目次
求める形にたどり着くまで、
何度も何度も追求する
― 2020年の『ミッドサマー』(2019)日本公開時に来日された際もインタビューをさせていただきました。ちょうど全国で新型コロナウイルスが蔓延する前でしたね。またお会いできて嬉しいです!
アスター : 見覚えがあると思いました。
― (笑)。前回、PINTSCOPEではヒグチユウコさんと大島依提亜さんを交えてお話を伺いました。
― 今回は、最新作『ボーはおそれている』とコラボレーションされる、キャラクターデザイン、ストップモーション・アニメーションスタジオ「ドワーフ」の小川育さんとの対談をお届けできればと思います。
小川 : はじめまして。今日はアスター監督にプレゼントを持ってきまして…。
(小川さんがアリ・アスター監督に、ドワーフ設立20周年記念のアートブック、『HIDARI』のTシャツと手ぬぐいをプレゼント)
アスター : かわいいですね! 僕、ストップモーション・アニメーション大好きなんです。
― 小川さんは、 Netflixのストップモーション・アニメーションシリーズ『ポケモンコンシェルジュ』(2023)、『リラックマと遊園地』(2022)エピソード2&5、NHKプチプチ・アニメ『空き缶のツナ』(2022)など数々の作品で監督やキャラクターデザインなどを務められていますね。
アスター : この、『HIDARI』という作品のパペット(人形)が木彫りで作られているというのがすごいですね。素晴らしい。
小川 : 僕は、ストップモーション・アクション時代劇『HIDARI』には共同監督とキャラクターデザインとして携わっています。昨年の3月にパイロット版が完成して、都内の劇場で上映もされたんです。
― 今回、『ボーはおそれている』と「ドワーフ」がコラボレーションしたストップモーション・アニメーション映像にも、小川さんが監督として携わられるんですよね?
― 小川さんは、アスター監督の作品を以前からよくご覧になっていたと伺いました。
小川 : アスター監督の作品は大好きで、何度も観ています。大学院の修了制作でつくった『I think you’re a little confused』という作品では「囚われる」「道に迷う」ことをテーマにしていたんですが、『ボーはおそれている』を観たときに「あー!自分はこういうのが作りたかったんだよな!」と思いました。
― 本作の主人公・ボー(ホアキン・フェニックス)は、母が突然、怪死したとの知らせを受け帰省しようと試みるも、奇想天外なことに巻き込まれなかなか実家にたどり着くことができず、未知への旅路に放り出されてしまいます。アスター監督は本作について、「ボーの記憶や幻想、恐怖といった彼の人生を観客も一緒に体験する映画だ」とプレス資料で語っていましたね。
― 今作は4つの章から成り立ち、「ボーの記憶や幻想、恐怖」を色々な方法で表現されていましたが、第3章ではアニメーションという手法を用いられてました。
アスター : あのアニメーションのシーンは当初、『赤い靴』(1948)の舞台で繰り広げられるダンスシークエンスのように、劇中劇の舞台の中で描いていこうと思っていたんです。
― 『赤い靴』は、才能あふれるバレリーナが、恋愛とバレエの狭間で苦しむ悲劇を描いた、同名のアンデルセン童話を基にした作品ですね。劇中の「赤い靴」の長い公演シーンは名場面として語られています。
アスター : だったのですが、全てを舞台劇として描くには予算と時間が足りないことがわかり、ならば一部をアニメーションで表現しようと決めました。
アスター : そこで、すべてを自らでつくるのか、プロであるアニメ制作スタジオに発注するべきなのかという選択肢が出てきます。どうしようかと悩んでいたときに、あるアイデアが閃いたんです。「だったら、クリストバル・レオンとホアキン・コシーニャの二人と組もう!」と。
― 第68回ベルリン国際映画祭など各国の映画祭で多くの賞を受賞し大変話題になった、ストップモーション・アニメーション映画『オオカミの家』(2018)の監督のコンビですね。日本では昨年の8月から劇場公開され、東京ではつい先日まで上映が続いていました。
アスター : 『オオカミの家』で、初めて二人のことを知りました。アーティストとしてすごく卓越した人たちだと、とにかく関心したんです。
でも、彼らは独自の手法で、ときには多くの時間をかけて作品をつくりあげる「アーティスト」ですから、僕の依頼を請けてくれないだろうと内心では思っていたんですよ。その予想を良い意味で裏切ってくれて、僕の作品のファンだからということで最終的には無事にオッケーをもらえました。
― アスター監督は、お二人の短編映画『骨』(2021)【日本では『オオカミの家』と同時上映された】の製作総指揮を務められましたね。その後、レオン&コシーニャ監督が『ボーはおそれている』に参加すると聞いて、御三方のコラボレーションがまた見られるとますます楽しみになった人も多いのではないかと思います。
