、知らない場所への好奇心、初めての死生観など、子どもの頃の記憶がいくつも蘇ってきます。それは「こんな頃があったなぁ」と、昔を懐かしむようなノスタルジーとはまた違って、もっと自分の内面的な、根源の部分に再会できる感覚なのです。
サンタクロースも幽霊も、ノストラダムスの大予言も信じていた子ども時代。『ミツバチのささやき』を観て心が落ち着くのは、まだ自分の五感だけで力強く世界を捉えていた頃の感覚が、戻ってくるからなのかもしれません。
(安達友絵)
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再生ボタンを押し、
いつものコーヒーハウスへ
●『フレンズ』(1994〜2004)
今回のテーマは「心の落ち着く映画」だと聞き、困ってしまいました。なぜなら、自分が映画を観るときに求めているのは、「心を揺さぶられること」だから。
たった2時間ほどの、一生においては大海原の一滴のような、1本の映画の上映時間。ならば、予想外のストーリー展開で、あるいは独創的な演出で、どうか心を存分にシェイクしてくれ! そういう鑑賞スタンスなのだから、テーマに合う作品が思い浮かばないわけです。
そこまで考えてから、でも、と思いました。ドラマシリーズだと、劇的な展開がそこまで多くない、のんびりした日常が続いていくような作品がむしろ好みなんだよなー。
その筆頭が『フレンズ』。1994〜2004年にかけて放送され、世界中を席巻した名作シットコムです。舞台はNY。箱入り娘のレイチェル。しっかり者のモニカ。自由奔放なフィービー。優しいロス。シニカルなチャンドラー。モテ男のジョーイ。社会に出てもなかなか大人になれない、でもチャーミングな6人組の物語です。
もちろんドラマが描く10年間で、6人の関係は徐々に変わっていきます。レイチェルはロスと付き合って、別れ、また付き合う(そのたびにU2の『With Or Without You』が流れるのがエモいんです)。モニカとチャンドラーは結婚。フィービーもピアニストのマイクと結婚。ジョーイだけは、いつまでもナンパしまくりの平常運転なのだけど(笑)。
ただ6人は毎回必ず、モニカとレイチェルが暮らす部屋や、近所のコーヒーハウス「セントラル・パーク」に集まっては、どうでもいい、だからこそ最高に楽しいおしゃべりに花を咲かせます。ストーリー的に、ほぼなんにも起きない回もたくさんあります(たとえばシーズン4で、ロスがキーボードを弾き始めるも、全く才能がないことを、5人が彼になかなか言えないだけの回とか!)。なのに、一向に飽きないんです。
飽きないのは、もちろん脚本や演出が優れているからでしょう。でもそれ以上に、『フレンズ』を中学の頃から観てきた私としては、もはや6人組の仲間でいるような感覚なんです。再生ボタンを押しさえすれば、いつでもあのホッとする空間に戻れる。もう全話を2周はしたけれど、3周目も行く準備はできています。
(川口ミリ)
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観るたび心落ち着く、深夜に観たい映画
●『ラヂオの時間』(1997)
ここ数年、寝むりにつく時に深夜ラジオを聞くことが、一日を締めくくるルーティーンとして定着しています。聞こえるか聞こえないかくらいのボリュームで聴いて寝落ちするのが心地よく、ラジオから聞こえる音声がもはや私の生活に欠かせない“睡眠導入剤”になっているのです。
劇団東京サンシャインボーイズの演目を、主宰の三谷幸喜さん自らが監督を務め映画化した『ラヂオの時間』は、そんな深夜のラジオ局が舞台になっています。素人作家の主婦・みやこ(鈴木京香)が初めて書いて採用されたラジオドラマに、わがままを言う主演女優のリツ子(戸田恵子)。それを口火に他の出演者も次々と内容への不満を漏らしその度にどんどん脚本が書き直され、「メロドラマ」だった設定が生放送中にかかわらず「アクション」に変化していく騒動がコミカルに描かれます。
本作との出会いは学生時代、Base Ball Bearの小出祐介さんが「作業中に流すと落ち着く映画」と、ある番組で紹介していたことから。そのことばをきっかけにこれまで何度も観ているのですが、小気味よいテンポで物語が進む心地よさと、画面のアナログな質感や”深夜ラジオ”という舞台も合間って、観るたびまるで僕が寝る直前にラジオで味わう、心の力みが解けていくような感覚を味わえるのです。
そして、普段聴いている深夜ラジオの裏側にも、きっとたくさんの作り手が関わっていて、それぞれの立場で必死に制作し、その想いを結実させた番組を我々リスナーに届けている。そんな深夜ラジオの現場に思いを馳せ、ラジオにより愛おしい気持ちを抱く一本です。
(鈴木健太)
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「夢みた未来ってどんなだっけな」
●『海よりもまだ深く』(2016)
先日パソコンで作業をしながら、アプリで深夜ラジオを流していたときのこと。思わず手を止めて聴き入ってしまうほど心地よい、ある音楽がきこえてきました。アプリに表示されているオンエア曲リストを確認すると、ハナレグミさんの「深呼吸」でした。
アプリ上で見る「深呼吸」というタイトルのつづきには、見覚えのある映画のタイトルが添えられていたので、気になって調べてみることに。この曲は映画『海よりもまだ深く』の主題歌として書き下ろされたもので、本作の劇中音楽もハナレグミさんが担当されていたことを知りました。ずいぶんと前に観た本作を、この偶然の出会いをきっかけに改めて観ることにしました。
原案と脚本は是枝裕和監督がつとめ、主人公・良多を阿部寛さん、良多の母・淑子を樹木希林さんが演じている本作。良多は、15年前に文学賞を一度受賞したものの、その後成功とはほど遠く。いまだに夢を追い続け、生計を立てるために探偵事務所で働いています。愛想をつかされた元妻・響子(真木よう子)にも未練を残したまま。そんなある日、偶然にも淑子の家に集まった良多、響子、息子・真悟(吉沢太陽)の「元家族」は、台風のせいで、嵐の一夜を一つ屋根の下で過ごすことになります。またそれぞれの日常に戻っていくのだと知りながら。
わたしも日常では、思い描いたとおりにうまく進まないことのほうが多いです。そんな時に抱く悔しさを心のなかにしまい込んだまま、また日常に戻っていくことも。『海よりもまだ深く』は、そんな思いにさりげなく寄り添ってくれるような一本です。そして、劇中の音に耳をすませながら観ていると、思い通りにできなかった出来事や気持ちも、ちょっと愛おしく思えるような気がしてきます。
こんな映画との出会い方もあるんだなぁと、日常のなかにさりげなく潜む映画との出会いの糸口を、もっと探してみたくなりました。映画のサイドストーリーとして池松壮亮さん主演で撮り下ろされた「深呼吸」のPVも、ぜひ観てみてください。
(大槻菜奈)
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