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僕の経験を、何度もポジティブに物語る。
― 今日はよろしくお願いいたします。PINTSCOPEと申しまして…
ANARCHY : 映画のサイトですよね? 音楽のサイトではなく…。
― はい、そうです!
ANARCHY : 今日は映画関係のメディアの方に、僕からも色々お伺いしたいと思ってるんです。こういう機会をいただいているので、学びたいというか…少しでも成長できればなと。
― いつもは音楽関係のメディアの取材が多いということですよね。ずっとラップをつくってきたANARCHYさんが初めて映画を撮られたわけですが、「映画をつくる」ことがANARCHYさんの夢だったと伺いました。
ANARCHY : 映画って、表現の“究極の形”のような気がしているんです。「あの映画を観て人生が変わった」とかよく聞くじゃないですか。小説や音楽もそうですが、自分が経験したことのないことを体験できて、それが自分の人生の糧にもなりえるってすごいですよ。
映画は、音楽も映像も言葉も全部詰まっているので、観た人の感情を一番大きく動かせる表現なんじゃないですかね。だから、そういう表現に携わりたいと、映画を観ながら自然とそう思っていました。
― 映画がお好きだったんですか?
ANARCHY : もちろん! 映画は大好きです。子供の頃は、テレビでよく放送されていたから『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)とか『ホーム・アローン』(1990)とかよく観ましたね。「ホーム・アローン」シリーズは『2』(1992)が好きです(笑)。
― 『ホーム・アローン』のヒットを受けて2年後につくられた、クリスマスのニューヨークが舞台となった作品ですね。
ANARCHY : 子供やティーンエイジャーが主人公の映画や、青春ドラマを描いた映画、あとはコメディ映画が好きですね。観た後、救われないような気分になる作品はダメで…(笑)。だから僕が映画をつくるときも、誰かの背中を押せる作品にしたいなと。
― 今作の『WALKIKG MAN』も、吃音症を抱え人前で話すことも笑うことも苦手だった主人公・アトム(野村周平)が、ラップと出会い自分の思いを表現できるようになっていく姿を描いています。
若者に一番届いてほしいと思っていて。
― ANARCHYさんはラップをつくることも、世界を変えることができる「若い世代へ向けて」を意識しているとおっしゃっていますね。
ANARCHY : 今回も、少年マンガを読んでいる世代に「おもしろい」と言ってもらえれば成功かなと思っているんですよ。僕は15歳の頃とか、アトムと環境の部分で同じことがあって、それを吐き出さないとどうしようもない状態だったところがある。
― アトムは極貧の母子家庭で、妹と一緒に暮らしながら、アルバイトで生計をたてていましたね。ANARCHYさんも父子家庭で育ち、15歳でラップを始められ、17歳で暴走族総長となるという経歴を持っています。
ANARCHY : ラップってラジカセひとつあればできるんですよ。お金がなくても、机叩いて、韻踏んで、言葉を並べると音楽になる。そのラップに、15歳だった僕はすごく魅力を感じた。そして、初めてステージ上で、そのラップを披露した時のことは忘れられません。僕の言ったことを、みんなが聴いてくれているんです。そんな瞬間って日常では、なかなかないじゃないですか。何十人、何百人が自分の言いたいことを聞いてくれることって。
― その時のことを今でも鮮明に覚えているんですね。
ANARCHY : はい。だから、今作でもエンディングでアトムが歌うところは、「みんながアトムの言葉を聞いている」ということを強く伝えるために、沈黙から音楽を始めました。
― 作品内では、言葉が誰かに伝わる瞬間、そしてその喜びが、何度も丁寧に描かれていました。
ANARCHY : 今の僕には、自分が経験してきたことしか表現できる力がなくて。だから今回の映画もラップを題材にしました。でも、ラップが好きな人だけに届くようにはつくっていません。僕が映画をつくりたいと思ったのは、音楽を聴かない、ラップを聴かない人たちにも伝えたいことがあるからなんです。
― 映画で、音楽を聴かない人たちにも伝えたいことがあると。
