目次
「自分をすごく気にしている女の子」と、
「あまり気にしていない男の子」
― 本作は日本におけるクルド人難民(※)の問題を扱った作品でありながら、アイデンティティに悩む一人の少女の青春を描いた物語でもあります。
― 川和田監督は本作について「アイデンティティに悩んでいた10代のころに自分が観たかった映画でもあるんです」とおっしゃっていましたが、主人公のサーリャと同じ17歳の頃は、どんな高校生でしたか。
川和田 : そうですね…置かれている状況の苦しさは比べられませんが、内面的にはまさにサーリャみたいだったと思います。サーリャが体験したようなことを、私もよく体験していました。例えば、「ガイジンさん」と言われるところとか。
― 劇中、サーリャがアルバイト先のレジで、お客さんに「ガイジンさん」と話しかけられるシーンですね。サーリャは、幼いころから日本で育ったクルド人で、川和田監督は日本とイギリスの二か国にルーツをお持ちです。
― 「外人」という言葉には「外国人」や「仲間以外の人」という意味もあり、疎外感や自分のアイデンティティを否定されたかのような気持ちを抱かせてしまう言葉でもあります。
川和田 : いまはもう慣れきってしまったんですけど、高校生の頃はすごく心が揺れたんですよね。「私は何者なんだろう…」と。そういう悩みはありました。
海外にルーツを持つ人や、ミックスルーツを持つ人に話を聞くと、形は違えど同じような体験をしている人が多いですね。
― 5カ国のマルチルーツを持つ嵐さんは、サーリャ役のオーディションで「自分のことを日本人と言っていいのかわからない」とおっしゃっていたそうですね。
嵐 : 私とサーリャでは置かれている状況は違いますが、同じようなことで悩んだことはあります。それこそレジでのシーンのようなことはよく経験していますし、幼稚園の頃は名前を呼ばれるのも嫌でした。そのぐらいの歳から、自分は“別”なんだというのを実感していて。
川和田 : ロケで一緒にラーメン屋に入ったときに、お店にいた人から「ガイジンさん?」って話しかけられたりしたよね。相手は良かれと思って、ウェルカムだよっていう気持ちで言ってくれてるのもあると思うので、複雑ですね。
嵐 : 私も監督と同じで、幼少期はすごく傷ついていたんですけど、いまは慣れて。でもやっぱり言われると、私は外国人なんだなって思っちゃう。サーリャもそういう気持ちはあると思います。
あのレジのシーンで「ガイジンさん」と言われたとき、私も傷ついたんです。演技だけれど、傷つきました。
― サーリャとしてだけでなく、嵐さんとしても傷ついていたと。
嵐 : 自分で「ガイジンだから…」と自虐的に言うことはあるんですが、それと他の人に言われることはやっぱり違うというか…。
川和田 : わかります。
嵐 : わかりますか!? 周りの人に言われると、傷ついてしまうんですよね…。
― 周りから「あなたは、他と違う」と断定されるあのシーンは多くの人にとって共感できるのではないかと感じました。
川和田 : ルーツの問題だけではなく、「自分って何者なんだろう」と悩んでいる人は多いと思います。
― 奥平さんは15歳のときに『MOTHER マザー』(2020)で映画に初出演され、現在も俳優として表現の場に立っていらっしゃいます。中学生の頃から、周りとは違う環境へ進むことについて、悩んだり迷われたりしたことはありましたか。
奥平 : 「役者をやっていこう」と最初に決めたときは、めちゃくちゃ怖かったですね。僕は『MOTHER マザー』に携わったことで役者の面白さを知って、ずっとやっていきたいと思ったんですけど、そのときは周りのみんなが進路についてシビアに考えているようなときだったので。
でも将来なにが起こるかはわからないし、それに対して怖がっているのも嫌だったので、「悩むのは、もういいや」と、この道を選びました。
― 「周りと違う」ということで、悩みすぎることはなかったのですね。
奥平 : あまりメンタルが強い方ではないので、ネガティブに考え過ぎないようにしているというのもあるんですけど、もともと「周りと違う」っていうことが結構好きだったんです。たとえば僕は音楽がすごく好きで、クラシックも聴くんですけど、友達はほとんど聴かないんですよ。だから「クラシックを聴いているなんて古臭いと思われるかな」と思うこともありました。でもそれが僕だから、しょうがないじゃないですか。