小川 : 僕も『オオカミの家』を観ました。うちのスタジオでストップモーション・アニメーションを手掛ける場合は、最初にストーリーボード(※)をつくってから、企画とキャラクターデザインに沿って、計画的にパペットやセットをつくっていくんですね。
でもお二人は「計画的に制作をするタイプじゃない」のではないかと作品を観て感じていたので、アスター監督のようにビジョンがある作り方をする人と組んだ場合、どういう過程を通して共作していったのかと気になっていました。
※ストーリーや場面、全体の構成に加え、台詞やカット割り、カメラワークや照明などの詳細が示されているもの。
アスター : 作品に一貫性を持たせるために、二人のアートと自分のアートをいかに融合させるか、を綿密に話し合いながら制作しました。
アスター : アニメーションと合成する実写の映像は、「役者がこういう風に演じるものを、こういう方法で撮る」、と共有し、それをベースに作業を進めてもらいました。このパート以外の撮影を終えた後、1年ほどの時間をかけて共同作業でつくりあげていったんです。
― 1年ですか!? アニメパートの長さは12分ほどですが、大変多くの時間を注ぎ込んだんですね。
アスター : 彼らが仕上げてきたものに対して僕がフィードバックをする、ということを繰り返して行いました。おそらく彼らは人からアドバイスをもらったり軌道修正を提案されることには慣れてなかったと思うんです。僕の映画の枠内という制限の中で仕上げていくのは、彼らにとってある種の挑戦だったのではないでしょうか。
― アスター監督のリクエストを取り入れながら、自身のクリエイティビティも発揮して、アスター監督の作品をつくるというのは、自分だけの作品をつくるときとは別の緊張感が伴いそうです。
アスター : すごくいいコラボレーションだったんですけど、彼らが結構参ってしまったんじゃないかなって思うときはあって。
― それは、アスター監督の要望が高かったからですか?
アスター : 何度もあれこれ細かいリクエストをしたんですが、それは彼らが仕上げてきたものが気に入らなかったというわけじゃないんです。どうしても、作品にフィットするようなスタイルに到達させないといけなかったので。
結構、途中でフラストレーションが溜まっていたみたいなんですけど、最終的には、「わかりました、それでいきましょう」と理解してくれました。折れてくれたのかもしれませんが…(笑)。
― 本作のプロダクションデザインについても、アスター監督がボーの世界を細部まで構築することに夢中になり、「ちっとも終わらないので、デザインチームはおかしくなりそうだった」とおっしゃってましたね……。レオン&コシーニャとも、共に求める形を追求していき、作業を何度も繰り返す過程を経て、やっとこのアニメパートができあがったのですか。
アスター : 一通り作業が終わってから二人に「どうでしたか? 満足してますか?」と聞いてみたら、「今回手掛けたこのアニメパートは、僕たちもとても誇りに思っています」と言ってくれたのでホッとしました。
でも、次もこのような形でやってくれるかどうかっていうと、僕はちょっとそうでもないかもなと思います(笑)。やっぱり彼らは自分たちのビジョンを持って作品づくりをしているので。 そういう意味ですごくリスペクトしている二人だからこそ、何度もフィードバックしたり指示したりしなければならなかったことに罪悪感を感じていましたね。
― なるほど。罪悪感はあるけれど、作品を追究するためには…と。
アスター : 彼らの作品をボーの世界とコラボレーションさせ自分の作品の中で見せることができて、僕も非常に鼻高々というか、誇りに思っています。
こういうコラボって、僕としても彼らとしても新しい手法だったと思うんですけど、充実感をすごく得られたので、実は今度アニメの長編に挑戦してみたいなとも思ってるんですよね…。
小川 : コラボの過程は、なんとなくお互い自由気ままに作業しているのを想像していたので、事前の準備をしっかりやっていたというのが意外でした。でもストップモーション・アニメーションは事前準備がめちゃくちゃ重要なので、アスター監督は向いてるかもしれません。制作側は大変だと思いますが…。
理想をかたちにする難しさと限界
― 「新しい手法」というお話がありましたが、アニメーションのパートだけをとってみても、様々な手法を取り入れていらっしゃいましたよね。
小川 : パペットを使うアニメーション以外にも、切り絵のアニメーション、サンドアニメーション、シルエットアニメーションなど、いろんなスタイルを混ぜているのが面白くて。
アスター : このパートは、大人になりきれないボーが、「本当はこういう人生を生きたかった」っていう理想を描いているんです。
観ている人には、ボーがその人生をまるで歩んできたかのような実感を持たせたい、というのが狙いなので、3D感を出しつつ、ファンタジーのような不完全性も描きたかったので、平面にも見えるように施しているんですよね。それを表現するために、僕自身が色んなアニメの手法を用いて実験してみたかったというのもありました。
小川 : どういうプロセスでつくっていったんですか?