ANARCHY : 僕が育った街って、ゲットー(ヒップホップでよく使われる貧民地区という意味を持つ言葉)だと子供の頃は思っていたのですが、上京して東京の方がゲットーだなと思いました。僕が育った街の方が、団地だったからみんなが家族みたいだったし、もしかしたらいい環境だったんじゃないかなと。
銃がはびこっているわけではないから、「日本にゲットーはない」って言う人もいるけれど、今の日本には心の中にゲットーを抱えている人がたくさんいるって感じるんです。どれだけ必死に頑張っても、今いる環境から抜け出せないで、もがいて苦しんでいる人に、僕の経験を何度も物語ることで、少しでも前を向けるようになってもらえればって。僕の体験をポジティブな形で届ける、それが僕の使命だと今は感じています。
ANARCHYの「心の一本」の映画
― 映画がお好きだったとはいえ、ゼロからの映画づくりは大変だったそうですね。まずは、『スカイハイ』などで有名なマンガ家・髙橋ツトムさんに相談しにいったとか。
ANARCHY : 手ぶらで相談できるのは髙橋さんしかいなくて。だって、スポンサーどころか、脚本もストーリーも全くない時点で相談しに行ったんです。髙橋さんもマジで唖然としてました。「何言ってんだ?」みたいな(笑)。
「映画つくるのは、すごい大変なんだよ。できるのか?」って聞かれて、「できます!」って(笑)。昔から変な自信だけはあるんですよね。で、「映画つくりたいんです!」って言ったら、「よし、わかった!」と。そう言ってくれるのが髙橋ツトムさんなんですよ。
― (笑)。
ANARCHY : 蜷川実花さんにも連絡して、話を聞きに行きましたね。蜷川さんもカメラマンから映画監督もされるようになったじゃないですか。だから、どうやって映画監督になったのか、僕が一番聞きたい事を聞けそうな気がして。
― 今日の取材の冒頭でも「この取材から、学びたい」とおっしゃっていましたが、自分の伝えたいことを表現するために、「ゼロから学んで形にする」という覚悟をANARCHYさんのお話から感じます。まずはその思いを周りに伝えることから始めて、仲間を増やしていくんですね。
ANARCHY : 今は「映画をつくりたい」と言ったら、カメラがあれば誰でもつくれるわけじゃないですか。今回僕は、みんなの協力のおかげで長編商業映画として公開することができた。そういう環境をつくれることって、幸せですよね。であれば、精一杯できる限りのことをして、表現したいなと。
…実は、すでに次の映画の脚本書いています(笑)。
― まだ公開前なのに!? すごいバイタリティです!
ANARCHY : それを髙橋ツトムさんに言ったら、「おまえ、頭変だな。もう、つくりたいのかよ!?」って言われました(笑)。みんなをハッピーにできる映画をつくりたいんですよね。最終的には、ジム・キャリーが主演している映画のような作品をつくりたい。
― いつも最後に、心の一本の映画を伺ってるのですが、ANARCHYさんは、やはり…
ANARCHY : 僕の一本は、ジム・キャリーが主演の『マン・オン・ザ・ムーン』(1990)という映画です。実在のコメディアン、アンディ・カウフマンを描いた作品ですね。僕がエンタテイナーとして存在するためのルーツとなった映画と言っていいと思います。
ANARCHY : 病魔に犯されたとしても、最後まで人を驚かしたり、笑わせたり、人の心をつかんでいく主人公の姿に打たれるんです。もう、何度も繰り返して観ていますね。
― どんな時に映画を観たくなりますか?
ANARCHY : 新しいインスピレーションを入れたくなったときかな。僕、2時間の映画を4時間かけて観るんですよ。
― どういうことですか!?
ANARCHY : 映画を観ていると、自分が感じたことのない感情になることってあるじゃないですか。その時に、一旦映画をストップして考えるんです。「なんで、こんな気持ちになった?」って。それで、それを言葉にしてノートに綴る。人の言葉を使うのが僕は好きではなくて、そうやって言葉をためているんです。それがリリックになるときもあります。
― アイデアノートを片手に映画を観るんですね。
ANARCHY : だから、だいたい映画観るときは4時間ぐらい空いていないと観ないです。途中で止めて日を改めて観るのは嫌なので。僕にとって映画は、ゆっくりしたい時とか「無」の時に、インプットや思考トレーニングと思って観ていますね。音楽より映画の方が観るかもしれないです(笑)。