いまは、クラシックの良さを周りに普及しようとしています(笑)。そういうふうに、たとえ人と違うようなことをしていたり、違うようなものが好きだったりしても、あんまり考えすぎないようにしているというのはありますね。
― 奥平さんが演じた聡太は、在留資格を失ったサーリャにまっすぐに寄り添おうとする役でしたが、そういう点で、聡太と奥平さんには通じるものがある気がします。
川和田 : 聡太にぴったりですね。もちろん話し方とかはどんどん大人になったなと思いますけど、最初にお会いしてお話したときから根底にあるものは変わっていないなと思うんです。
― 奥平さんは絵を描くこともお好きで、そこから聡太の美大を目指しているという設定が加えられたそうですね。
川和田 : 聡太のセリフでも、奥平君から受け取ってつくったものがあるんです。「ワールドカップで日本を応援していると言っていいかわからない」というサーリャに対して、「考えすぎじゃない?」って応えるところがあるんですけど、それはもとからあったセリフでは、ありませんでした。奥平君と出会い、そこからつくったものなんです。
― サーリャのワールドカップについて「日本を応援していいのかな」というエピソードも、嵐さんの体験からも反映されていると伺いました。
川和田 : そうですね。もう、二人からはたくさん受け取りました。その影響を受けながら「自分についてすごくいろんなことを気にしている女の子」と、「良い意味であんまり気にしていない男の子」との出会いを、描きたかったんですよね。
不条理な現実へ立ち向かうには、
「何もできない」と気付くことから
― 川和田監督は、嵐さんと奥平さんから多くを受け取り、本作をつくったということですが、そのようにしてでき上がっていったサーリャを通して、嵐さんのなかでの変化はありましたか。
嵐 : 撮影がほぼ順撮り(脚本の頭から順を追って撮影を進めること)だったので、途中から、サーリャに起きている問題が、どんどん自分の身に起きているような感覚になって。
川和田 : 本当に顔つきや声も変わっていったよね。
嵐 : 川和田監督と試行錯誤し、彼女への想いが強くなるなかで、自分自身がサーリャのような状況になったらと考えると、やっぱり家族が自分の居場所になるだろうと思いました。
― それは裏返すと、「家族以外に居場所がないと感じた」ということでもありますね。
― 奥平さんは、サーリャとの関わりのなかで、そういうクルド人に触れていく聡太の素直な反応を表すため、クルド人難民の問題についてはあえて事前に勉強をせずに撮影に入られたと伺いました。実際に、どんな感情が湧き上がりましたか。
奥平 : 正直に言うと「わからない」ことが多すぎて、日本にいるクルドの方の問題に関しては。もし、自分にできることがあるなら、自分の偏見に気づいたら、それを改めるとか。それは、目の前にいる人への配慮というか…傷つけないようにしたいから。
― 相手に対して、心を配っているということですね。
奥平 : でも、個人ができることって、そのぐらいで少ないと思うんです。実際に自分が聡太みたいに、サーリャが直面している現実について知ったら、理解することに手一杯で、どうしたらいいかわからなくなると思います。
だから、彼女が悲しんでいたり傷ついていたりしたら、とりあえず笑わせようとするんじゃないかな…。
― 奥平さんにとって、目の前にいる人と向き合うことが大切だと。
奥平 : そうですね。その人が特別な人であればあるほど、向き合うと思います。でも、その人への態度は変わらないとも思います。もちろんそれまでを振り返って「こういうときに、もしかしたら嫌な思いをさせてしまっていたんじゃないかな」とか、そういうことは考えるかもしれないですけど、特別その相手に対して対応が変わるということはないかなと。
こういう言い方は違うかもしれないですけど、僕は当の本人ではないので、100%その相手の状況を理解するっていうのは、すごく難しいことだと思うんですよ。だからできるだけ向き合うことで、変わらないでいられるようにしたいなと思います。
川和田 : いまの奥平君の言葉って、すごく素直なものだなと思うんです。聡太は大切な人の困難な状況に対して「なにもできない」という壁にぶち当たるんですけど、不条理な現実に対して人が行動していくには、まず「なにもできない」と気付くことが第一歩だと思っていて。