アスター : 例えば、洪水を描いたところではシルエットアニメーション作品の『The Adventures of Prince Achmed』(1926)をイメージしながら撮っていきました。またその中に「3Dストップモーション・アニメーションを用いよう」とか、彼らと参考にする作品や方法を話し合い、共有しながら進めたんです。
「やりすぎまではいかない、その一歩手前で抑える」という、いい塩梅を意識しながらつくりましたね。
小川 : 先程、予算の関係で一部アニメーションになったとおっしゃっていましたが、「ドワーフ」の場合、ストップモーション・アニメーションをつくる際に予算が足りないとなると2Dアニメーションという方法を選ぶことがあるんです。
でも本作は予算がない中でも、ストップモーションをはじめ、様々な手法のアニメーションを取り入れてつくられているところがすごいなと思って。
アスター : ストップモーション・アニメーションもそんなに際限なくできたわけではないので、ちょっとここは…っていうところは、2Dアニメーションにしたりしています。 もう少し予算と時間があったら、ストップモーションを取り入れてみたかったんですけどね。
― アスター監督や今作のプロダクションデザイナーであるフィオナ・クロンビーは、「様々な世界をつなげて、ひとつの世界観をつくり上げる方法を探すのは、ワクワクするような挑戦でした」「この退廃した漫画のような世界を細部までこだわってつくるのは楽しかった」と語っていらっしゃいましたね。
― ディテールへの徹底したこだわりや作り込みは小川さんが手掛ける「ストップモーション・アニメーションの世界」でも不可欠だと思うのですが、際限がない世界だとも思います。「これが完成だ」というのが、わかるものなのですか?
アスター : そこにたどりつく前に、「予算も時間もこれ以上ありません」というラインを引かれてしまいます。
― 予算と時間との戦いだと。
アスター : こだわるとキリがないので。「これでよし」と思えるときもあるんですけど。例えばCGで完璧を目指すなんていうのは不可能に近いので、どこかで諦めないといけないんですよね。
アスター : 特に爆発シーンや、水をCGで描くときなんかは、リクエストに終わりがなくなっちゃう。例えば、あがってきたものに対して「ここに、もうちょっと雫を数滴ほしい」とか、「この波はもうちょっと広くとって」とか20個ぐらい注文をして磨きをかける中で、3、4個程度に絞れてきたら、そのあたりで打ち切らないと。
「これで満足でしょ?」って言われたら、「いや、僕は全然満足してない。もうちょっとこだわりたい!」と思うんだけど諦めざるを得ない、みたいなことがいつも繰り返される感じです……。
小川 : 全く同じです。自分も特にポストプロダクション(※)については制限が無かったらずーっといじり続けると思います。編集していると1フレーム単位で気になってくるので、本当にキリがないです。
※映像作品の撮影終了後に行う全ての作業、仕上げの工程のこと。編集、音編集、色調整、納品形態への書き出しなどの作業がある。
アリ・アスター、小川育の「心の一本」の映画
― では最後に「心の一本」の映画をお聞きしたいのですが、先程お話に出た『オオカミの家』を、アスター監督は何度も繰り返し鑑賞したと伺いました。そのように衝撃を受けて何度も観返したという作品を教えてください。アスター監督は、『オオカミの家』の他にもありましたらぜひ。
小川 : 僕は『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993)ですね。
― ティム・バートンが製作・原案・キャラクター設定をつとめた、ミュージカルアニメーション映画ですね。「ハロウィン・タウン」に住むジャックが「クリスマス・タウン」の世界に魅了され、自分たちの力でクリスマスを作り出そうと奮闘するストーリーです。本作も、ストップモーション・アニメーションの技法を用いて作られていますね。
小川 : 6歳か7歳ぐらいのときに初めて観ました。日本語字幕がついていない、英語音声のみのVHSが家にあって、当時は英語がわからなかったので何言ってるか全然わからなかったんですけど、なぜかずっと観てたんですよね。
ストーリーがよくわからなくても、あのねじれた世界観とか、フィンケルスタイン博士や町長などのサブキャラクターひとつひとつの造形がとにかく面白くて夢中で観ていました。英語がわからないながらも、歌を覚えて歌ってたりしましたね。
アスター : 僕はジャック・タチの『プレイタイム』(1967)ですね。
― フランスの俳優であり監督のジャック・タチが、主演と監督をつとめた長編第4作目となる作品です。近未来を思わせるセットの数々に加え、小さな部屋がずらりと並んだオフィスフロアを、主人公ユロが上から見渡すシーンは有名ですね。
アスター : 自分が年を重ねていくことでどんどん、僕にとって重要な映画になっていっていて、やっぱりすごい映画だなと改めて思います。人間と文明に対する見方が面白いですよね。特に細部のへのこだわりをすごく感じます。
― タチはひとりひとりの登場人物の動きを、俳優たちに実演して見せたという逸話も残っています。
アスター : 俳優に何をしてほしいとか、バックグラウンドで徹底的に考えているところも素晴らしいですよね。
小川 : 次に日本にいらしたときは、ぜひドワーフのスタジオに遊びに来てください!
アスター : ぜひ伺いたいです! 楽しみにしています!