― 本質的には理解はできないかもしれないけれど、まず「知ろう」とすることが、最初の一歩だと。
川和田 : それすら知らない、それにすら無関心だと、その先の一歩も踏み出せないですよね。「なにができる? なにもできない」、じゃあどうするんだ、というところから、「なんでこういう状況になっているんだろう」と勉強したり、「こんなに政治に参加しなくていいのだろうか」と考えていったり。
そうやって、一人ひとりが、自分も社会の一員としていまの現実をつくっているということに、気付いてほしいんです。
川和田 : あとは、目の前にいる人、その一人ひとりにどんな物語があるのか。そういうことを想像してほしいです。見知らぬ他者への想像力を持ってもらえると良いなと。自分もそうありたいですし、とくに若い人にはその希望を感じます。
― 本作は、10代のころに自分が観たかった映画でもあるということでしたが。
川和田 : 見た目やルーツで判断されてしまう状況から、「私は何者なんだろう」と心が揺れていたとき、たくさん映画を観ていました。多様な映画を観ることで、救われたこともたくさんあったんです。
でも日本に暮らす、アジア以外にルーツを持った人を描いたものは、あまりなかったと思います。だから、そういう映画をつくりました。あの当時の自分に観せたい映画になったと思います。
嵐莉菜、奥平大兼、川和田恵真の
「心の一本」の映画
― 最後に、皆さんの「心の一本」の映画をお伺いしたいのですが、自身を形づくったと思う映画はありますか?
奥平 : 僕は『燃えよドラゴン』(1973)がめちゃくちゃ好きです。
― 『燃えよドラゴン』はアクションスターであるブルース・リーの代表作で、世界中にカンフーブームを巻き起こしました。
奥平 : 空手をやっていたので、小さいころのヒーローがブルース・リーだったんです。だから『燃えよドラゴン』が大好きで。家でめちゃくちゃヌンチャクを練習しました(笑)。
川和田 : アクションもできるんだ!? (笑)
奥平 : いつかやりたいですね。
嵐 : 私は映画を好きになったきっかけが、『スター・ウォーズ』(1977~2019)なんです。
― 『スター・ウォーズ』シリーズは、銀河系を舞台にした光と闇の壮大な攻防戦を描き、1977年の第一作以降から2019年の完結まで、42年にわたって9作が制作された世界的な大ヒットシリーズです。
嵐 : 『スター・ウォーズ』のおかげで宇宙のことが好きになって、自分でも調べるようになりました。ほかには、『ジュマンジ』の2作目も好きです。
― 『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』(2017)ですね。
川和田 : ネットを使うやつだっけ?
嵐 : ビデオゲームの世界に入っていく話です。学校で居残りしていた4人が偶然ビデオゲームを見つけるんですけど、プレイするキャラクターを選択した途端にゲームの世界に入ってしまって、ジャングルでサバイバルすることになるんです。
奥平 : すごいね(笑)。
嵐 : ドキドキするような面白さだけじゃなくて、たとえば「森とか無理」って言ってた女の子が、ゲームから出て元の世界に戻ったときに、「一緒にハイキングしよう」ってなったりとか、登場人物みんなが陽気に、良い方向に変わっていくんですよ。そういう姿がすごく好きですね。
川和田 : 私はケン・ローチ監督の作品に、監督としてすごく影響を受けています。どの作品も、社会のことを描きながらも一人の人間のドラマとしてつくっている。『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016)とかもそうだと思うんですけど、あれは自分のなかですごく大きな指針となっている作品ですね。
― 『わたしは、ダニエル・ブレイク』は、イギリスの貧困の実情と福祉制度の問題を描き、ケン・ローチ監督がカンヌ国際映画祭で二度目のパルムドールに輝いた作品でもあります。
川和田 : あと日本の映画だと、行定勲監督の『GO』(2001)や井筒和幸監督の『パッチギ!』(2004)も好きです。どちらも特定のルーツのある人たちの話を青春ものとして描いていて、今回も参考にした、すごく大好きな作品たちです。